第21話




夏休み初日の夜の、丁度千空と明里紗が話していた頃。

慰音と璃音は、黎明の天秤の本部にいた。

黎明の天秤は大人数の組織だ。当然、集まる場所が必要になる。
そのため、黎明の天秤は会社を作り、その裏で活動していた。

表の社員は、この会社の本当の姿を知らない。
そんな一般人に混ざって、黎明の天秤のメンバーは社員として働いている。

夜12時過ぎ。

もう社員はいないはずの時間、会議室に電気がついた。

慰音と璃音が終業式の日の報告に来たのだ。

「「昨日の報告に来ました。」」

2人は扉を開けて入ると、自分の席について言った。
会議室のテーブルには2人の他に、既に9人が座っている。

2人の席は末席だった。

「昨日?一昨日の間違いでしょ?カストル、ボルックス。」

次席に座る少女がからかうように言った。

背中までの長さの白髪に真っ赤な瞳の少女だ。

璃音は刺々しく返事する。

「お前には言っていない。アウトラリス様はどこだ、スピカ。」

黎明の天秤では、幹部は12星座で揃えられ、その星座に基づいた名前で呼ばれる。

自分以外のメンバーの本名は、全員知らない。

調べれば簡単にわかることなのだが、誰も調べない。
知ってはならない。それがルールだからだ。

リーダーである天秤座の本名だけは誰も調べられないのだが。

そんなルールがあるのは、1人が裏切った時に全員の素性がバレるのを防ぐため。
全員の本名を知っているのは天秤座だけだ。

席は立場によって決まっている。

上座に天秤座。

それから順に、乙女、蠍、蟹、射手、魚、牡羊、牡牛、水瓶、山羊、双子と続く。

2人は双子座のカストルとボルックス。2人に話しかけたのは乙女座のスピカだった。

2人が睨み合っていると、扉のほうから声がした。

「遅くなってすまない。」

獅子座のレグルスに扉を開けさせて入ってきたのは、リーダー。
天秤座のアウトラリスだった。

本来蟹座の次の位置である獅子座のレグルスは、いつもアウトラリスの後ろに立つため席が無い。

「それで?カストル、ボルックス。まず報告が遅くなった理由をきかせてもらおうかな?」

アウトラリスは悠然と腕を組む。

「ボルックスが足に怪我をしてしまいました。
私の治癒能力を使って治したのですが、少々時間がかかり、今日になってしまいました。」

慰音が普段とは違う口調で言う。

「そうか。怪我をするほど、敵は強かったのかな?ボルックス。」
「いえ。」

璃音は首を横に振った。

「確かに相手は強かった。しかし、怪我をしたのは拙者の油断が原因です。」
「では、相手の実力は?カストル。」
「フルヴリアの末裔と神崎明里紗、魔者のローレンスは厄介です。
しかし、リーズロット家の末裔は魔力がありませんから警戒する必要はないでしょう。
他の者は論外です。」

アウトラリスは頷いた。

「まあ、今回はそれだけ実力が分かればいいだろう。何か言いたいことがある者は?」

何か言う者は誰もいない。
しかし、アウトラリスがぐるりと辺りを見回して頷くと。

「では、フルヴリア家のことはこれからもカストルとボルックスにまかせよう。」
「どうしてですか?」

その言葉に、蟹座のイオタが反応した。イオタの席は乙女座の右隣だ。

「どうして、とは?」
「どうして2人にまかせるんですか?私とレグルスで行けばすぐに倒せるはずです。」

アウトラリスは傍で控えていたレグルスに話をふった。

「レグルス、イオタはああ言っているが、どうだ?」
「ご主人様がやれと言うのならやりますが。」

レグルスは表情を少しも変えずに言った。
アウトラリスは満足そうに微笑む。

「そうか。では、私はまだ様子を見ておきたいから手を出さないでくれないかな?」
「はい。」

レグルスは頷いた。
アウトラリスはイオタの方にも視線を向ける。

「わかりました。手出しはしません。」

イオタもしぶしぶ頷いた。

アウトラリスは、それを見てから次の話に移る。

「ケイローンとアフロディナーは今まで通り、研究を進めてくれ。」

頷いた射手座のケイローンと魚座のアフロディナーは科学技術部に属している。
2人は、現在ある薬の研究をしているところだった。

「アルデバランとガンマも今まで通り、トレゾールの場所を探ってくれ。」

牡牛座のアルデバランと牡羊座のガンマは諜報部。
アルデバランが頷くのを伺い見て、ガンマも小さく頷く。

「スピカには他の組織の壊滅をお願いするよ。」
「やったぁ!やっと仕事がまわってきた!」

スピカは飛び上がらんばかりに喜ぶ。

トレゾールを狙っている組織は黎明の天秤だけではない。
他の組織よりも黎明の天秤ははるかに強いが、数個の組織が手を組めば、それなりの脅威にはなる。

そうなる前に、倒しておこうという意図で、スピカは他の組織の壊滅を任されていた。

「フォーマルハウトとパーン、アンタレス、イオタ、レグルスは待機。」

水瓶座のフォーマルハウトと、先ほども異議を唱えたイオタは不満そうに。
山羊座のパーンは、何を考えているのかわからない無表情で。
蠍座のアンタレスとレグルスは従順に。

