とある楼閣にて






とある楼閣の最上階。
漏れ入る月の明かりの元に、2人の男がいた。

「お前ってさ」

ふと、片方の男が口を開いた。
役人然とした、きっちりとした服装の男。
終業時刻をとうに過ぎたこの時刻、その服はやや着崩されている。

「ん?何か用?」

煙管を口に、聞き返すのは美女、とも見紛う、青年。
やけに白い肌と、紅い唇が蠱惑的であった。

「いや、全体的に色素薄いよなって言おうとしただけだ。」
「あー、よく言われる。むしろ聞き飽きたね。」

青年は、ふ、と溜め息をつく。

「だろうな。…まるで南蛮人みたいだ。」
「ふふ。言い掛かりをつけて牢にでも入れるつもりかい?」

楽しげに笑み、煙管でこん、と窓枠を叩く青年。
男はやや大仰な仕草で首を横にふった。

「いーや。お前にそんなことする命知らずはいねぇな。」
「よくわかってるじゃないか。…まぁ、実は幾度かつれていかれそうになったこともあるよ。」

こちらもまた、大仰な仕草で嘆く青年。

「へぇ…。で、そいつはどうなった?」

男は愉快そうに相槌をうつ。

「翌朝、手足を折られて桜の木に逆さに縛り付けられた状態で発見されたよ。」
「そりゃまた残酷だな。」
「そうかな?指の骨は無事だったし、爪も残っていた。…私が犯人だと仮定すると、相当遠慮してるね。」
「まぁ、そうだな。もしお前が犯人だと仮定すると、もっと徹底的に痛め付けた後、舌を抜いて顔を焼くと思う。」

ふざけた様子で話を聞いていた男は、ふと真顔になって言う。
青年も真顔で頷いた。

「よく分かってるね。さすが幼馴染み。」

そんな青年の様子に、男は呆れた様子で首をふった。

「…出世に邪魔な奴がいたら、お前が南蛮人だと吹き込むことにするよ。」
「おやおや、私の幼馴染みは優しいね。」

青年の紅い唇が、に、と弧を描く。

「は?優しい?」
「あぁ。だって、それは殺さないということだろう?そいつを殺そうと思うなら、もっと効果的な方法があるはずさ。」
「あぁ…。」

ようやく、男は納得したように頷いた。

「わかったかい?」
「この町の一番高い楼閣には、とっておきの美女が住んでるらしいぞ。会ってこいよ。って言えばいいな。」
「そう、その通り。」

「そうしたら相手は、十中八九お前を美女と勘違いして口説いてくるだろうな。」
「経験から言うと、そうなるね。」

青年は、楽しげにとうとうと語る。
男は、仕方なく先を促すように相槌をうった。

「すると、どうなる?」
「まず、知り合いの狂った同性愛者にくれてやるね。そして、一週間後に迎えに行く。」
「一週間?」
「それ以上放っておくと、発狂してしまう可能性があるからね。その前に返してもらわないと。」
「なるほど。それで?」
「さっき言ったとおりに痛め付けた後、四肢を奪って裏町のごみ溜めに放り出す。」
「…。」
「闇業者に見つかって内臓を取られるのと、犬が寄ってきて体を食い荒らすの。どっちが早いかな?」

青年の、無邪気な表情。
男はしみじみと、深く頷いた。

「俺はお前を敵に回さずにすんで本当に良かったと思うよ。」
「そんなに怖がらなくても。私が嫌がることを言わなければいい話じゃないか。」

青年は口を尖らせる。
男は、そもそも、と首をかしげた。

「女に間違われるのが、何でそこまで嫌なのかわからないね。」
「だって、女は醜いじゃないか。」

青年は断言する。
そのあまりにも頑なな口調に、男は食い下がった。

「そうか?美しい女もいると思うが。」
「違う違う。外見じゃなくて、内面の話だよ。」
「内面?」
「すぐに愛だの恋だのって言ってさ。嫉妬とか一目惚れとか、本当に醜くて嫌になる。」

うんざり、といった様子で溜め息をつく青年。
男は呆れた様子で、それでもなお言い募った。

「…そうじゃない女もいると思うんだが。」
「そういう女は大体が偽善者じみた馬鹿ばっかりだ。」
「…まあな。」

考えを帰る様子のない青年に、男は溜め息をついて同調する。
言いたいことは多々ある。
しかし、この青年は本当に頑固な性根の持ち主だった。

「私は美しく生きたいんだよ。愛とか執着なんて醜いものはいらない。」

ぼうっと、窓の外の明かりを見つめて呟く青年。
その様子に、男は肩を竦めた。

「ま、お前はそういう奴だよな。」
「あぁ。…お前のことは嫌いじゃないから、またあいにくるといい。」

部屋から出ようと踵をかえした男に、青年は夜景を見つめたまま声をかける。
男は、軽く頷くと、振り返った問いかけた。

「そうさせてもらおう。…最後に一つ、聞いてもいいか?」
「何だい?」

興味なさげに、外を見る青年。

「俺とお前の関係は?」

その問いに、青年は、振り向いて男の瞳を見つめ、笑った。

「…相互利用、かな。綺麗な言葉だろう?」















c 睦月雨兎