猫と少年




「隣のクラスに変な子がいるんだって。」
「変な子?」
と私は友達の渚紗ちゃんに問うた。

「なんか猫の格好してるらしいよ。」
「猫?」
私が驚いた声で聞くと、
「うん。」
と渚紗ちゃんは頷き、猫のポーズをした。

私は猫の格好とはどんなものだろうかと想像した。
制服で登校すべき学校へ猫の格好で。
流石にきぐるみは着ていないだろう。
おそらく猫耳にしっぽというところだろう。

「昼休み見に行かない?」
渚紗ちゃんがそう言ったと同時に朝のSHRのチャイムが鳴った。
返事は出来なかったが、私は既に心の中で猫の人を見に行く決意をしていた。
このときはまだ、見たかっただけだった。



猫自体は嫌いじゃなかった。むしろ、好きだ。でも怖い。
幼い頃、親戚の猫にひっかかれた。ことがある
怪我は大したことなかったが、顔から血が出たのは、当時幼かった私にとっては恐怖だった。
それからというもの、一切猫に触れないでいる。
それは本物の猫の話だが。

「あ、あの人だ。」
昼休みご飯を早く食べ終えた私たちは隣のクラス7組に来ていた。
渚紗ちゃんが指差した先には猫耳をつけた少年がいた。
1人でお弁当を食べている。
周りとは大きな溝があるように思えた。

「猫耳つけてるね。」
渚紗ちゃんが一言そう言うと7組でお弁当を食べているあるグループの一人の女の子に声をかけた。
「ねぇ、あの子どんな子?」
「ん?どの子?」
その子は箸を置いた。
「あの猫耳の子。」
「あー、あの子ね。なんかすごく変わってるよ。」
「どんな風に?」
「なんか裸足だし、結構無口で不愛想だし。」
「そうなんだ。」
「特に悪いこともしてないんだろうけど、みんな避けてるよ。」
「そっか。ありがとう。」

そして、渚紗ちゃんが戻ってきた。
「だってさ。」
私は返事をしなかった。
ただずっと彼を見ていた。
「まさか声かけようなんて思ってるんじゃないでしょうね?ああいう子には近づかない方が良いよ。自分まで変な目で見られちゃう。」
私はまた返事をしなかった。
世間的にいえば変わっている彼。
そんな彼に私は興味をもった。

私は放課後、猫耳の彼を探していた。
渚紗ちゃんは彼に興味を持たなかったどころか、「ああいう子には近づかない方が良いよ。自分たちまで変な目で見られちゃう。」とさえ言った。
私はこのとき初めて渚紗ちゃんに対して負のイメージを持ったと思う。
そんなこと思っていると、中庭に彼を見つけた。
一瞬声をかけようかと戸惑ったが、体は考えるより先に動いていた。

私が彼の隣に立つとしゃがんでいた彼はゆっくり顔をこちらにむけた。
「何してるの?」
「日光浴。」
「あったかい?」
彼は小さく頷いた。
彼はとてもぶっきらぼうに思えたが、私は彼のことを知りたいと思った。

もっと話そうと私は彼の隣にしゃがんだ。
しゃがむと、彼は私より大きく、私は彼を見上げるような形になった。
だが、話したいことはたくさんあるはずなのに、私は何から話していいのか分からず、黙り込んでしまった。

しばらく沈黙が続いたが、先に口を開いたのは彼だった。
「何で話しかけてくんの?」
その言葉はとても冷たかった。
まるで”放っておいてくれば良いのに”と言っているようで。
それから私は自分自身に問うた。
”何故彼に話しかけるの?”
正直言ってわからなかった。
ただ、猫耳をつけて周りと違う雰囲気をもっている彼に惹かれた。それだけだった。

「わからない。」
私は正直に彼に言った。
彼は何も反応を示さなかった。

また沈黙ができ、彼が先に口を開く。
「猫は好きか?」
突然の質問に私は少し間を作ってから答えた。
「うん。でも触れないよ。怖いから。」
「へぇ。」
彼はまた素っ気無い反応をしたが、急に立ち上がり、彼の付けていた猫耳を私の頭につけた。
「来いよ。」
私の左手をとり、引っ張った。

