第11話




「ここか?ローレンス。」

家を出た千空達3人は、ローレンスのねずみ型の遣いを頼りに学校の屋上に来ていた。
何も見えない程の暗闇を、千空が魔術の青白い炎で照らしている。

「はい。先程までは確かにここにいたのですが、移動したようです。」
「気配を探ってみるです!千空。」
「やってみよう。」

まなの言葉で千空は気配を探る。
すると、そこにはよく知っている気配があった。

「ローレンス、2人のところに魔獣3体と人間が行ったと言ったな?」
「はい。」
「この気配は、知り合いの神咲明里紗だろう。紹介したことは無いが、仲間になる予定だ。2人に危険は無い。」

千空の言葉にまなは安堵の様子をみせたが、気づいたように言う。

「でも、放っておくわけにはいかないです!」

千空は溜め息をついて返答した。

「あぁ。おそらく2人を連れて行った理由は2つ。1つ目は俺を呼ぶためだ。
明里紗に会うのは1年ぶりだからな。挨拶代わりだろう。
2つ目は仲間を見るため。自分の仲間になる者を見ておこうということだと思う。」
「その方の家へ案内していただけますか?主。」
「ボクも行くです!」

2人は、ゆっくり歩き出した千空についていった。
何か余程嫌なものが待ち受けているかのように、千空の歩みは遅かった。


その頃、明里紗の家では。

「いきなり家に来い、なんて言って悪かったね。」

2人は、明里紗の家の庭で紅茶を飲んでいた。

可愛らしい感じの庭に置かれた洒落たテーブルの上の紅茶を見て、錬太はローレンスのストレートティーを飲まずに出てきたことを思い出す。
そういえば、誰も口をつけていなかったような気がする。

(せっかく淹れてくれたのに、悪かったかな。)

自然と思考は、千空達3人のことに移った。
横を見ると華恋も同じようなことを考えているらしく、少し淀んだ表情をしている。
明里紗が、2人に緊張させないようにか、微笑んで口を開いた。

