夏の 終わり





「んー、美味しい!」

冷房の効いた室内の中。
美味しそうにアイスの乗ったスプーンを銜える幼馴染、真碧を、俺は呆れたように見つめた。

「ん?何?」

俺の視線に気づいた真碧は、スプーンを銜えたまま俺を伺い見る。
俺は溜め息をついて、自分のコーヒーに口をつけた。

「別に。よくこんな寒いところでアイスなんか食べられるなって思って。」

真碧が食べているのは、アイスがたっぷりはいったチョコレートパフェ。
冷房が寒いぐらいに効いているこの室内では、寒すぎて食べられない。

少なくとも、俺は。
その証拠に、俺が飲んでいるのは、ホットコーヒーだ。

「美味しいものは美味しいんだもん。」

そう言うと、幼馴染は生クリームを頬張る。

「せなも、好きでしょ?チョコレートパフェ。食べたらいいのに。」
「…無理だろ。」

俺は溜め息をついて、湯気のたつコーヒーをすすった。

「確かに、ここ、寒いよね。」

真碧は頷き、またアイスを頬張る。

「…でも、食べるんだな。」
「好きだから。少しぐらい寒くても我慢できるよ。」

言ってフルーツを口に運ぶ真碧に溜め息をつき、俺は手を伸ばした。

「…ついてる。」

お約束のように真碧の頬についたクリームを、俺は指で拭う。
真碧はくすぐったそうに笑うと、少し寂しそうに目を細めて呟いた。

「夏も、もう終わりなんだねぇ。」

「…は?」

唐突な言葉に、俺は拍子抜けする。

「突然どうしたんだよ。」

俺が問うと、真碧はスプーンで俺を指した。

「いや、さっきここが寒いっていう話したでしょ?」
「ああ。」

俺は頷く。
すると、真碧は得意気に頷き返してきた。

「ほらね。」
「…はぁ?」

俺はますます不可解な顔をする。
すると、真碧はさっきの俺と同じように溜め息をつくと、説明を始めた。

「最近涼しくなってきたから、せなは冷房が入ってる部屋が寒いと思ったんでしょ?」
「…そう言われればそうかもな。」

俺は少し感心して頷いた。
確かに、真夏はどれほど冷房が効いた店に入っても、涼しいとしか感じなかったような気がする。
というか、真夏に寒いと思う程の冷房は異常だ。

「お前って、そういうことには敏感だよな。いつもぼーっとしてるくせに。」
「そういうこと?」
「季節の変わり目。」

真碧は小さく笑って言った。

「それなら他にもあるよ。」
「他に?」

俺が聞き返すと、真碧は得意気に話し出す。

「最近は、あまり蝉の声を聞かないでしょ。それに、風が…」
「風が?」

真碧は、外を眺めて呟いた。

「風が、秋の匂いだ。」
「…ふーん。」

俺は小さくつぶやくと、外を眺めた。

俺には、よくわからない。
確かに、最近はうるさく泣き喚く蝉の声が聞こえなくなっていた気がする。
涼しくなって、部屋の冷房の温度も少し上げたかもしれない。

ただ、真碧の言っている、秋の匂いというのがわからない。

真碧は、いつもそうだ。
自分よりも早く自然を感じ取る。
それが、少し羨ましかった。

「お前、なんでわかるんだよ。そんなこと。」
「普通にしてたらわかるよ?」

真碧は何故わからないのかわからない、といった様子で首を傾げる。
俺は何気なく笑うと、真碧を促した。

「ほら、早く食べろよ。アイス、溶けるぞ。」
「あ、ほんとだ。」

真碧は慌ててまた、食べ始めた。
俺はぬるくなったコーヒーに口をつけると、また窓の外を眺める。

風が吹いたのか、窓の外の木々がザァッと揺れる。

いつのまに、店内は暖かくなっていた。
きっと、冷房がきられたのだろう。
もしかしたら、暖房も少しいれられているのかもしれない。

  暑いな

心の中で呟く。

それは今日、外を歩いているときに一度も考えなかったこと。
まさか、店の中で思うことになるとは思わなかった。
俺が可笑しくなって笑うと、食べ終わった真碧が俺のほうを見て首を傾げる。

「どうしたの?せな。」

そう言った真碧の唇には、チョコレート。
いつまでたっても子供っぽい真碧を見て、俺はまた笑う。

「…?」

ますます首を傾げる真碧。

「ごめんごめん。」

俺は軽く謝ると、まだ残っていたコーヒーを飲み干して席を立った。

「出よう。」
「うん!」

真碧も店内が少し暑くなってきたと感じていたようで、喜んで席を立つ。


 カランカラン

俺が押し開いた扉にかけられていた鐘が、音をたてる。

「涼しい。」

真碧が呟く。

「そうだな。」

俺も呟き、目を細めた。

「そういえばお前、夏、好きだよな。」

横で俺と同じように目を細めて、どこか夏を惜しむような真碧に声をかける。

「うん、…どうして知ってるの?」
「お前、初めて会ったときに言ってただろ。」


『僕は、夏。』


それは、10年前の夏。
俺達が、初めて会った日のこと。

「…まだ、覚えてたんだ。」

真碧は懐かしそうに目を細める。

「当たり前だろ。」

俺は笑って言った。

全く夏っぽくない白い肌の少年。
唐突の、言葉。

それは、とても忘れることができない出会い

「早く、夏になればいいのに。」

真碧が呟く。

「ばーか。まだ夏だろ。」

俺も呟く。
と、真碧が少しむっとした顔で反論してきた。

「違うよ。秋だよ。」
「夏だろ。」

言い返して馬鹿らしくなった俺は黙り、空を見上げた。
真碧も、同じように空を見上げる。

「…季節って、いつ変わるんだろうね。」
「…さあな。」

再び黙った俺と真碧の間に、沈黙が横たわる。


ザアッっと、強い風が吹いた。









© 睦月雨兎