第25話




「「「いただきます。」」」

全員が行儀よく手をあわせた後、昼食を食べ始める。
今日の昼食はローレンスが焼いたパン。

このごろ、ローレンスはパン作りに慣れてきたのか、様々な種類のパンを作るようになっていた。

「それで、千空君のクラスは文化祭どうなったの?」

華恋がパンをかじりながら言った。
その言葉に、千空は一瞬動きを止め、反対に聞く。

「華恋のクラスはどうなったんだ?」
「うちのクラスはフリマ。で、Aは?」

華恋の再びの問いに千空は口を噤んだ。

「えっと…、コスプレ喫茶…。」

かわりに錬太が答える。

「え、千空君と錬太君は何するの?」

華恋は興味津々な様子で問う。

千空は全く答える気が無いようで、苦々しげな表情で黙ったままだ。
仕方なく、また錬太が答える。

「千空はホストやってって言われてて…。僕は何するか決まってないけど接客だよ。」
「千空君ホストかぁ…。似合いそうだよね。」
「嬉しくない。」

千空が相当嫌がっているようなので、華恋はその話題を止めることにした。
華恋は別に人を怒らせるのが趣味なわけではない。

華恋が次の話題を探していると、千空が思い出したように口を開いた。

「部活では文化祭、何をするんだ?」
「うちの部活って文化部ですかー?」
「一応研究部だから文化祭には絶対参加だ。と、珠州耶麻聖茄が言っていた。」

文化部は、文化祭への参加が義務付けられている。

面倒な文化祭の準備を免れるかもしれない、という千空の考えは聖茄によって既に否定されていた。
悠夜が勢いよく手を挙げる。

「思いついたー!UFO召喚!」
「うちはオカルト研究部じゃないだろう。」

千空の言葉に、悠夜は手を下げ、拗ねたように口を尖らせる。

「別にいいだろー。オレは宇宙人と友達になるのが夢なんだよー。」
「駄目だ。」

それでも、千空はきっぱり否定した。
悠夜が椅子の上で膝を抱える。

「じゃあ何するんだよー。」
「難しいですね。本当に力を見せるわけにはいけませんし。」

ローレンスは部活には関係ないが、一緒に考えてくれるらしい。

「うちは研究部なんだから、研究発表で良いんじゃない?」

華恋が言った。

千空は少しの間考えていたようだったが、やがて頷く。

「1人ずつ、自分の魔法についての発表でどうだ?」
「自分の魔法?」

錬太が聞き返した。
千空は頷くと説明を始める。

「この家には大量の魔法についての本がある。その中から自分の使う魔法についての本を探して研究するんだ。
たしか、有名な錬金術師が書いた本もあったと思う。
理論が分かっていなければ、実習も成功しない。魔法の練習にも役立つが、どうだ?」
「賛成ですー。」

一番最初に同意の声をあげたのはまなだった。

まなは、本を読んで理論から魔法を勉強することの大切さを知っている。

実践で魔法の使い方を学んだとしても、理論を勉強していなければそれを十分に生かせないことがある。
とても大切なことで、忘れてしまいがちなことだった。

「いいんじゃない?」
「いいよね。」

と、華恋と錬太も続いて賛成する。

しかし、次に同意した悠夜は同意しながらも少し不満そうだった。

「いいけどさー。」
「どうした?」

それに気付いた千空は悠夜にきく。

「それって、展示は時間かかるから舞台発表になるだろ?」
「そうだな。」

千空は頷いた。
ただでさえ部活の文化祭に割く時間は無いというのに、時間のかかる展示発表などやっていられない。
悠夜は不満そうに続けた。

「小学生は全クラス劇って決まってるんだ。
舞台発表2回もすんの疲れるから展示が良かったんだよ。」
「たしかに、舞台発表って結構大変だよね。」

錬太が同意する。

「何の劇するの?」

と、華恋が言って、また文化祭のことで盛り上がりそうになったとき、千空は席を立った。

「明里紗には部活のこと、俺から報告しておく。
そのあとは本棚とか物置から必要な本を探しておくから、皆は飯が終わったらいつもどおり練習しててくれ。」

最後に「ごちそうさま。」と言うと、千空は階段を上がっていった。

(自分から連絡取れるんだったら、もう大丈夫かな。)

