第19話




庭に止められる、バイクの音で千空は目覚めた。

そして疲れた体を動かし、玄関まで明里紗を迎えに行く。

「お帰り、明里紗。」
「ただいま、千空。…あれ?今まで寝てたのかい?」

眠そうな千空の顔を見て、明里紗は少しからかうような調子で言った。
今は夜の10時30分。いつもなら、まだ普通に起きている時間だ。

「今日は疲れたんだ。」

千空はリビングにもどり、さっきまで寝ていたソファに座ってコーヒーを飲みながら返事する。
このコーヒーはローレンスではなく、千空がいれたものだ。
ローレンスはキッチンで洗い物をしていた。夕食の片付けだ。

「まなちゃん達は、もう寝たのかい?」
「1時間程前にな。夕食を食べたらすぐだ。」

実は今、千空の家にいるのは、まなだけではなかった。錬太と華恋と悠夜も泊まっているのだ。
なぜそうなったのか?

それは、今朝のこと。



「物体操作だからな。」
「はぁ?」

千空が言った後、悠夜はすぐに声をあげた。

納得できない。という意味の「はぁ?」ではなく、言っている意味がわからない。という「はぁ?」だ。
華恋以外の皆も不思議そうな顔をしている。

「つまり、錬太が作った金属を、悠夜が物体操作で敵にぶつけるんだ。」
「だから?」

悠夜が素早く問い返す。なかなか結論がわからない話に少しイライラしているようだ。

「錬太と悠夜は、戦うときはセットだ。だから練習も一緒にしてもらう。」
「魔法の系統も似てるから、コツみたいなのも一緒だと思うの。」

千空と華恋が一気に言った。悠夜を錬太にまかせるのは、他にも錬太なら何とかできそうだから。
まなも、つきまとわれることが少なくなるだろうから。
という2つの理由があるが、それは秘密だ。

「うん。わかった。2階の稽古場で練習すればいいの?」

錬太は、すぐに事情がわかったように頷いた。

「魔法の練習か?はやく行こうぜ!」

悠夜は錬太をひっぱって2階へ行った。
平和になったように思えた。

3時間後までは。


3時間後。華恋が魔法の制御を練習していたとき。

「うわっ!」

錬太の短い叫び声が聞こえた。
その後も、必死に悠夜のやることを止めようとする錬太の声が聞こえてくる。
5人は2階へのぼり、練習場へ行った。

「千空、大丈夫‥?」

恐る恐る声をかけてくる錬太。

「大丈夫だ。それより、これは…どういうことだ?」

周りを見ると、いたるところに鉄の棒がつきささり、無惨な様子の室内。

「それが…。」

錬太は説明をした。千空は、それをまとめて、確認する。

「つまり、ちょっと練習したら物を動かせるようになった悠夜は調子にのって大量の鉄を一気に動かそうとした。 しかし失敗し、こうなったってことか?」

悠夜は、すぐに魔法を使えるようになったらしい。
しかし、目標の方向に物を動かすことができなければ意味がない。

「オレ、もう魔法、使えるようになったぜ!すごいだろ!」
「馬鹿。制御できなければ意味がないだろう。」

得意気な悠夜に、千空は呆れた様子で言った。

「わたしもだけど…、もっと練習しなきゃ、戦えるようにはなれないわね。」

華恋の言葉に、明里紗が頷いた。

「よし。じゃあ、うちで合宿しよう。一週間、朝から晩まで練習したら、かなり上手くなるさ。」
「「合宿!?」」

喜ぶ悠夜と怒るまなの顔が対照的だ。

「部屋の準備をしてきます。」

ローレンスは客室の準備をしに行った。

「明里紗、悠夜に俺たちの戦いのことを教えておいてくれ。」

まだ詳しい説明をしていなかったことに気付いた千空は言った。

「わかった。」

明里紗は頷くと、悠夜と共に下におりていった。

「錬太と華恋も行ってくれ。まなは、この部屋に強化の魔方陣を描いてくれないか。」

千空の言葉で錬太と華恋は下におりて行った。
まなも、下におりずにすんで嬉しそうな様子で魔方陣を描いている。
千空は室内を見て、大きなため息をついた。

「物質の修復魔法は難しいんだ…。」

破壊された室内の修復は困難で、千空は夜までかかって修復したのだった。



「それは大変だったね。修復魔法ってそんなに難しいのかい?」

千空が修復した稽古場で、明里紗は言った。
千空を鍛えなおすため、千空がコーヒーを飲み終わった後、練習場に来たのだ。
動きやすいように、2人は戦闘服を着ている。
千空は既に1度殴られた後で、一息ついているところだった。

