第24話




「えー!?姐御も出かけるですかー!?」

そう言ったのはまなだった。

ローレンスは千空に頼まれた紅茶を。明里紗はバイト。ローレンスはもう出かけてしまっていた。

「悪いね。」
「うぅ…。」
「何かあったら、あたしの携帯に電話しな。」
「いってらっしゃいです…。」

まなは寂しそうな声でそう言い、明里紗を玄関まで見送りに行った。

ドアに凭れかかり小さな溜め息をついた。



『フリマって基本的に何を売るの?』
『うーん。いらなくなった物だよね。』
『だからと言っていい加減なものは売れないしね。』
図書館で華恋と水穂は筆談をしていた。”図書館では静かに”という張り紙がある。
『飽きちゃった服とかは?』
『いいね!飽きて、まだ綺麗なものならOKだね!』

そこでひと段落ついたところで華恋は次の話を持ち出そうとした。
『ちょっと外に出ない?』

水穂はチラッと華恋の顔を見てから書いた。
『いいよ。』



カランカラン。
ローレンスがOASISのドアを開けるとベルが鳴った。

「こんにちは。」
グラスを拭いていた和輝はにこやかに挨拶をした。

「こんにちは。」
ローレンスがそれに応えた。そしてテーブル席に座る。

「今日もいつもの紅茶を一杯と、茶葉をいつもの3倍。」
「かしこまりました。」
和輝は仕度に取り掛かる。店内に紅茶の良い香りがした。



「レディグレイは女性に人気だな。」
千空が千空の周りにいる女子、ほぼクラスの女子の半分以上に説明している。
その周りで他の男子や興味のない女子や内気な女子、されには真面目な女子がその光景をチラチラ見つつ別の作業をしている。

「レディグレイって名前そのままよね。」
1人の女子の発言にクスクスと周りの女子が笑う。

「紅茶今度一緒に買いに行ってくれる?」
そう一人の女子が言うと「わたしもー。」と何人もの女子が言う。

「ああ、そのことなんだけど、知りあいに俺より紅茶に詳しい人がいるんだ。だから俺が持ってくる。」

千空のその言葉に一瞬沈黙ができたが、一人の女子がその沈黙を破った。
「さすが黒羽君!」
その一言で女子達が「すごーい!」などと歓声を上げた。

千空は錬太に視線を向け「うんざりだ」という顔をすると錬太は苦笑した。

「黒羽も良い奴だから恨めねぇんだよなー。」
”皿洗いでもすれば!”と言われた男子がそう言った。

「何、お前。嫉妬してんの?」
傍にいた男子がそう言うと、
「ち、ちげーよ!」
と反論した。



ローレンスと明里紗が出かけてから10分しかたっていない。

心細い気持を紛らわすために本を読んでいたまなだが、全然頭に入らない。

こういうときに限って時計の針の音はうるさく、そして遅いように思える。

そして一番避けようと思っていた行動に出た。それは悠夜のところへ行くことだ。
悠夜は自室にいた。まなの隣の部屋だ。

コンコンとノックする。
「入るですよ。」
「どーぞ。」
まなはドアを開けた。悠夜は机に向かい、何やら熱心に書いていた。

「何だよ。そんなところに突っ立ってねーで入れよ。」
悠夜のその言葉でまなは中に入った。

「何やってるのです?」
「物体操作のお勉強。」
意外だった。オカルトに興味を持っている悠夜が真面目に魔法について勉強していることが。
ふと見ると悠夜は左手に鉛筆を持っていた。そして器用にもペン回しをしていた。

「もしかして左利き…?」
「おう。」
左利きの人を初めて見たまなにとって、その悠夜の左手は輝かしく、少し格好よく見えた。

「なんだよ。」
「別に。」
「『別に』って何か用があったから来るんだろ?」
「だって特に用なんてないんです。」
「じゃあ何で入って来たんだよ。」

怖いの。1人でいるのが寂しくて怖い。
前まで1人でいるのは怖くなかった。慣れていた。1人だということに。
それがこうしてたくさんの仲間ができ、黎明の天秤が少しずつ本格的に動き出した。
たくさんの仲間ができたことにより、安心する。しかしその一方で仲間がいなくなったときのことを考えてしまう。
まなが幼い時に亡くした両親。記憶はほんのわずか。それでもその記憶は大切にしまってある。

