冬のぬくもり






「せなー。蜜柑取って、蜜柑。」
「…お前、それ何個目だ?」
「んー、5個目かな?たぶん。」

俺が手を伸ばして段ボールの中から取った5個目の蜜柑を、綺麗に剥いて頬張る真碧。
机の上に散らばる蜜柑の川からは、明らかに進歩の過程が伺える。
一つ目の皮はぼろぼろで、散々たる有様だった。

「真碧。お前ってそんなに蜜柑好きだっけ?」
「いや、別に。でも正月で炬燵といえば蜜柑じゃない?」
「…まあな。」

元旦、一月一日である今日。
俺と真碧が炬燵に入ってぼんやりすごすのは、もう毎年の恒例行事となっている。
いつだったかは忘れたが、ずっと昔のことだ。
仕事が忙しく、正月も家に帰れなかった真碧の両親は、真碧を俺の家にあずけた。
それから、なんとなく恒例になってしまったのだ。

「真碧、もう冬休みの課題終わったか?」
「まだー。英語しか終わってない。」

ふと、思いついたことを恐る恐る口にすると、真碧からは予想通りの答えがかえってくる。

「去年は正月までに終わってたよな?」
「…せなだって、終わってないでしょ?」
「1つしか終わってない…。」

思わず沈黙した空間に、テレビの音だけが虚しく響く。

「さすがにヤバくないか?」
「うーん。まあ、そうなんだけどさ。」
「けど?」

俺が聞き返すと、真碧はにっこり笑って蜜柑を俺に差し出した。

「正月から勉強する気もおこらないでしょ?ほら、せなも嫌なこと考えないで蜜柑食べようよ。」

真碧の言っていることは正しい。
俺は溜め息をついて蜜柑を受け取った。

「…これ、意外と難しいな。」

固いからか、ぼろぼろとちぎれる蜜柑の皮に、俺は思わず呟く。

「そうそう。蜜柑なんてこの時期しか食べないから、久しぶりに剥くと難しくて。」

真碧はそう言うと、俺の手から蜜柑を取り、器用に剥いた。

「上手いな。」
「さすがに6個目だしね。」

言って俺に蜜柑を渡した真碧は、そのまま俺の手元をじっと物欲しげに見つめる。

「…欲しいのか。」
「うん!」
「その箱にいっぱい入ってるだろ。とれよ。」
「それが欲しいのー。ねえ、半分ちょうだい?」

にこにこと笑って催促し続ける真碧に、俺は溜め息をついて半分渡した。
そして、一気にその半分を口に頬張ると、真碧のほうに手を出す。

「ん?」

蜜柑を食べながら首をかしげた真碧に、俺は言った。

「もう1つとれ。」
「えー…。」
「何が不満なんだ?」

俺が真碧と同じように首をかしげると、真碧は笑って答えた。

「だって、何だか全部食べたくなっちゃったんだもん。」
「…はぁ?」

俺はさすがに呆れて怪訝な顔をする。
段ボールいっぱいに入った蜜柑は。到底一人で食べきれる量ではない。

「無理だな。」

俺が断言すると、真碧は自分でも薄々わかっていたくせに、むっと顔をしかめた。

「やってみなきゃわからないでしょ。だからこれは全部僕の!」

意地を張る真碧に、俺もついついムキになる。

「大体、それは俺の家に送られてきたんだ。食べる権利は俺にある。」
「僕は食べたいんだもん。いいじゃん。」

真碧の言葉は全く理屈が通っていないが、既に気にする余裕もなく、俺は提案した。

「よし、じゃあ百人一首で決めよう。」
「百人一首?」

真碧が首をかしげる。

「百人一首で勝ったほうが蜜柑を手に入れる。正月らしくていいだろ。
 …さぁ、やるのか?やらないのか?」
「勿論やるよ!」

負けるものか。というように俺を睨みつける真碧。
真碧は相当本気になっているようだが、俺には勝てるという確信があった。

真碧は暗記が苦手なのだ。
それに対して俺は暗記が得意。
さらに、俺が片付けた唯一の課題は国語で、百人一首の暗記。
ここまで有利な条件が揃っていれば、勝てないほうがおかしい。


結果は、勿論真碧の惨敗。


結局、負けず嫌いの真碧が俺と互角に戦えるようになった頃には、もうどちらも蜜柑のことなど覚えていなかった。













c 睦月雨兎