第13話




1限目の終りを告げるチャイムが鳴った。

千空は時間割を見た。2限目が何かを確かめるためだ。

2限目は数学だった。

1限目の社会はメモをとらないと授業についていけなくなるためアシュリー学園では面倒くさい授業と認定されており、その社会に続いて数学とはなかなかハードな時間割だ。
しかし、周りのクラスメイト達は何故か元気だった。
千空は首を傾げて横に来ていた錬太に聞く。

「皆、やけに元気じゃないか?次は数学なのに。」
「どうしてだろう?」

錬太も不思議そうだった。

確かに、いつもこの時間は皆疲れ果てて机で寝ているはずなのだ。
すると、近くにいた男子が話しかけてきた。

「お前ら、朝のホームルームのときの先生の話、聞いてなかったのか?」
「あー、うん。」

錬太が返事をする。
2人共、眠くてホームルームどころではなかったのだ。

「珠州耶麻先生が初等部から大学までの、それぞれAクラスの数学担当することになったんだよ。」
「じゃあ、次の時期は珠州耶麻先生の授業ってこと?」
「そう。」

このAクラスだけを担当、というわけ方は一見おかしいかもしれない。

しかし、アシュリー学園では成績順にクラスが分けられているため、良い先生がAクラスだけを担当するのはおかしいことではない。
ただ、それが聖茄だというのは完全に仕組まれたことだという気がした。

千空達のクラスはAクラス。まなと明里紗もAクラスだ。
Aクラスでないのは華恋だけ。

ついでに言うなら、聖茄と同じ傍観者の月夜もAクラスなのだが、二人は知るよしもない。

「だから皆、元気だったのか。」

美人な聖茄は生徒達からの人気も高い。
千空は納得して呟いた。
皆というよりも主に男子のような気はするが。

「大丈夫かな、千空?まなちゃんと明里紗さん、今日数学あったりしないかな。」
「明里紗は1限目が数学だったはずだが大丈夫だろう。授業を受けるだけなら。」

今日の昼、皆でご飯を食べながら聖茄の話しをするつもりだったので、明里紗は聖茄の存在を知らない。

「そういえばさぁ、千空。」
「なんだ?」

まなや明里紗に危険がないことがわかったので錬太は安心して、ついさっき気になったことを聞いてみることにした。

「明里紗さんの部屋って、1年間使ってなかったんでしょ?
掃除してから引越したんだったらかなり時間かかると思うんだけど、よくあんなに早くこれたね?」

すると、千空は思い出したように眠そうな目をする。

「明里紗が留守の間も時々掃除してたからな。引越しはすぐに終わった。その後はずっと稽古場だ。」

千空が疲れているように見えたのは寝不足だけではなかったらしい。

確かに徹夜で空手の稽古をしていれば疲れるだろう。学校に来れたのが奇跡だ。
しかし錬太が次に聞いたのはその事についてではなかった。

「明里紗さんが帰ってくるの、ずっと待ってたの?」

千空は机に伏せていた顔を勢いよく上げた。

「はぁ!?」

錬太は千空の剣幕に驚きながらも続ける。

「だって、いつでも帰ってこれるようにしてたんでしょ?それで、思ってたんだけど…。
千空って明里紗さんのこと好きなの?」

千空の驚いた顔が苦笑に変わった。

「気づいてたのか?」

肯定と取れる千空の言葉に錬太は質問する。

「明里紗さんに言ったこと無いの?」
「無い。」

千空は少し寂しそうな表情を浮かべた。

「近いうちに1回、言ってみようとは思ってる。でも、もう10年も一緒にいるんだ。そう簡単には恋愛対象としては見てもらえないだろうな。」
「そっか。」

複雑だった。
錬太は華恋が好きで、華恋は千空が好き。
千空は明里紗が好きだが、明里紗の気持ちは読めない。

(本当に明里紗さんは千空を恋愛対象として見てないのかな…)

千空が明里紗と両思いになってくれれば華恋も千空のことを諦めるかもしれないとか、そういうことではなくて。
ただ、親友である千空が悲しむことは避けたかった。

(明里紗さんと2人になったときに聞いてみよう。)

錬太はそう決意した。


2限目のはじまりを告げるチャイムの音。

それと同時に聖茄が教室に入ってくる。

「担任の先生から聞いていると思いますが、今日からこのクラスの数学を担当することになりました。」

聖茄の挨拶と同時に千空の頭の中に声が響いた。

―――おはよう、黒羽君。昨日は大変だったみたいね?―――

それは聖茄の声だった。千空は反射的に立ち上がりそうになる。

―――座っていなさい。この声は貴方にしか聞こえていない。わかっているでしょう?―――

「では教科書の37ページを開いて下さい。」

簡単な魔法だ。千空は体内通信と呼んでいる。
杖や剣、呪文を使う必要も無い程簡単な魔法。

千空は、まず椅子に深く座りなおしてから返事をした。

―――あぁ、わかってる。それで?わざわざ魔法を使って話しかけてくるなんて何か用でもあるのか?―――
―――特に無いわ。でも少し話しておこうと思って。昨日、言えなかったこともあるから。―――

