第15話




教室に戻った華恋は授業中、考えていた。

千空への想いは憧れだったのだ、とさっき気づいた。
明里紗のおかげだ。

そして、自分が本当に好きなのは錬太だということも自覚した。

では、これから自分はどうすれば良いのだろうか。

華恋は今朝、千空のことが好きだ、と錬太に言ったばかりだった。

(どうしよう、錬太君に言うんじゃなかった…。)

華恋が数時間前の自分の行動を後悔した、その時。

頭の中に千空の声が響いた。

―――授業中だが、話がある。聞いてくれ。栢山悠夜のことだ。―――

それは結局、悠夜について何も話し合っていないことに気づいた千空からだった。

―――とりあえず栢山には協力する。華恋の外泊も増えるだろうし。色々と便利だ。―――

外泊するとき家族を誤魔化さなくてはいけないのは華恋だけ。

―――何か言いたいことがあったら皆言ってくれ。―――

そう言って、千空の通信は切れた。どうやら4人全員に言っていたらしい。
華恋は軽く溜め息をついた。自分が皆に迷惑をかけているようで少し心苦しい。

(わたしも魔術師の家に生まれたかったな…。)

華恋は再び小さな溜め息をついた。


千空の授業は体育。運動の得意な千空にとっては何かを考えるのに、うってつけの時間だ。

華恋の外泊はこれからも増えるだろう。魔術の練習をしなくてはいけない。
合宿とか言って、1週間ぐらい泊まらせたほうがいいかもしれないと千空は考えていた。

考えながら、錬太にボールをパスする。

明里紗は部活に参加してくれるだろうか。いや、無理だろう。
昔から明里紗は自分の生活費を稼ぐと言ってバイトをしていた。

日本に戻ってきて約一週間。
そろそろバイトを始めるかもしれない。

(明里紗の生活費ぐらい俺が出すって言ってるのに。)

まあ、正しくは千空の両親の遺産からだが。

千空は回ってきたボールをドリブルして敵をかわした。

(栢山悠夜に魔力があるか、一応調べてみよう。どうして俺達に協力を頼んだのか聞かなくては。)

千空はゴールにむかってボールを投げた。
リングの中にボールが落ちていくのと同時にチャイムが鳴る。

6時間目が終わった。屋上に行かなければいけない。

千空は面倒なことがおこらないように祈った。


千空と錬太が屋上に行くと、皆は既に来ていた。
6時間目が体育だったので少し遅れてしまったのだ。

「遅い。」

悠夜は拗ねたような声で言った。

腕組みをして地面に座っている悠夜に、千空は軽く謝る。

「悪かった。体育だったんだ。」

悠夜はすぐに機嫌を直した。

「まあいいや。それで?協力してくれるの?してくれないの?」

瞳を輝かせて近寄ってくる悠夜に、千空は真剣な顔で言う。

「協力しようと思ってる。しかし、その話の前に、どうして俺達に声をかけたのか教えてくれ。」
「いいよ。」

悠夜は、あっさり頷くともとの場所に座った。

他の5人も周りに座る。

「昨日、オレは部屋の窓から、あんたの家のほうを見てた。
前から、あの洋館には何かオカルト的なものがあると思ってたんだ。」

悠夜の言葉に千空の眉がピクッと動いた。

悠夜は気づかずに続ける。

「そしたらそこの2人が走って出てきた。」

2人というのは錬太と華恋のことだ。
2人が家から出て行ったときのことだろう。

「その十分ぐらい後にあんたと金髪の人と、そこの三年生が出できた。
3人とも、何か変なものを持っていた。どう考えても普通の学生だとは思えないだろ?
だから、あんた達に頼んだんだ。」

