第1話



斬!

マントのついた黒い戦闘服の少年が、犬のような獣を切り裂く。

風が吹き、少年のクリーム色の髪を揺らした。

少年の名は、千空・フルヴリア・黒羽。
宝玉"トレゾール"を守る一族、フルヴリア家の末裔だ。

隣に立つ、大きなコンパスを持った少女、まな・リーズロット・御円も、トレゾールを守る一族。
リーズロット家の末裔だ。

この世界は、宝玉、トレゾールの存在によって成り立っている。

しかし、だからこそトレゾールを壊そうと企む組織もある。

"黎明の天秤"それが、千空とまなの最大の敵だった。

今、千空が倒した獣は魔獣。黎明の天秤が千空達の邪魔をするために放ったのだ。

「主、まな、怪我は御座いませんか?」

冷静に問うのは、ローレンス。数日前、千空とまなに召喚された魔者だ。

「怪我は無いですし、ボク暇なのですー。今日は出番が無かったですし…。」

暇そうに、自分の赤い髪を弄りながら言うまな。

「良かったな、まな。新手だ。」

千空は目の前の道に現れた魔獣を睨みながら、まなに言った。
そして、剣を魔獣に向け、呪文を唱える。

「フィアンマ・アッチェンシオーネ!」

瞬時に魔獣を焼き尽くす炎。

続いて、ローレンスも魔獣に手を翳し、魔獣を凍り付けにする。

ローレンスは呪文を唱えない。魔者にとって、魔法を使うことは手足を使うのと同じぐらい簡単なこ となので、呪文など必要ないのだ。
唯一呪文が必要なのは、魔法陣を使った魔法のときだけだ。

次々と倒されていく仲間達を見て、残った数匹の魔獣が怯んだ瞬間。

素早く動く、まなの巨大なコンパス。

一瞬で描かれる、複雑な模様。

魔法陣の完成と共に、千空とローレンスが叫んだ。

「「ロトンド・ブーコ!」」

すると。

獣達の足元に開く、大きな黒い穴。唐突に、強風が獣達に吹き付ける。

そして、魔獣達は、抵抗も虚しく穴に吸い込まれていった。

この穴に消えていった魔獣達が甦ることは無い。
永遠に、何も無い暗闇を漂いつづけるだけだ。

「今日は、魔法陣を描くスピードが前より、だいぶ速かったんじゃないか?」

千空の言葉に、まなは自慢げに胸を張る。

「いっぱい練習したですから。」
「練習、というのも1つの理由でしょうが、そのコンパスも理由の1つではないのですか?」

ローレンスが、自分の武器の双剣を収めながら問うた。

「そうですねー。確かに、だいぶコンパスが使いこなせてきた気がするです。」

しみじみと言ってから、まなは千空に笑顔を向ける。

「ありがとうです、ちあき。」
「別に。たいしたことじゃない。」

千空は素っ気なく返事すると、自分の剣を鞘に収めた。

まなのコンパスは、千空が作った特殊な魔法具だ。
普通、魔法具というものは自分にあった魔法を使うための媒体のような物で、魔法使いの杖のような 物だ。

千空の剣も魔法具で、千空は剣が無ければ魔法を使うことが出来ない。

しかし、まなは違った。まなは生れつき魔力が無いため、魔法が使えない。そこで、小さいときから 魔法陣を描く練習ばかりしてきたのだ。
コンパスは、円を描くのが速くなるように、と千空が作った物で、絶対に必要な物ではなかった。

「帰るぞ。」

千空は言うと、走りだした。
まなは、後を追って走りながら問う。

「どうして走るですかー?」
「今日は雨が降るらしいからな。濡れて帰って、風邪でも引いたら錬太が心配するだろう。」

錬太とは、千空の幼馴染みであり、親友だ。

少しすると、千空の言葉通り雨が降り始めた。

次第に強くなっていく雨を手で受けながら、ローレンスは心の中で呟く。

(私が初めて主とまなに会ったのも、確か雨の日だった―――)


千空が初めて両親の遺書を読んだのは、7月7日。16歳の誕生日だった。

千空と錬太の誕生日は偶然にも同じ日。いつもは錬太と共に祝うのだが、この日は違った。

両親の遺言によって16歳になるまで開いてはいけないとされていた遺書。
それを読むために、千空は1人で誕生日を迎えたのだ。

錬太からは風邪を引いたと連絡があったので、どっちにしても誕生日パーティーは中止だった。

遺書には、16歳になった今日から正式にフルヴリア家の当主となること。
当主としてリーズロット 家と協力してトレゾールを守らなければいけないこと。
最大の敵は黎明の天秤であることなどが記さ れていた。

