第23話





「おかえりなさい。」

学校から帰った華恋を出迎えたのはローレンスだった。

「あれ、皆は?」
「上です。」

華恋の質問に、ローレンスは短く答える。
上というのは稽古場のことだ。
悠夜の魔法の稽古をしているのだろう。

華恋が靴を脱いでリビングに行くと、まながいた。

「おかえりなさいですー。」

楽しそうな様子のまな。
まなは魔法が使えないため、悠夜の特訓には付き合わずにすんだのだった。

「さっちゃんも一緒に本読むですー。」

まなは華恋を誘う。
まなは今までローレンスと魔法に関する本を読んでいたのだ。

「ごめんね。わたしも練習しないといけないから。」
「そうですか…。」

まなは少し落ち込んだ表情で紅茶をすすった。

「ごめんね。」

華恋は、もう一度謝って上に行った。



「もっと集中するんだ!どうしてもこの棒を動かしたいと考えろ!」
「そんなこと言われたってできない物はできないんだよ!」

練習場は防音されているので、廊下は静かだったが、扉を開けると千空と悠夜の言い争いが聞こえてきた。
錬太はオロオロしていたが、入ってきた華恋を見て、声をかけた。

「おかえり。」

それに気づいて千空と悠夜も声をかけた。

「おかえり、華恋。」
「おかえり!」
「ただいま。」

華恋は返事してから、千空に聞いた。

「千空君、明里紗さんは?」
「今日は朝からバイトがはいったらしい。」

千空は表面上はいつもどおりに答える。
しかし、華恋は千空が少し目をそらしたことに気づいていた。
言い争いながら練習を再開した千空と悠夜から少し離れたところで、華恋は錬太に聞いた。

「ねぇ、千空君何かあったの?」
「どうして?」

錬太も小さい声で問い返す。

「だって、少し様子がおかしいし…。」

心配そうに言う華恋に錬太は、

「一応、あまり広めないようにしてね?」

と、きりだした。華恋が頷くのを見て続ける。

「千空、昨日失恋したんだ。」
「え、誰に!?」
「明里紗さんに。弟としか思えないって。」

華恋は、とても驚いた顔をした。
錬太は少し後悔した。今はどうかわからないとはいえ、華恋は千空が好きだと言っていたからだ。
自分に向きかけていた気持ちが戻ってしまうかもしれないと思った。

(でも、それで戻っちゃうってことは、やっぱり千空のことが好きだったってことだ。
僕は僕で頑張ろう!)

華恋は、ただ千空と明里紗を心配していた。

「千空君も心配だけど、明里紗さんのことも心配だよね。
今まで弟みたいに思ってた人だから告白されるのって、結構ショックだと思うし。」
「そう言われればそうだね…。」

錬太は千空の心配しか考えていなかったので、少し驚いた。
しかし、考えてみれば明里紗もショックを受けただろう。

「とりあえず、2人はいつもどおりにしようとしているみたいだから、協力した方がいいよ。」
「そうね。」

2人は頷き合った。



夕食後、華恋はそのことをローレンスに話した。
華恋も、だんだん難しくなっている話に悩んでいたのだ。

ローレンスは口が固いし、話す相手もそんなにいないだろう。

明里紗は帰ってきていて、千空と練習場に行った。錬太も一緒に。
気まずい雰囲気を作らないために千空が付き合わせたのだ。

まなと悠夜は既に寝ているので、今は2人きりだった。

「わたしも錬太君に告白してみようかな、と思うんだけど、千空君と明里紗さんみたいに気まずくなったら嫌だし。
ローレンスさんはどう思う?」

華恋の問いにローレンスは首を傾げた。

「私は、その"恋"という物がよくわからないのですが…。」
「え、ローレンスさんは好きな人とかいないの?」

そう聞いて、華恋は、さらに具体的に聞いた。

「例えば、格好良いな、と思う人とか、素敵だな、と思う人とか、凄いな、と思う人とか。」
「バールの…。」

ローレンスは小さく声をもらした。
華恋は素早く聞き返す。

「誰!?」
「いつも紅茶やコーヒーを買っている店の方は良い人だと思います。
凄いと思うこともありますし…。」
「どんな人?名前は?」
「20代後半ぐらいの方だと思います。爽やかな感じで…。名前は瀬賀世和輝さんです。」
「その人のこと、好き?」
「さぁ…よくわかりません。お役に立てなくて申し訳ありません。」