「それで、さっきの様子からすると千空とは上手くいってないみたいだね?教えてくれないかい?あたしも仲間になるんだし。」
「わたしは、もう仲間じゃありませんから。」

華恋は、そう言って口を噤んでしまったため、仕方なく錬太が話すことにした。

「千空は、トレゾールが無くなるとどうなるか僕達に隠してたんです。僕達は弱くてトレゾールが無くなると死んでしまうから。
僕達を傷つけないようにって。」

そして、錬太と華恋は俯いて黙り込む。
2人共、千空のことは怒っていたが、仲間を止めると言い出した理由はそれだけではなかった。

2人は自分に対しても憤りを感じていたのだ。

戦いのとき、戦力にはなれない自分。 自分の身を守ることもできない弱い魔力。

自分が弱かったために千空が真実を話してくれなかったということが悔しかった。

「あいつは本当に馬鹿だねぇ。」

明里紗がポツリと呟いて、大きな溜め息をついた。

そのとき、明里紗の足元に寝そべっていた3匹の獣のうちの1匹。ソーレがピクリと耳を動かして言う。

「誰かが来たようだ。」

別の獣、ルナが口を開いた。

「三人。そのうち一人は魔者かもしれぬ。」

錬太と華恋がビクッと動く。
その三人とは、間違いなく千空達だと分かったからだ。

「やっと来たね。」

明里紗は、にっこり笑うと今まで着ていた上着を脱ぎ落とした。

下に着ていたのは、動きやすそうな戦闘服。
上の服は肩の部分が大きく開いた服で、そこからは紅い蝶の刺青が見えた。

明里紗は錬太と華恋に声をかける。

「悪いけど少し協力してもらうよ。」

すると、3匹の獣が素早く動き、椅子に座っていたはずの錬太と華恋は地面に引き倒されていた。

「あの、何を?」

戸惑う二人にはかまわず、明里紗は二人の手を軽く縛る。
そして、地面に転がされた二人の横に獣が立った。

他人からは二人がつかまっているように見えるだろう。
明里紗は玄関の方を向き、入ってきた千空達に微笑む。

「久しぶり、千空。1年ぶりだね。」
「あぁ。そうだな、明里紗。」

千空の視線が錬太と華恋に注がれる。
明里紗は千空が二人を見ていることが分かると、軽く笑った。

「人質だよ。返してほしいなら戦いな。あんたの成長も見たいしね。」

千空は呆れたように溜め息をついた。

「ふざけるな、明里紗。今はそんなことをしてる場合じゃない。二人を解放しろ。」

明里紗が悪戯を思いついた子供のように笑った。

「あたしに負けるのが怖いのかい?"ちー坊"」

千空の額に青筋がたち、怒りの表情が露わになった。

「その呼び方は止めろ!」


千空は叫びと共に、右の掌を明里紗の顔に向けて放った。
明里紗は、それを軽く右手で受け流す。

千空が同時に放った左回し蹴りも簡単に掴まれてしまっていた。

左足が掴まれている今、軸足となっている右足に足払いをかけられてしまえば、千空は転び、ほぼ100%の確率で明里紗は勝利する。

しかし、明里紗は足払いをかけず、呆れたように口を開いた。

「全然成長してないね、千空。むしろ、1年前より鈍い。」

千空は返事をせず、掴まれた足に力をこめ、明里紗の腕を払おうとしている。
しかし、明里紗は見かけより力があるのか、千空の足を離す様子がない。

「大体、動きが見え見えなんだよ。スピードも遅い。」

明里紗の言葉に千空は拗ねた子供の様に返答した。

「師匠が速すぎるんだ。」

明里紗は、その千空の言葉に嬉しそうに笑って、掴んでいた左足を強く払った。

千空は体制をくずしてよろけたが、左足を軸にして回転し、右後ろ回し蹴りを放った。

その一撃を明里紗は後ろに少し下がって避ける。
先程から、明里紗は防御のみで、一度も攻撃してこない。

顔に薄く笑みを浮かべているのは余裕の証だ。

その事実は千空をひどく苛立たせた。

千空は右足を地面につけると同時に強く踏み込み間合いをつめる。
そして懇親の力をこめた左回し蹴りを明里紗の顔に向けて放った。

千空は、この一撃で決着をつけるつもりだった。

しかし、その一撃は明里紗の左腕に払われ、明里紗の右の正拳突きが顔面に迫ってくるのを千空は見る。

千空は顔面を殴られることを覚悟して目を瞑った。
しかし。

ぺしっ

実際にきたのは、そんな鈍い音がする小さな衝撃だった。

明里紗は突きが千空に当たる寸前で手首をかえし、手の甲で千空の頭を叩いたのだ。

千空が恐る恐る目を開くと明里紗は笑みを浮かべて千空を見ていた。

「また鍛えなおしだね?千空。」
「はい、師匠。」

千空はこれからはじまる過酷な練習を思って大きな溜め息をついた。

千空が視線を感じて振り向くと、4人が戸惑いの表情を浮かべて千空を見ていた。

錬太と華恋は既に開放されていた。まなとローレンスがやったのだろう。

3匹の魔獣も抵抗した跡は無く、やはり2人を拘束したのは自分と戦うためだったらしい。と千空は気づいた。

沈黙している千空達5人に明里紗は声をかけた。

「とりあえず、中に入って話さないかい?」



千空達は明里紗の家のリビングの席についていた。机は円卓。椅子は9つ。
そのうち3つは少し低く、どうやら獣達の椅子らしかった。

6人の前に置かれているのは紅茶ではなくコーヒー。

時間は既に12時を過ぎており、眠気覚ましに、ということなのだろうが、この状況で眠くなる者は1人もいなかった。

「まずは、あたしの自己紹介からさせてもらおうか。」

最初に話し始めたのは明里紗だった。

「あたしは神咲明里紗。魔獣の召喚が専門。アシュリー学園3年に編入予定。よろしく。」
「明里紗は5歳のときからの知り合いで、俺に武術全般を教えてくれた。」

千空が言う。

千空が言ったとおり、空手と剣技は明里紗から習ったものだった。
千空はイギリスで生まれ、6歳までイギリスに住んでいた。

6歳のとき、両親が黎明の天秤に殺されるまでは。

両親が殺されたとき、千空と共に日本まで来て保護者代わりになってくれたのは明里紗だった。
明里紗は千空の家、フルヴリア家がトレゾールを守る一族であることを知っていた。

だから千空の両親が殺された理由も理解していたし、そのままイギリスにいれば千空の命が危ないことも知っていた。
日本に住み始めてから9年間。
千空の保護者として同じ屋敷に住んでいたのだが、1年前に少し用事があるからとイギリスに戻っていたのだった。

錬太は6歳のとき、千空の編入手続きに来た明里紗と挨拶していたが、10年も前のことなので忘れていた。

「それで?千空。そこの錬太君と華恋ちゃんは、もう仲間じゃないらしいけど。」

明里紗が本題を切り出した。
すると、それまで俯いていた華恋が顔を上げる。

「本当のことも言えないなんて、仲間じゃないわ。」

錬太がポツリと呟いた。

「千空は僕達を傷つけないようにって考えてくれたみたいだけど、本当のことを教えてもらえないでただ守られるだけなんて、もっと辛いよ。」

千空はハッと顔を上げた。

自分が昔、魔法を覚えようと必死になったときのことを思い出したのだ。

千空はいつも明里紗に守られていた。強すぎる魔力を持った者は魔物に狙われる。
明里紗は千空を狙って来た魔物から自分が召喚した魔獣と得意の体術で千空を守ってくれた。
しかし、千空はただ守られているだけというのは嫌だった。