錬太は安心して、文化祭の話題に加わった。


千空は自分の部屋で、明里紗にメールを送るか、電話をするかで迷っていた。

電話の方が効率は良い。色々と聞きたい事もあるからだ。
しかし電話は嫌だ。物凄く気まずい。

錬太が心配しているだろうから、自分は大丈夫だということを教える為にああ言ったのだが…。

やはり自分から連絡を取るのは無理だったかもしれない。

やはりメールにしようと思ったのだが、ここで問題が1つ。

千空は明里紗にあまりメールをしたことがない。
電話のほうが便利だからだ。

錬太は意外と鋭い。千空がメールをしたとわかったら、千空がまだ立ち直っていないと考えるだろう。
錬太に心配をかけてしまえば、この行為に意味は無い。

仕方なく千空は電話した。

電話はすぐに繋がった。

「もしもし、明里紗か?」
「そうだよ、千空。何か用かい?」

戸惑いを感じている明里紗の声。電話してくるとは思っていなかったのだろう。

「文化祭に、うちの部活も強制参加らしい。
自分が使う魔法についての研究発表にしようと思ってるんだが、いいか?」
「いいよ。家にある本で調べればいいんだろう?」
「ああ。バイトも忙しいと思うから、本は探しておく。発表原稿を書いてくれ。」
「わかった。」

そこで会話が途切れ、2人は沈黙した。原因は明里紗の口数がいつもより少ないことだ。

「今日、昼飯はどうしたんだ?」

千空は聞こうと思っていたことを聞いた。

「バイト先で食べたよ。コンビニでパン買ってきてね。」
「そればかりだと体に悪いだろう。ローレンスに何か作ってもらったらどうだ?」
「1日中、家事ばかりさせたら可哀想だろう?昔みたいに千空が作ってくれるかい?」