もう失いたくない。

その想いでいっぱいだった。まだ8歳のまなにとっては。
そんなことを悠夜には告げたくない。”馬鹿にされるに決まっている。”そう思うのだった。



「わたしね、告白しようかと思うの。」
図書館の近くの木陰で華恋はそう言った。

「錬太君に?」
「そう。」
「華恋がそう思ったのよね?」
「うん。」
笑顔で答えた。その笑顔は水穂にはとても眩しく思えた。

「でね、内緒なんだけど、この前千空君が好きな人に告白して振られたらしいの。」
「え!?千空君が!?」
「そうなの。」
「意外だなぁ。」
「でしょ?でね、千空君、その人と気まずい状態なの。だからわたしも気まずくなりたくないしどうしようかなって…。」
華恋は真剣に悩んでいるように思えたが、決して嫌そうではなかった。

(この子は恋に恋してるんだ…。)

告白することに喜びを感じている普通の女子高生。水穂にはとっては羨ましかった。

「いいなぁ、華恋は。」
水穂から不意にその言葉が出た。水穂は自分で自分が言ったことに対して驚いた。

「何で?」

水穂は考え込んでから言った。
「だって好きな人がいるんだもん!」

嘘ではないけれど、これだけが華恋にあって水穂にないものではない。
逆に華恋になくて水穂にあるものもある。
どちらにしてもそれらは水穂には嫌なものであった。

「水穂はいないの?」
「今のところね。」

今のところは。

これは嘘。
黎明の天秤にいる限り一般人となんか恋愛できるわけがない。
ましてや黎明の天秤のメンバーとなんて…だからこれから永遠に好きな人はできない。そう思う。

「そっか。そうだよね。好きな人っていうのはそのうちできるんだよね。なんとも思ってない人がだんだん特別になっていくんだもんね。ただ水穂にはまだそういう人がいないだけだね。」
「華恋、錬太君のどこが好き?」
不意に水穂が尋ねた。

「どっどこって…。」
華恋はしばらく考え込んだ。

「分からない。」
「ふーん。じゃあ全部なんだ。」
「えっ。」
「だってどこが好きなのか分からない人ってたいてい全部だったりしない?」
「…そう…なのかな…?」
「きっとそうだよ!華恋が今の状態より進歩したいなら告白したらいいと思う!」
「進歩したい!」
「じゃあ頑張れ!」



「お待たせしました。」
ローレンスの前にいい香りの紅茶と茶葉の入った袋が渡された。
そして和輝はローレンスの前に座った。

『え、ローレンスさんは好きな人いないの?』
『その人のこと、好き?』

ふいにカレンの言葉が頭に浮かぶ。
”好き”というのはどういうことなのだろうか。”恋”というのはどういうことなのだろうか。
告白しようかと悩んでいた華恋の顔は嬉しそうだった。悩んでいたのに。

「どうしましたか?紅茶冷めてしまいますよ。」

ローレンスは慌ててティーカップを口に運んで、ほっと一息ついた。

「考え事ですか?」
「そのようです。」
「自分のことなのに。」
和輝はそう言って微笑んだ。

「でもそういうときってありますよね。自分で自分がわからない。」
「マスターはどういうときですか?」
「トップシークレットです。」
和輝はそう言って人差し指を口の前に立てた。その顔は爽やかだった。

「でもローレンスさんが話してくれるなら言おうかな、なんて。」

――私は貴方のことが好きなのでしょうか。

言えるはずがない。

「では、私もトップシークレットということで。」
「ですね。」
そう言って和輝は微笑んだ。

「今日は茶葉の量が多いですね。どうしたんですか。」
「主が文化祭で使うらしいので。」
「文化祭ですか。その主は若かったのですね。驚きました。」
「はい。いくつだと思われていたんですか?」
ローレンスの質問に和輝は少し考えてから答えた。

「せめて成人男性かと。」
「そうですか。」

何気ない会話だったけれど、ローレンスは和輝と話すことができ、良かったと感じた。

「では失礼します。」
「お気をつけて。」

もう少しここにいたかったけれど、千空が帰って来るだろうと思い、ローレンスはOASISを出た。



「じゃあ紅茶は黒羽君が持って来てくれるからあとは食べ物だね。」
話は次々と進んでいた。

千空の周りにいた女子達は話し合いのため、しぶしぶと自分たちの席に座った。

「喫茶店だからケーキかなー?」
「ケーキは高いよ!」
「じゃあパンケーキ!」
「全校で何人いると思ってんの?」
「じゃあ…」
司会役の女子1人と男子1人が会話のように発言し、反論している。