私は少しドキドキした。
彼があまりにも自然に手を繋いできたから。
男の子の手ってこんなに大きいんだ…。

「どうしたんだよ。」
「ううん。なんでもない。」
私は手を握り返し、彼について行った。



ついた先はとある商店街だった。
彼はその商店街の一見ないように見える細い道で曲がった。
そこは路地裏のようだった。
彼は路地裏に着くと、歩いていた足を止め同時に手を離した。
行き場を失くした左手が少し寂しく思えた。
人の手ってこんなにあたたかいものだったんだ…。

「ねこー!」
彼が突然そう口にした。
しかし、何も起こらない。
しばらくすると”にゃー”という鳴き声が聞こえた。
声が聞こえた方を向くと小さな白い猫がいた。
彼がしゃがむと子猫は彼の元に走って来た。
そして彼は子猫を持ち上げ、膝の上で子猫の頭を撫でた。
子猫は気持ち良さそうに目を瞑る。

「こっち来いよ。」
「え…。」
さっき猫は怖くて触れないって言ったのに…。
私が動かないでいると、彼の方からこっちへ来た。
そして私の隣に座った。それと同時に私は本能的に立ち上がろうとした。
だが、彼も同時に私の左手を掴んでいた。

「逃げんなよ。」

彼の言葉は厳しくも優しくも感じられた。

「怖いよ…。」
「約束するから。」

彼がそう言った時には私の左手の力は抜けていた。
「こいつは絶対かまねぇ。ひっかきもしねぇ。だから撫でてやってくれ。」
彼の目はあまりにも真剣だったから。
猫恐怖症から抜けだせるかもしれない良い機会だったから。
理由なんてどうでもよかった。
私は何も考えず恐る恐る子猫に手を伸ばした。

子猫の真っ白な髪はやわらかかった。

触れた…。

私はパッと彼の顔を見た。
「良かったな。」
彼の微笑む顔を初めて見た。

「この子…何て名前…?」
私は彼に尋ねた。
「ねこ。」
「ねこ?猫に”ねこ”ってつけてるの?」
「悪いかよ。言っとくけど愛子って書いて”ねこ”だから。」
私はクスクスと笑った。

「変なの。」
「…俺も変なんだろ。」
「…え?」
「俺、猫耳つけてるとかで皆に変って言われてるだろ?」
「…確かに変かもしれない。でも、人の感性なんてそれぞれでしょう?」
彼は少し驚いたように目を開いて、
「…そうだな。」
と答えた。

「それに、さっきの”変”は褒め言葉だから。」
「褒め言葉?そんなこと言う奴初めてだ…。」
「変でしょ。私も。」
「そうだな…。」
彼は少し微笑んだように見えた。

「ついでに言うと猫耳つけてるのも変だな。」
彼にそう言われて改めて自分につけられた猫耳について思い出す。
「ああ!私ここに来るまでずっとつけてたんだー…。」
彼は笑った。つられて私も笑う。

「お前さ、」
「都築美代だよ。」
「都築さ、何で俺がこんなになったかとか聞かねぇの?」
「”こんな”って?」
「猫耳とかさ…。」

どこか寂しそうな目をした彼に私は当たり前のように言った。
「聞かないよ。」
「何で?」
彼は不思議そうな顔をした。

「だって、時が経てば貴方から言ってくれそうだから。」
彼は少し驚いて、目をそらして言った。
「…志藤淳平な。それ、やるよ。」
「ん?」
「猫耳。」
「…使い時がいまいち分からないんだけど。」
「持っといてくれるだけでいいんだよ。」
また彼は素っ気無く言う。

「ありがとう志藤君、これからよろしくね。」
それはこれから友達としてよろしく、という意味だった。
「…おう。」
志村君はそう答えてくれたものの、まだ目をそらしたままだった。

志村君の頬が少し赤いのが見えた。
それを見て私は明日から学校ではなるべく志村君と話そうと強く思った。



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© 浅海檸檬