結局、ローレンスに恋愛感情はまだ、よくわからないようだった。

(水穂ちゃんに相談したいな…。)

華恋はそう思った。水穂は、そういう相談にのってくれそうな気がした。

その時、華恋の携帯が鳴った。メールだった。

『明日、フリマに出すもの、相談しない?あたし、何出したらいいかよくわかんなくて。
  学校で良い?  返事ください。    水穂  』

良いタイミングだった。華恋は迷わず『いいよ。』と返事した。

(明日は千空君と錬太君も登校日らしいし、一緒に出たらいいよね。)

華恋は明日のために早く寝ようと、急いで階段を上がっていった。
錬太の「あまり広めないで」という言葉を思い出したが、

(いいよね。水穂ちゃんに秘密にしてもらえば。)

と、自分で納得した。
とりあえず、誰かに相談したかった。


翌日の朝、3人は一緒に家を出た。

「華恋ちゃん、今日は登校日じゃないでしょ?」

錬太は制服を着て一緒に家を出た華恋を見て言った。

「友達と、学校で会うことになってるの。」
「どうして学校なんだ?休みなんだから他の場所にすればいいのに。」

華恋の答えに、次は千空が聞いた。

「ついでに宿題を図書館でやろうって。」

華恋の返答に千空は溜め息をついた。

「宿題か、忘れてたな。やることが多すぎる。」
「本当だね。」

錬太が同意した。

「2人はAクラスでしょ?頭良いんだからすぐ終わるじゃない。わたしは勉強苦手なの。」
「そう言う華恋もBクラスだろう?充分、頭は良いと思うが。」

アシュリー学園は成績順にクラス分けされる。
Aクラスはトップだが、クラスは クラスまであるBクラスでも充分頭は良かった。

「2人よりは苦手なの!あ、友達がいるから、じゃあね!」

校門の前に水穂を見つけた華恋は走って行った。

「うちのクラスは文化祭、何になるんだろうな?」

千空が唐突に言った。
千空のクラスは、まだ何も決まっていなかったからだ。

「さぁ?」

錬太もそう言うしかなかった。
このときはまだ、想像もしていなかったのだ。

クラスでコスプレ喫茶店をやることになるとは。


はじまりは、女子の一言だった。

「じゃあ、何か案がある人、言ってください。」

司会のクラスメートが言った。

誰も手を挙げる人はおらず、室内は少しザワザワしている。
数人で話している女子の内の一人が言った。

「私、黒羽君にホストやって欲しいなぁ。」

その声は意外に大きく、クラス中に響く。

「いいね、それ!」

別の女子が言った。
それで、女子は盛り上がり始めた。

「黒羽君って紅茶好きなんだよね?」
「じゃあ喫茶店がいいかなぁ?」
「でもホストもやって欲しい!」
「コスプレ喫茶店はどう?」
「そうしよう!」

千空は嫌そうだったが、女子の勢いに押されて、何も言えなかった。

「待てよ!俺達は嫌だぞ!」

という男子の反論も、

「じゃあ裏で皿洗いでもすれば!」

という女子の一言に負けた。

こうして、千空のクラスはコスプレ喫茶店になったのだ。

「黒羽君、おすすめの紅茶とかある?」

と、近寄って来る女子達。

千空は諦めて、ローレンスに体内通信をいれた。

――ローレンス、文化祭で使うから、紅茶を買っておいてくれ。――

ローレンスは、千空の疲れたような声の感じに首をかしげながらも、家を出た。

千空以外のクラスメートの役割は、くじで決まった。

メニューを作ったり、店内の飾りつけをしたりする準備係と、裏で皿洗いをしたり紅茶を入れたりする係、そしてコスプレして接客をする係だ。

錬太は運良く準備係になったのだが、千空が気の毒だったので、接客になってしまった友人と交代した。

「千空、僕も接客だから一緒に頑張ろうね。」

錬太がはげますように言った。

「悪いな、錬太。俺につき合わせて。」

力なく、千空が言った。
錬太は笑って首をふった。

「いいよ。接客は当日しかする事ないから、準備より楽だしね。」
「そうだな。」

千空も笑って席を立った。

とりあえず、文化祭にとられる時間が少なくなったのは良いことだった。





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© 睦月雨兎