第20話



階段を千空は降りて行った。錬太の部屋の扉が開閉した音が聞こえたからだ。
錬太は椅子に座り水を飲んでいた。

「ごめん、千空。起こしちゃった?」
申し訳なさそうに錬太は言った。

「いや、起きてた。」

その向かい側に千空が座る。

「千空も水飲む?」
「いや、いい。」
「千空、どうかした?」

千空の口数が更に減ったことに異変を感じた錬太は心配になって問いかけた。

千空はしばらく黙り込んだ後、口を開け、こう言った。
「明里紗に言ったんだ。」
「何を?」

何もいわない千空の表情を見て錬太はわかった。
千空は明里紗に振られたのだ。

「何ていわれた?」
返事はどうだったのかを聞いた。

「『弟としか思えない。』だってさ。」

しばらく沈黙が続いた。

錬太がコップを机に置いた。
コトッという音が妙に大きく聞こえた。

「千空は良く頑張ったよ。」
「叶わなきゃ意味ないだろ。」

千空は錬太から目をそらし、頬杖をついた。

「ううん。」
錬太は首を横に振った。
「だってまずは告白することが大切だと思うんだ。千空はそれができた。少なくとも、明里紗さんはもう”弟”だとは思えなくなってると思うよ。」
「そうだろうか。」
そこで千空は改めて錬太の顔を見た。

「きっとそうだよ。例えば...千空。もし華恋ちゃんが千空のこと『好き』だって言ってきたらどうする?」

千空は驚いた。華恋の名が出たからだ。「千空のことが好き」という設定で。
錬太も自分で自分が言ったことに驚いた。本当に華恋は千空のことが好きだからだ。そして、自分が華恋のことを好きだからだ。

「もちろん『俺には他に好きな人がいる。』って断る。」
「うん。それはわかってる。でも、その後華恋ちゃんのこと考えてしまうでしょ?」

千空は考え込んだ。
華恋でなくても明里紗以外の女子に告白されたら少なくともその日はその子のことを考えてしまうだろう。
例え明里紗が好きであっても。

「そうかもしれない。」
曖昧だが千空は納得した。

「うん。だから明里紗さんもきっと考えているよ、千空のこと。」
明里紗も考えてくれる。自分のことを弟ではなく、ちゃんと男として。
そう思うと千空は気持ちを落ち着かせることができた。

「ありがとう、錬太。少し落ち着いた。」
「良かった。」
錬太はほっとしたように笑顔になった。

「錬太はいないのか?」
「何が?」
「好きなやつとか。」
「あ…。」

(そういえば千空に言ってなかったな。)

錬太は華恋が好きで、華恋は千空が好きで、千空は明里紗が好き。
こんな複雑な関係だから、錬太は千空に相談することができていなかったのだ。

しかし、千空は明里紗さんにきちんと告白をした。
ならば、華恋のことも千空に告白しようと考えた。

「…うん。いるよ。」
「誰だ?」

「誰だ?」と言われてから気付いた。 ここで「華恋」と名を出せば、何故さっき例え話でわざわざ好きな人の名前を使うのか問われるに決まっている。

「俺に言えないやつなのか?まさか…」
まさかの次に来る言葉は「華恋」だと錬太は思い、少し緊張した。
好きに人の名前が出てくるときは、何故か緊張してしまう。

「明里紗か!?」

錬太は思いがけない名前に驚き椅子から落ちそうになった。
お風呂から出て来て、陰に隠れて始めからひっそりと聞いていた明里紗も危うく体形を崩しそうになった。

「もしかして図星か!?錬太…悪いが…」
「違うよ。」
「え?違うのか!?」
「うん、違う。僕が好きなのは…」

少し唾を飲み込んでから錬太は思い切って言った。
「華恋ちゃんだよ。」
「え…じゃあ何でさっき華」

千空がそう言いかけたが明里紗が錬太に助け舟を出した。

「まだ起きてたのかい?」

しかし、明里紗と千空は先程の気まずいことを思い出してしまい、お互いを直視できなかった。

「喉が渇いたので水を飲んでいたんです。」

しかし、千空には飲んだ後のコップがなかったのであまり理由にはならなかった。

「そうかい。千空はシャワーを浴びたかい?」
なるべく自然に明里紗は千空のほうを見て言った。だが千空は明里紗から目をそらしながら答える。

「ああ。浴びた。」
「…湯冷めしたらいけないだろ?まだ栓抜いてないから入ったら?」
「いい。もう寝るから。じゃあ、おやすみ。」

千空は錬太にも目を合わせずに、片手を軽く挙げ、速足で階段を上った。

「じゃあ、僕も寝ますね。おやすみなさい。」

錬太が軽く会釈をして階段を上ろうとしたとき、
「あ、待って。」
と明里紗が呼び止めた。

「一つだけ聞きたいことがある。」
「何ですか?」
「華恋ちゃんが、悠夜君の物体操作の能力のことを話し始めたとき、」
華恋が今日、「千空君…そのことなんだけど…」と話し始めたときのことだ。

「錬太君だけあまり動揺してなかったと思うんだけど、もしかしてすでに華恋ちゃんから聞いていたのかい?」
「あ、はい。ここへ来るときにちょうど。」
そのとき錬太は「錬太君に最初に言いたかったの。」と言う華恋の言葉を思い出し、自分でも顔が赤くなるのがわかった。

それを明里紗は見逃さなかった。

「今思い出したこと言ってみな?」
「え…。」
少し戸惑った錬太をおすように明里紗は「ほら、速く。」と促した。
「…『最初に僕に言いたかった』って言ったんですよ。華恋ちゃんが。」

明里紗はにやりと笑った。
「多分それは千空より先に言いたかったって言いたいんだろうね。」
「本当にそう思いますか?」
「ああ、もちろん。華恋ちゃんは女の子だし、大切にしてあげてね。」
明里紗はこの先を見越してそう言った。

「明里紗さんも十分女の子ですよ。」
そういった錬太は階段を上って行った。

(女の子ねぇ…。一つと下の男の子、ましてや錬太君に女の子扱いされるとは…。千空もあたしを呼び捨てにしたときからそうだったのかもね…。)

明里紗はふっと笑った。



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