そこで、明里紗から体術や剣術を習い、自分の魔力を使いこなせるように、必死に練習した。
後ろで守られるのではなく、その隣に立ちたかった

明里紗と共に戦いたかった。
そのことを思い出したのだ。

「本当にごめん。錬太、華恋。」

千空は再び謝った。
明里紗がにっこり笑い、錬太と華恋に言う。

「魔力が上手く使えないのなら、練習すればいい。千空が選んだ仲間なんだから素質はあるはずだよ。」

そして次は千空に話しかける。

「千空、あんたは守ってあげるために仲間を集めたのかい?違うだろう?」

千空は何かを決心したように返事した。

「あぁ。俺は一緒に戦うために仲間を集めた。だから話そう。俺が知っていることを全て。」

6人の前には新しく入れられた紅茶が置かれていた。

さっきのコーヒーは、冷めてしまったからだ。

千空はフルヴリア家に伝わる話をゆっくり話しはじめた。

「昔、まだ魔法の存在が信じられていた頃、人間と魔術師と魔物は共存していた。
魔物にも強さのレベルがあって、その中で一番強い奴等は魔術師との争いを望まなかった。
魔力を持たない人間も、魔術師を差別したりはしていなかった。」

千空はそこで一旦、言葉を切り、紅茶に口をつけた。

「だが、その魔物は死んだ。魔物には寿命は無いから老衰で死んだわけじゃない。
殺されたんだ。
人間や魔術師を殺して食うと魔物は魔力が上がる。
だから人間は殺すべきだという言い分の魔物に殺された。
それから魔物は人間を襲うようになった。
魔物と同じ魔法を使うから、という理由で魔術師は差別された。
魔術師は見つかると火炙りにされた。」

 西洋での、魔女の火炙りは有名な話だ。

「そこで、その頃一番力のある魔術師だったフルヴリア家とリーズロット家は協力して魔界への穴を閉じることにした。
だが、それは簡単なことじゃなかった。強大な魔力が必要だったんだ。
二人は自分達の命を犠牲にした。自分の子供達に魔界への扉を封じた"トレゾール"の守りを任せて死んだ。
それでも魔力は足りなかった。そこで魔術師達は罪を犯した魔術師をトレゾールの生贄にすることにした。
しかし、魔力は常に補充しなければならない。」

そこで千空はいいにくそうに言葉を切った。まなも気まずそうな顔をしている。

「だから俺達、フルヴリア家とリーズロット家の子孫には魔法がかけられた。
俺達が自分の魔力から常に魔力を補充するように。
だから、まなは魔法が使えない。もともと、強くない魔力をトレゾールに補充しているからだ。
俺は本来、もっと強い魔力を持っている。だが、トレゾールに魔力を注いでいるから半減している。」

二人が気まずそうにしていたのは、それがもう一つの隠していることだったからだ。

震える声で華恋が聞いた。

「じゃあ、もし宝石、トレゾールが壊れると二人はどうなるの…?」
「そのときはどうなるかわからない。だが、新しい宝石を作るために俺達の魔力が使われるというのが有力な説だ。」

次は錬太がきいた。

「そうなると、二人は…?」
「死ぬだろうな。初代の二人の強大な魔力でも無理だったんだから。でも俺達の魔力だけでは新しいトレゾールは作れない。
結局、魔界への扉は開いたままになるだろう。」

部屋に沈黙がおちた。

「俺とまなが戦う理由は皆の命を守ることだけじゃない。自分の命を守るためでもある。今まで隠していて悪かった。」

そこで千空は一度言葉を切って息を吸った。

「錬太、華恋、もう一度俺の仲間になってくれないか。」

錬太は迷わず頷いた。
だが、華恋は条件をつけた。

「わたし達に魔法の使い方の訓練をするって約束して。足手まといなんて、もう嫌よ。」

千空は満面の笑みを浮かべた。

「約束する!」

まなが勢いよく立ち上がった。

「これで仲直りです!」

ローレンスが窓の外を見て言った。

「では、そろそろ帰ったほうがいいのでは?」

千空達はつられて外を見た。

もう、朝だった。

「そういえば華恋、外泊なんかしてもよかったのか?」

千空は華恋にきいた。

錬太の親は魔法のことを知っているし、まなに両親はいない。

「部活に入ったって言っておいたから。友達のところだと思ってるんじゃない?」
「何の部活って言ったの?」

錬太がきいた。

「魔法現象研究部の顧問は珠州耶麻 聖茄先生。」
「「なるほど。」」

聖茄ならば、華恋の両親からそんな部活があるのかきかれても話しをあわせてくれそうだ。
どうしてそんな嘘をつく必要があるのか理解しているだろうから。

「じゃあ、帰ろうか。」

明里紗が大きく伸びをして言った。

「明里紗の家はここだろ?」

明里紗が冗談を言ったと思っているらしい千空に、明里紗は笑って言う。

「いや?ここは1週間借りてるだけ。今日からはあの館に住む。あたしの部屋と稽古場は、まだ残ってるだろうね?」

その言葉は、明日から厳しい鍛錬が再開されることを示していた。






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© 睦月雨兎