それは、幼い頃から何度も聞かされてきたことで、千空は覚悟も出来ていた。

しかし、真剣に考えて気付いた。

今の自分では、黎明の天秤には勝てない、ということに。

黎明の天秤は大規模な組織。数が多い方が勝ちというわけではないが、あまりにも不利な状況だった 。
自分の仲間になってくれそうな人は、今のところ3人。

千空は、そのうちの1人。リーズロット家の末裔に、その日のうちに会いに行った。

リーズロット家の少女、まなは、強い雨の中、庭に佇んでいた。

誰かが来る、という予感があったのだと言う。不思議なことではないだろう。
フルヴリア家とリーズロット家は大昔から深い繋がりがあるのだから。

千空と同じように両親を黎明の天秤に殺されたまなは、すぐに千空の仲間になった。

それでも戦力は足りない。そこで、2人は考えた。

魔者を召喚すればいい、と。

魔物には、2つの種類がある。獣の形をしている魔獣と、人間の形をしている魔者だ。

魔者は、魔獣よりも知性が高く、人間並の知性を持っている。

体力や、防御力、回復力は魔獣並に凄く、魔力は人間を遥かに凌ぐ。
そんな魔者を召喚出来れば、良い戦力になるだろう。

もちろん、リスクはあった。

魔者を召喚する魔法は難しい。
そして、自分の魔力を越えた魔法は死へと繋がる。

つまり、千空が死ぬ、または寿命を縮める可能性があるということだ。
それでも、2人は魔者の召喚を行った。

7月7日、午後11時30分。

まなは、慎重に魔法陣を描き始めた。魔法陣の完成度によって、千空への負担は変わってくる。

慎重に、慎重に。

作業が終わったのは11時50分だった。

そして、千空が呪文を唱える。

「ロトンド・アンダーレ・ウーノ・ストレーガ!」

部屋に満ちる光。

魔法陣の中心には、女が現れていた。金髪碧眼の、青いドレスを着た女。

「貴方達が、私を召喚したのですか?」
「そうだ。」

女の問いに、千空は少し緊張した面持ちで答える。

魔者の召喚については、ちゃんと勉強している。魔者は召喚者に逆らわない。召喚出来たら、後は名前を付け、契約を結ぶだけだ。

「では、私に名前を付けて下さい。貴方が付けた名前は鎖となり、私が契約を守る証となります。」

決まり文句を女が言うと、千空は首を傾げながら言った。

「ローレンス、で、どうだ?」

名前を付けるのが苦手なため、ずっと考えていたのだが、それしか思い付かなかったのだ。
魔者が名前を拒否することはないが、嫌がらないか、千空は少し心配だった。

「わかりました。」

女、ローレンスは、特に不満な様子も見せずに言った。
その様子に、千空は少し安堵する。

隣では、まなが満足そうに頷いていた。結構、気に入ったらしい。

「では、契約内容をどうぞ。」
「常に俺達の傍で言われた仕事をし、戦いのときには戦力になること。」

決めることは、これで終わりのはず。

そう思っていた千空は、続くローレンスの言葉に眉をひそめる。

「では、期限を決めて下さい。50年以内です。」
「そんな規則、あったか?」

自分が知っている魔者の召喚の知識に、そんなものは無い。まなも知らないようで、首を傾けていた。
訝しげな千空を見て、ローレンスは初めて顔に表情をうかべた。

悲しげな、笑顔。

「私は魔者ですから、歳をとりません。戦いで命を落とさない限り貴方達よりも先に死ぬことはありません。
 でも、私はそれが嫌なのです。親しくなった方の最後を看取るのは…悲しすぎます。勝手なお願いですが、お願いします。」

きっと、これまでに何かあったのだろう。
千空はそう思い、頷いた。

「わかった。じゃあ、俺達が黎明の天秤を倒すまでにしよう。黎明の天秤は昔からずっと続いてきた組織だ。
 後50年の間に倒せるかはわからないが、そのときは50年たったら帰ればいい。」
「ありがとうございます。」

ローレンスは頭を下げた。
それまで、黙って隣に立っていたまなが、元気良く声を上げる。

「ボクは、まな・リーズロット・御円!まなと呼ぶです!よろしくです、ローレンス様!」
「様、ですか…?」

ローレンスは首を傾げる。

普通は、召喚された者が、召喚者を様付けで呼ぶものだろう。これでは反対だ。

「綺麗な金髪ですー。すごくローレンス様ってかんじがするですー。」

まなが、にこにこと笑いながら言った。
納得したわけではないが、ローレンスは拒否しなかった。

自分のことをなんと呼ぶか、それは主が決めることだ。召喚された魔者は、召喚者に逆らわない。

それは、魔者の信念であり、規則だった。

「俺は、千空・フルヴリア・黒羽だ。よろしく、ローレンス。」

千空も、そう言って自己紹介をした。

「よろしくお願いします。主、まな。」

ローレンスは微笑して、頭を深く下げた。

「これで仲間が増えたです!お祝いするです!」
「何も準備してないぞ?」
「いいです!とりあえず騒ぐです!」



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c 睦月雨兎