「クッキーなんてどう?」
錬太が言った。

「 いいね!」
司会役の女子が言った。

「俺ら甘いの無理だぞ!」
すかさず男子が反論した。

「野菜クッキーってのもあるよ。」
他の女子が言った。

「クッキーなら全校分くらい余裕かも!」
「じゃあ決まり。材料は料理班で用意して。」
「はいよ。」
「じゃあ各係する事してから解散。」
「かいさーん!」

千空は錬太のもとへ駆け寄った。
「じゃあ、帰るか。」
「うん。」
2人はそう言って教室を出た。



「ふーん。怖いんだ?」
ニヤニヤしながら悠夜が言う。

「違いますです!」
「だって顔がそう言ってる。」
「ええっ!?」
そう言ってまなは慌てて顔を手で覆った。

その様子を見て悠夜は笑った。
「嘘だよ。わかりやすいな。」
「うー。やっぱり栢山なんか大嫌いです!」
「あ゛?」

そのとき玄関のドアが開く音がした。

「ローレンス様!」
まなは目を輝かせて部屋を出た。

「大嫌いか…。」
悠夜はそう呟いた。



「とりあえず告白したらメールしてよ。」
「するするー!ほんと、水穂だけが頼りなんだから!」
「大袈裟だなぁ。じゃあそろそろ帰るかー。」
そう言って水穂はのびをした。

「結局宿題あんまりできなかったね。ごめんね?」
「いいよいいよ。こっちの方がおもしろいから。」
「あと千空君のことは内緒だよ?」
「わかってるよ。」
そう言って水穂は華恋にニコッと笑って見せた。



「副部長さん。」
そう言って千空を引きとめたのは聖茄だった。
千空は聖茄の顔を見て、少し身構えた。

「顧問からの連絡よ。傍観者じゃなくて。」
そう言って聖茄はからかうようにクスッと笑った。

「何だ?」
「文化祭のことよ。まさか関係ないなんて思ってないでしょうね?文化部は絶対参加なんだから。」
「力を使うのに”文化部”か。」
「見かけ上は研究なのよ。」

「具体的にはどういうことをすればいいんですか?」
錬太が問うた。
「その部活らしいことをすればいいのよ。新学期までに報告だから一度は学校に来たら?」
「考える…。」
「まあ頑張ってね、副部長さん。」
聖茄は千空の肩をポンと軽くたたき、歩いて行った。

それから千空は溜め息をついた。



「あー!さっちゃんお帰りですー!」
図書館から帰った華恋を迎えたのはローレンスで、ダイニングに行くと、まなが本を読んでいた。

「ただいま。また魔法について勉強してるの?」
「あー!」
今度は何か忘れものをしてしまったときのように叫んで、まなは急いで2階へ走って行った。


バタンと激しいドアの開く音がした。
見ると、悠夜の部屋のドアのところにまながいた。

「勝手に本を読むなー!ちうか持っていくなー!」
「別にいいだろ!勉強してるんだから。ていうかお前さっき何も言わなかったじゃんか!」
「さっきはさっき!今は今!」
「何意味わかんないこと言ってんだよ!」
「とりあえず返せ!」
「は!?何でだよ!」

ちょうどそのときローレンスが来た。
「まな、貸してあげてもいいのではないですか。とにかくココアを作ったので下で飲みましょう。」
「でもローレンス様…」
「悠夜さんも仲間なんですから。」
「はい…」

まなはそう言ったものの、悠夜に対して素直になるはずもなかった。



「おかえりなさい。」
千空と錬太が学校から帰って来た。

「おかえりっ。」
華恋が壁の向こうから身をのぞかせた。
「「ただいま。」」
2人の声が重なった。

「すぐに昼食の用意をいたします。」
ローレンスがダイニングに向かって歩いた。
「手伝いましょうかー?」
華恋がローレンスに声をかけた。
「華恋は休んでて下さい。」
「はーい。」

「華恋ちゃん、楽しそうだね。何かあったの?」
錬太が華恋に問うた。
「特に何もないよ。」
そうは言ったものの華恋の声は楽しそうだった。

「明里紗は帰って来たか?」
「まだみたい。多分昼は向こうで食べるんじゃないかな。」
「居酒屋でか…。」
「ほっ他の場所で食べるかもしれないよ?」
錬太がフォローする。
「だといいんだが。」

いつもどおり明里紗を心配する千空を見て2人は少し安心した。

ダイニングではまなと悠夜が離れた場所かつ真正面でないところに座っていた。
2人とも無口で黙々と本を読んでいる。
「この2人はどうした?」
「さあ?」
華恋は肩をすくめた。




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© 浅海檸檬