3人とは千空とローレンスとまなのこと。
変なものというのは、千空の剣、ローレンスの双剣、まなのコンパスのことだろう。

「あたしは入らなくてもいいのかい?」

自分が悠夜の話に出てこないことに気づいた明里紗が問うが、悠夜はすぐに否定した。

「あんたも帰ってくるときに狼みたいなのをつれて歩いてただろ。」

悠夜は千空達が家を出てから帰ってくるまで、ずっと見張っていたのだ。

「なぁ、あんた達は魔法使いなんだろ!オレ、魔法ってオカルトの中でも一番…」

悠夜の言葉はそこで唐突に止められた。
千空の言葉によってさえぎられたのだ。

「わかった。協力する。ただし、昨日見たことを秘密にしておいてくれるならな。」

目を輝かせる悠夜に千空は少し不機嫌な様子で続ける。

「あと、魔法はオカルトなんて安っぽいものじゃない。覚えておいてくれ。」

悠夜は少し首を傾げたが、頷いた。
どうして、そんなことを言うのかわからないのだろう。

千空の魔法へのこだわりは結構強い。
もしも悠夜が次に同じことを言ったら、千空は本気で怒るだろう。

「じゃあ、交渉成立だな!オレは小学6年。栢山悠夜。」

次に千空が、まだ少し不機嫌に言う。

「高校1年。黒羽千空。」
「僕も高校1年。大地錬太。よろしく。」
「わたしも高校1年。佐藤華恋。」

錬太と華恋が雰囲気を取り繕うように慌てて挨拶する。
そして、まなが少し硬くなって挨拶した。

「小学3年。御円まなです。」

最後は明里紗だった。

「あたしは高校2年の神咲明里紗。バイトを始めるから、あまり出られないけどね。
まあ、よろしく。」

悠夜は満足したように頷くと言った。

「じゃあ先生に会いに行こう!先生は部員を集めたら部室をくれるって言ったんだ!」

そして駆け出しそうな勢いで立ち上がる。
しかたなく、千空達も立ち上がり、悠夜の後ろに続いた。


聖茄は高等部の職員室にいた。

聖茄は初等部、中等部、高等部、大学それぞれの職員室に机がある。
最初に行った場所で見つかるとは運がいい。

しかし、よく考えると千空達を見ていた聖茄が高等部に移動してくれたのかもしれなかった。

「先生、部員を集めました!」

悠夜は聖茄に、頬を紅潮させて勢いよく言った。

「はやかったのね。顧問になったのは今日の昼だったのに。」

聖茄は千空達のほうを見て小さく笑う。

千空は、苦労したでしょう?という聖茄の心の声を聞いた気がした。

「わかったわ。部室はこっちよ。」

聖茄は部室棟のほうに歩いていく。

千空達はそれを追いかけた。



部室は、部室棟の3階だった。

「ここが部室。結構、広いでしょう?」

大きな窓のある部屋。
大きめのテーブルと椅子、ホワイトボードがあった。

「これを書いて提出してね。」

聖茄が出したのは設立申請書。

「今日はもう遅いから、活動は明日からにしなさい。」

聖茄はそう言って出て行った。

とりあえず6人は、テーブルにつく。

悠夜は書く気がなさそうだったので、華恋は筆記用具を取り出した。
そして、部活名に「魔法現象研究部」と可愛らしい字で書く。

次の欄。

「活動内容」

華恋は少し困って悠夜を見た。

「活動内容は?」

問われた悠夜は自分で紙に書いた。
まなが横から見て読み上げる。

「魔法について研究し、使えるように訓練する。」

(それでいいのか?)

その瞬間、5人は同時にそう思ったが言わなかった。

反対してややこしいことになるのはごめんだ。

次の欄は活動日だった。悠夜が「毎日」と書く。

そして最後の欄は「部長、副部長」だった。

悠夜は迷わず「栢山」と書こうとしたが、千空が止める。

「普通は1番上の学年の部員がするものだろう。」

悠夜はすかさず反論する。

「嫌だ!オレがする!」
「じゃあ、予算会議にもあんたが出席するのかい?」

明里紗の言葉に悠夜は黙った。小学生が予算会議に出られるわけがない。

「決定だな。」

千空は部長の欄に「神咲明里紗」と書いた。

「えっと、…そのぅ、副部長どうするですか?」

初めて会ったときの印象が悪かったため、まなは悠夜のことが苦手なのだろう。
現在悠夜の隣に座っているまなは、不気味な程大人しい口調で言った。

悠夜は拗ねたようにそっぽを向く。

明里紗は忙しいので副部長は実質、部長代理だ。
悠夜は華恋のほうを見た。

少し苦手なタイプの明里紗が部長になったので、優しそうな華恋を副部長にしたいのだろう。

「わたしは無理。そういうの苦手だし…。」

華恋に断られた悠夜は、錬太を見た。
錬太は慌てて首を振る。

「僕も無理だよ。僕は千空がいいと思うんだけど…。」

悠夜は露骨に嫌そうな顔をした。

「決定。」

明里紗は、悠夜の様子を楽しそうに見ながら千空の名前を書く。
こういう生意気な男の子をいじめるのは明里紗の趣味だ。

千空もよくからかわれたものだった。

「じゃあ、あたしは、この紙出してくるから。先に帰ってな、千空。」
「姐御は一緒に帰らないですか?」

先に席を立った明里紗に、まなは不安げに問う。

「帰り道でバイト探して帰るからね。」

明里紗は、まなにそう答えると校舎のほうに走っていった。

「明日の放課後から、ここに集合だからな!」

悠夜も、そう言うと走り去る。

悠夜と一緒に帰ることになるかもしれない、と想像して嫌そうな表情を浮かべていたまなは、悠夜が出て行った瞬間安堵の表情を浮かべた。

「俺達も帰ろう。」

千空がカーテンを閉めた。
錬太が部屋の電気を消す。

そうして、部室は無人となった。

聖茄と月夜は、その様子を見ていた。

大学の職員室から、投影魔法を使って。

「運の良い奴だな、フルヴリアの末裔は。あの栢山悠夜とかいう奴は魔力を持っている。」

レポートを提出に来た大学生を装って、月夜が小さな声で言う。

「そうね。それはそうと、私はあの子達に協力し過ぎたかしら?」

聖茄もレポートを点検しているふりで返事をした。

「そうだな。魔力を持つ栢山悠夜が仲間になる手助けをしているし、黎明の天秤が動くことも教えた。
少し干渉値を超えているんじゃないか?」
「やっぱり?」
「だから、黎明の天秤の側にも少し協力してやればいい。」

月夜の言葉に、聖茄は首を傾げる。

「あっちは何か言っていたかしら?」

月夜は小さく笑った。

「フルヴリアの様子を見るために、この学校に入りたいとか言っていなかったか?」
「ああ、そういえば。まあ、考えておきましょう。」

聖茄は微笑んで、月夜のレポートにAをつける。

「贔屓ですか?先生。」
「あら、贔屓じゃないわよ?でも、そうね。そう言うならお礼を頂きましょうか?」

レポートを受け取ってそう戯言を吐いた月夜に、聖茄は付き合うように笑った。

「そうですね。じゃあ、これでどうですか?」

他に数人、自分の仕事に熱中する先生がいる職員室。

積まれた資料の陰で、月夜は聖茄に軽く口付けた。

聖茄は、驚きもせず余裕の笑みで対応する。

「料金不足よ。」
「はいはい。では、また別の機会にお返しさせていただきます。」

月夜は肩をすくめると、職員室を出て行った。





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© 睦月雨兎