「問1から問5まで解いて下さい。10分後に説明します。」

授業と同時に頭に響く聖茄の声に、千空は少し感心した。
同時に違うことを話すなんて普通は無理だ。
これは魔力には関係が無いので、ただ器用なだけなのだろう。

―――そういえば。二年の神咲さん、綺麗な子ね?―――

千空はまた立ち上がりそうになったが、拳を握ってこらえた。
これでは聖茄の思うつぼだ。

―――見ていたのか?昨日、俺達を。―――

黒板の前にたつ聖茄が小さく笑う。

―――もちろん。私はいつでも見ているわ。貴方達だけではなく、貴方達の敵のこともね。―――
―――明里紗に危害は加えていないだろうな。―――

聖茄を睨む千空に聖茄は微笑んでみせた。

―――私は傍観者なんだから危害を加えるわけがないでしょう?―――

千空は手から力をぬく。安心した様子の千空に聖茄は言った。

―――貴方達の敵がそろそろ動き始めるわよ?気をつけてみたら?―――

「では説明を始めます。」

聖茄が授業を再開する。
千空が呼びかけても、それから返事はかえってこなかった。

聖茄が千空に教えたのは本当の情報だ。

聖茄が"黎明の天秤"のところで見てきたことだからだ。
黎明の天秤にも傍観者の存在は知らせてあるのだから。

―――エーテ、何故あいつに教えたんだ?―――

聖茄の頭に月夜の声が響いた。

月夜は授業中も時々、聖茄の様子を見ているのだ。魔法を使って。
もちろん毎日見ているわけではないのだが、今日は千空の教室で授業だと知っていたので見ていたのだろう。

―――別にいいでしょう?どうせ相手が何をしてくるか、あの子達にはわからないし。―――

月夜は授業を受けながら、そして、聖茄は授業をしながら話している。
あまりに自然な聖茄の様子に、千空は何も気づかないようだった。

―――あぁ、いいさ。あのぐらいじゃ、あいつらは何もできない。―――
―――あの子達が私の言葉を信じるかどうかも怪しいしね。―――


 授業の終わりを告げるチャイムが鳴る。

聖茄はちらり、と千空の方を少し見てから帰っていった。

千空は一人で考えていた。

聖茄が言った、敵が動き出す、という言葉の意味を。

「千空顔色悪いよ?大丈夫?」

心配そうに隣に立つ錬太に千空はとりあえず一つ目の心配事を託すことにした。

「錬太、明里紗の教室を見てきてくれないか?」

真剣な様子の千空に錬太は不思議そうに問う。

「どうして?」
「傍観者が明里紗のことを知っていた。昨日の俺達を見ていたらしい。」

聖茄は危害を加えてはいない、と言ったが千空は一応確かめておきたかった。

「わかった。」

錬太は頷くと走って教室を出ていく。
独りになった千空は、また聖茄の言葉の意味を考え始めた。


 錬太は高等部3年Aクラスの入り口で辺りを見回していた。

明里紗を探しているのだ。

すると、いきなり錬太の視界が真っ暗になった。

「だーれだ?」
「明里紗さん、ですか?」

手がどけられ振り向くと、少し不満足そうな顔をした明里紗。
錬太がそんなに驚かなかったので面白くなかったのだろう。

「明里紗さん、1限目何かありませんでした?」

真剣な表情で聞く錬太に、明里紗は不思議そうな顔をした。

「何かって何のことだい?」

錬太は明里紗の様子を見て安心した。何かおかしいことがあったわけではなさそうだ。

「いや、たいしたことじゃないです。昼に話しますよ。」

錬太は里紗に聞いてみようと思っていたことを思い出した。
今がチャンスだ。錬太は聞くことにした。

「明里紗さんは、千空のことどう思ってるんですか?」

明里紗の不思議そうな顔が驚きの表情に変わる。
その様子が、今朝の千空の表情の変化に似ているな、と錬太はぼんやり考えた。

「いきなりどうしたんだい?」

明里紗は少し顔を強張らせて聞いた。

錬太はどう答えようか少し迷う。
千空が明里紗のことを好きだと勝手に言うわけにはいかないからだ。

「いや、ちょっと気になっただけです。仲良さそうだったし…。」

錬太の言葉に、明里紗は少し表情を和らげた。
そして、冗談のように言う。

「千空は可愛い弟だよ。つい甘やかしちゃう程、可愛い弟。」

明里紗は時計を見て錬太に言った。

「もう授業が始まるよ。教室に戻ったほうが良い。」

錬太も時計を見ると、確かに危ない時間だった。あと30秒で鐘がなる。
錬太は走って戻っていった。


チャイムが鳴った。

明里紗はその授業時間、錬太に聞かれたことについて考えていた。

さっき錬太に言ったことは、嘘ではない。千空のことは本当の弟のように思っている。

しかし、明里紗は千空が自分を好きだということに薄々気づいていた。

確信は無かった。だが、毎日一緒に過ごしていれば何となくわかる。
明里紗は、そのことに気づいていないふりをしてきた。

今までの日常を壊したくなかった。千空も気づいているだろう。明里紗の演技に。

お互いに考えていることが分かる程、長い月日を共に過ごしてきたのだ。

(もう限界、なのかもしれないね…。)

恐れていた日。
千空が明里紗に想いを伝える日は、そう遠くないのかもしれない。

明里紗は大きく溜め息をついた。


錬太も授業が耳にはいらないほど考え込んでいた。

明里紗が何かを隠しているように見えたからだ。

考えても、明里紗が考えていることなどわかるはずがない。
昨日会ったばかりの他人なのだから。

それでも、考えずにはいられなかった。


千空も、華恋も。それぞれ違うことを深く考えていた。


自分達の戦いのこと、好きな人のこと。
考えることはたくさんあった。
いくら時間があっても足りない程に。

ただ、優先させなければいけないことは全員わかっていた。
自分達が決めた、世界を救うということ。

多くのことが短期間にありすぎて、自分の思いを整理できている者などいなかった。
それでも、戦わなければいけない。


それぞれの想いを抱えて、5人は屋上へと向かった。




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© 睦月雨兎