それぞれの表情で5人は頷いた。

「よし。じゃあ、今日はこれで終わろう。」

アウトラリスが立ち上がると、レグルスは素早く扉を開ける。

扉から出ていくアウトラリスの後ろからレグルスも部屋を出た。

そして、扉を閉めようとしたとき、

「コネで入った能力無しが、偉そうに。」

と、聞こえるか聞こえないかの小さい声での嘲りが聞こえた。

レグルスは表情を変えずに扉を閉める。


先程のような言葉にはもう慣れていた。

自分が獅子座の位置についたころから言われ続けてきたことだからだ。

獅子座のレグルス、という位置には元は父がついていた。
父は強い魔力を持っていて戦闘能力にも長けており、皆に一目置かれる存在だった。

その父が戦死した後に獅子座の位置を継いだのが魔力のない自分だったのだから、コネで入ったと思われても仕方が無い。

「さっきの言葉を気にしてるのかな?」
「いえ、そんなことはありません。」

アウトラリスから唐突に問われ、レグルスは慌てて否定した。
しかし、アウトラリスはレグルスの言葉が聞こえなかったかのように続ける。

「気にすることないよ。私は君の実力を知っている。
魔力がなかったとしても、獅子座の地位につけるべき実力を持っていると、私が判断したんだ。」
「はい。」

レグルスは微笑み、アウトラリスのために車の扉を開いた。
そして、自分は運転席に乗り込む。

他の者の言葉など気にしない。

自分は主に認められたのだから。


2人が去った後の会議室は、嫌な雰囲気になっていた。

「馬鹿だな、フォーマルハウト。レグルスがコネで入っただと?そんなわけがないだろう。」
「そうよ。アウトラリス様がそんなことするわけないでしょう。そんなの誰だってわかることだわ。」

慰音と璃音が言った。
それに、フォーマルハウトは噛みつくように反論する。

「うるさい!だいたい、お前たちが双子座の地位についてるのもおかしいと思ってたんだ!
まだ14歳なのに幹部なんておかしいだろう!」
「我等は実力で幹部になったんだ。実力と年齢は関係ない。」

そこで、それまで静観していたアンタレスが口を開いた。

「私はどっちの味方をする気もないけど、実力と年齢が関係ないっていうのには賛成だね。
私が蠍座としてこの組織に入ったのは10歳のときだったし。」
「なんだと、アンタレス!」

フォーマルハウトが言い返そうとしたときアルデバランが面白そうに笑いながら口を挟んだ。

「見苦しいぜ?フォーマルハウト。」
「貴女は羨ましいだけ。本当にそう思っているわけではないわ。」

続くガンマの言葉にフォーマルハウトはぐっと黙った。

ガンマの能力は読心。
嘘だ、と言い返してもフォーマルハウトが嘘をついているのは明らかだ。

フォーマルハウトは、荒々しく扉を開けて走りきる。

開けっ放しの扉から、廊下に控えていた部下たちがフォーマルハウトを慌てて追いかけるのが見えた。

「はっ、いい気味だ。」

アルデバランが、フォーマルハウトを鼻で笑う。

別に、アルデバランはレグルスの味方をしているわけではない。
フォーマルハウトと仲が悪いだけだ。

「ありがとな、ガンマ。」
「貴方の望みなら手伝うけれど、あまり人を馬鹿にするのは感心しないわ。」

礼を言われたガンマは、上目遣いにアルデバランを見て注意する。

ガンマは内気であまり誰とも喋らないのだが、アルデバランの言うことは素直に聞く。

2人は恋人だからだ。

「はいはい。わかってるって。」

アルデバランが軽く返事して席を立つ。

それを機に、全員が席から立った。
もう2時を過ぎている。

「この様子もきっと傍観者たちには筒抜けなんだろうな。」

ケイローンが溜め息をついて、疲れた様子で眼鏡を上げた。

「別にいいじゃない。」

スピカがくすくす笑う。

「絶対に手出ししないって言ってるんだから。」
「それが嘘だったらどうするんだよ?ガンマにも傍観者の心はよめねぇし、わからねぇだろ?」

アルデバランの言葉にガンマは頷いた。

ガンマの能力は読心だが、自分より魔力の強いものの心は読めない。

「私も、まだ何も視えてはいない。」

ケイローンが首を横に振った。

ケイローンの能力は未来予知。
しかし、知りたいことが何でもわかるわけではない。

唐突に物事の断片が視えるのだ。その前後も、いつおこるかもわからない。

スピカが眉を顰めて頭をふった。

「うるさいなぁ。もしそんなことになったら私が傍観者を殺してあげるから、安心して。」

そして、廊下に出て控えていた部下に声をかける。

「前から目をつけていた組織あるでしょ?壊しに行くから、皆を集めて。1時間ね。」
「今からですか!?む、無理です!」

スピカは自分に逆らった部下を睨んだ。

瞬間、場の空気が凍る。

睨まれた部下は悪寒を感じ逃げようとしたが、その鋭い視線からは逃れることが出来なかった。

「私に従えないの?じゃあ、死んで。」
「スピカに逆らうなんて、命知らずだね。」

アンタレスの言葉が終るか終らないかの内に、


首が床に落ちる、ゴトリ、という重い音。

遅れて、鮮血を撒き散らしながら倒れる体。


廊下が赤く染まった。

長い白髪を、自身の瞳と同じ色に染めたスピカが、冷たく笑う。

「それ、片付けておいてね。」

言われたもう一人の部下は震えながらも頷いた。
今の光景を目の前で見て、逆らえるわけが無い。

怯える部下の横を、10人は平気で靴を血に濡らし、歩いた。


当然のように。

慣れたことのように。


冷たい、表情で。





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© 睦月雨兎