「難しい。人間の傷をなおすのは、自然治癒力をあげるためだけだから、できないこともない。
治るスピードを早めるだけだ。でも、物は放っておいても直らないからな。」

次は千空が聞いた。

「悠夜は?敵のこととか、信じたのか?」
「たぶんね。」

明里紗の返事に千空は首をかしげた。

「たぶん?」
「一応教えたんだけど妙にはしゃいでてね。ちゃんと聞いてたかはわからないんだよ。」
「まあ、教えたなら大丈夫だろう。戦ってるうちに実感がわくはずだ。」

悠夜は魔法が使えたことにはしゃぎすぎて、聞いていたかどうかもよくわからないようだ。
しかし、千空は悠夜のことをただの馬鹿とは思っていなかったので、ある程度理解している、と考えることにした。

「本当にあいつは小6なのか?」

疲れた様子の千空を見て、明里紗は小さく笑った。

「千空はもっと落ち着いてたからね。
でも、もっと小さいときはあんな風に可愛かったよ。
あたしのこと明里姉って呼んでて、本当の弟みたいだった。」
「今は?」

千空の言葉に部屋が静まり返った。

「今?今も千空は…」
「そうじゃなくて。」

明里紗の言葉は千空によって止められた。

「わかってたんだろ?俺が明里紗のこと名前で呼び始めた時から。
姉とか家族とか、そういうのとは違う意味で。俺は、明里紗が好きだ。」

数秒の沈黙の後、明里紗はうつむいて言った。

「わかってたよ。でも、あたしは今までどおりの関係でいたかった。
悪いね、千空。あたしは、あんたのこと弟としか思えない。
千空もわかってたんだろう?」

明里紗が千空に問い返した。
千空は天井を見上げて返事する。

「あぁ、わかってた。それでも1度、言っておきたかったんだ。」

部屋が沈黙に包まれた。

千空は壁にもたれて座った状態で、天井を見上げている。

隣に座っていた明里紗は壁にもたれて立つと、俯いた。

1mも離れていない場所にいる2人は、目をあわせようとしない。
日本にきたときから、共に長い時間を過ごしてきた稽古場。

目を合わせずに喋ることなんて、一度も無かったはずなのに。

今までに一度もなかった状況。

気まずい、雰囲気。

10分が経過した頃、千空が口を開いた。

「ごめん。この忙しい時にこんなこと言って。でも、言える時に言っておきたかったんだ。
最後に後悔したくなかった。」

千空は、強い敵が現れたことで「戦っている」ということも再び実感したのだろう。

千空の父と母は、本当に唐突に死んだ。

すぐに帰ってくる、と笑って出て行った両親が帰ってくることは無かったのだ。

いつ死ぬかわからない。

それが、今千空がいる世界だった。


明里紗は返事をしなかった。
千空も返事を期待していたわけではないのだろう。
ゆっくり立つと、扉の方に歩いて行った。
そして、扉を開けると、普段と同じ調子で言う。

背を、向けたままで。

「風呂、沸いてるから。俺は部屋のシャワー使うから、明里紗が入れよ。」
「わかったよ。千空も風邪ひかないように、髪ふいてから寝るんだよ。」

明里紗も、いつもの調子で返事する。

下を、向いたままで。

パタン、と小さな音をたてて扉が閉まった。
一人きりになった室内で、明里紗は呟く。

「ずっと昔のままの関係でいられたら良かったのに。」

普段の明るさからは考えられないほど悲しげな表情。

やがて、瞳から零れる、涙。

千空は自分の部屋の中で、その扉に寄り掛かって座り、呟く。

「覚悟してたとは言え、やっぱり実際に言われるとキツいな。」

普段は見ることのできない、辛い、苦しそうな表情。

そして、瞳から零れる、涙。





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© 睦月雨兎