一曲、弾いてあげようか



「退屈だなぁ。」

音楽室へ行こうと中庭を通りかかった僕が耳にしたのは、そんな間延びした声だった。
花壇に腰掛けて空を見上げる上級生の彼女の言葉は妙に寂しそうで。
だから、僕は思わず声をかけてしまった。

「独り言とか、虚しくない?」

彼女は驚いた様子で辺りを見回し、僕に気づいた。

「ああ、まあ虚しいけど。あまりにも暇だったからさ。」
「どうして暇なの?」
「どうしてって…暇だから?」

とぼけた答えに、僕は少しイライラしはじめた。
僕より年上の癖に妙に幼い仕草をするところとか、とにかく癪に障る奴だ。
段々、退屈っていう言葉を撤回させたくなってくる。

「やることなんて、いくらでもあるでしょ?」
「例えば?」
「そんなの自分で考えてよ。」
「わからないんだもん。」
「宿題とか。せっかく花壇に座ってるんだから、花でも眺めてみるとか。」
「だって、そんなのつまんないでしょ?」


――――――――1つ、いい事を思いついた。


口を尖らせた彼女に、僕は笑ってみせる。

「一曲、弾いてあげようか」




「そっか。君だったんだぁ。」

ピアノの前に座った僕を見て、彼女は嬉しそうに笑った。

「何が?」
「いつも弾いてるでしょ?ピアノ。」
「聞いてたの?」
「うん。あの花壇のところでね。」
「…そう。」

もしかしたら、彼女は僕のピアノを聴くために待っていたのかもしれない。
退屈っていうのは、僕のピアノが今日は無いと思ったから?
毎日あそこで聴いてたの?
聞きたいことは色々あったけれど、とりあえず僕は彼女に声をかけた。


「明日からは、音楽室で待ってて。」



音色にかき消されたその声が彼女に届いたかどうかは、明日になればわかること。








© 睦月雨兎