仮面舞踏会






「ようこそ、見知らぬお客さん。」

ドアノブの無いドア。
何だろうと不思議に思って見ていたそれは、唐突に開いた。
微笑んでそう言ったのは大きな仮面をつけた男。
そして、男が手で示した扉の先…そこにいたのも、仮面をつけた人々だった。

「こんにちは。仮面舞踏会は初めて?」
「え…は、はい。」

全く自分の生きる世界とは別の世界に足を踏み入れてしまい、戸惑う僕。
そんな僕に微笑みかけてくれたのは女性。
真っ黒なドレスを着て玉座に悠然と腰掛ける彼女は、どう見ても女王。
その連想どおり、彼女を呼ぶ声が足元からした。

「女王、彼にも仮面をあげないと。」
「仮面舞踏会で仮面をつけないなんてマナー違反だからね。」
「あら、本当。」

足元?
反射的に下を見ると、そこには黒豹と犬の姿。

ああ、これって夢だったんだ…。

そう結論付けた僕の目の前に、突然蝶が飛んできた。

「な、何?」
「貸してあげるわ。あなたが、自分の仮面を手に入れるまで。」
「え、自分の…?」
「さあ、楽しまないと。せっかく来たんだもの。そうでしょ?」

女王が強引にそう言うと、犬が僕の足を押した。

「女王の言うことは絶対だよ。この場にいる限り、ね。」

そして、また元通り黒豹と共に女王の足元に寝そべる。

「これは夢、夢だ…。」

醒めるまで、と自分に言い聞かせてホールのほうへ踏み出す。
踊る人々、ひらめくドレス。
輝くそれに腰が引ける。
と、隅に、一人の少女が佇んでいるのを見つけた。

「あの…、隣、いい?」

どうすればいいのかがわからなくて問うと、少女はやけに驚いた顔でこちらを見た。

「…ああ、新入りさんね。
」 「何か、おかしかった?」
「ここにいると、ダンスに誘われるか食事をすすめられるかしか無いから。」
「そうなんだ…。」

とにかく知らないことばかりで、心が忙しい。
いつ醒めるんだろう、こんな変な夢。

「あの、さっき犬とか豹とかが喋ってたんだけど…ていうか、仮面が蝶…。」

気になっていたことを聞くと、彼女は小さく笑った。

「新しい人は皆驚くの。私はもう慣れたけど…。ねぇ、あれ見て?」
「どれ?」

そうして少女の指した先を見ると…

「ストール?…え、今ストールと目があった!」
「猫よ。」

当然のように言う少女に、もうこれが当たり前なのかと思わされてしまう。

「なんか…変な夢…だな。…夢、だよね?」

問うと、少女が暗い笑みを浮かべた。
「そう、夢。」

「そう、これは夢。だから…朝になったら醒めるわ。」

僕の言葉を聞きつけたように、女王がドレスの裾を翻し、近寄ってくる。

「そ…そうですよね。」
すいません、変なこと聞いちゃって。

そう謝る僕に、女王は赤い唇をつりあげて笑った。

「そろそろ、ね。」

少女が、呟く。

「何が…?」

その暗い表情に、僕は振り返る。と


さっきまで騒がしかったホール。
そこにいた人々は全員、完全に動きを止めていた。

「何、これ…。」

背筋が寒くなるのを感じて、女王を見る。

カチカチカチカチ

変な音の元に目をやると…

「時計…?」


まわる時計
逆回転にまわる時計


「さあ、舞踏会を始めましょう?」

最初に時計を見た、10時丁度までもどった時計を持って、女王が微笑む。
いつのまにか、また動き出した人々。

「これは、夢だって…。」


「そう。朝が来れば醒めるわ。朝が来れば、ね。」


元通りの舞踏会、輝くドレス。



「夜は明けない、よ。」



犬が歌うように言った。














c 睦月雨兎