明里紗はいつもどおりの会話をしようと努力しているらしく、普段のからかいを交えた口調になった。

「考えておこう。」


千空が返事すると、明里紗の笑う声が聞こえた。

「じゃあな。あまり遅くなるなよ。」
「6時には帰るよ。じゃあね。」

切れた携帯電話を握りしめて、千空はほっと息をついた。
明里紗と今までと全く同じ関係になりたいわけではない。

しかし、気まずいままは嫌だ。いつも明るく笑う明里紗が好きなのだから。

とりあえず、少し元に戻れた気がして千空は安心した。



「では会議を始めようか。」

黎明の天秤の幹部13人がそろったところでアウトラリスは声をかけた。

13人。

黎明の天秤の幹部は12星座で揃えているが、双子座が2人いるため全員揃えば13人だ。

アウトラリスは、この不吉な数字が気に入っていた。

今日は週に一度、日曜日の夜10時から開かれる定例会議の日。

全員揃って機嫌が良いアウトラリスは、にっこり笑っては会議をはじめた。

「スピカから順に仕事の進行状況を報告してくれるかな。」

スピカは綺麗にまいた白髪と赤いリボンを揺らして立つ。

「他の組織の壊滅は順調。弱い奴等ばっかりでつまらないわ。」

スピカの仕事は、黎明の天秤と同じようにトレゾールを奪おうとしている組織を潰すこと。
戦闘好きなスピカにはうってつけの仕事なのだが、相手に不足があるらしい。

アウトラリスの斜め後ろに控えるレグルスがメモを取る。

続いて立つのはアンタレス。

「私の仕事は無かったね。とりあえず部下を鍛えながら待機中。」

次はイオタ。
この順番でわかるとおり、報告は地位の高い順だ。

「同じく待機中です。個人的に調べている方は、進展なしです。」
「例の薬は開発中。ですが、開発過程で別の薬ができました。」

そう報告したのはケイローン。
白衣を着て眼鏡をかけた、見るからに真面目そうな男。

続いて、同じ化学技術部のアフロディナーが立つ。
派手な金髪と緑の瞳に、地味なはずの白衣も少し派手に見える。

「前と同じ筋力最強の薬ですが、持続時間が長く、副作用も少なくなりました。
すぐに動物実験を行いたいと思います。」

2人が座るよりもはやく、アルデバランが立ち上がった。

緑に染めた髪に赤メッシュ。青い瞳の片方には眼帯がつけられている。

アルデバランは、やる気がなさそうに耳のピアスをいじりながら言った。

「トレゾールがある場所はわからねぇ。」

そして隣に座るガンマを引っ張って立たせる。

「潜入した組織にはトレゾールの場所を知っている者はいませんでした。」

ガンマはうつむいてそう言うと、すぐに座ってしまった。

ガンマは人見知りで、全員の注目を浴びての報告は得意ではないからだ。

「待機中です。」

それだけ言ってすぐに座るのはフォーマルハウト。
常に不機嫌な顔をしている、染めた黄色の髪にオレンジメッシュの女。

「待機中です。動物はそろっています。いつでも攻撃を開始することはできます。」

小さな声で言って、おどおどと座る水色とエメラルドのオッドアイの少女、パーンを見てフォーマルハウトはイライラと舌打ちをする。
険悪な空気が漂ったが、いつものことなので誰も気に留めなかった。

「特に進展はありません。夏休みに入ってからはフルヴリアとも接触していませんし。」

言いながら立つのは慰音。
この組織ではカストルという名前で通っている、先日の転校生だ。
少し遅れて璃音も立つ。

慰音を守るように、あたりを睨み付けて。

少しからかいの言葉でもかけようとしていたアルデバランは、その視線に肩を竦めた。


最後にレグルスが一歩前に出る。
レグルスは地位的にはイオタの次だが、メモを取っていたため最後になっているのだ。

「表向きの会社の方はうまくいってます。
イギリスから入荷している紅茶の茶葉の売れ行きがいいようです。」

レグルスは黎明の天秤の表向きの会社の経営を任されている。 この会社の売り上げは黎明の天秤の活動資金となる。

「よし。じゃあ、新しい仕事を言おうか。」

アウトラリスが言うと、皆が改まった顔つきになる。

「アンタレス、イオタ、レグルス、ケイローン、アフロディナー、カストル、ボルックスは今まで通り。」

アンタレスとレグルス、ケイローン、アフロディナーはすぐに頷いた。
イオタは少し不満そうな顔をしながらも頷く。

「スピカはアルデバランとガンマが潜入していた組織の壊滅。 トレゾールの場所を知らないなら、生かしておく価値はない。」
「今日はちょっと疲れてるから明日ね。」

スピカは眠そうな顔で言った。遊び疲れた子供のようだ。

アウトラリスは微笑んで頷き、続ける。

「アルデバランとガンマは次の組織に潜入。」

アルデバランは退屈そうに、ガンマは深妙に頷く。

「それで、フォーマルハウト。仕事が欲しいんだったね?」

アウトラリスの問いに、フォーマルハウトは真剣な顔で頷く。

「フルヴリアのところに行ってくるといい。そろそろ戦いを始めるべきだろう。 一人では難しいだろうからパーンと一緒に。」
「はい!」

フォーマルハウトの返事を聞いてから、アウトラリスはパーンに声をかける。

「行ってくれるかな、パーン。」
「はい。」

パーンが小さい声で返事する。

「では解散。」
アウトラリスが言うと、スピカとイオタはすぐに出て行った。

続いて、アウトラリスとレグルスが出ていく。

フォーマルハウトがまだ座っているパーンの横に立った。

「俺はお前の助けなんかいらない。お前は見てればいい。」
「でも…。」
「うるさい。俺はお前が大嫌いだ。お前のその態度を見ているとイライラする。」

吐き捨てるように言って、フォーマルハウトは出て行った。

「フォーマルハウトって怒りっぽいわよね?いつもイライラしてるみたい。」

アフロディナーは少し首を傾げてケイローンを見た。

「そうだな。パーン、お前も気にすることはない。あいつはああいう奴だ。」

ケイローンは落ち込んでいるように見えるパーンに声をかけたが、パーンは何も言わず、部屋を出て行ってしまった。

「あいつも相当変わってるよなー。あんなにおどおどしてる奴初めて見たぜ。」

アルデバランは同意を求めるようにガンマを見る。

「魔力を使える者は、自分に自信を持つのが普通。でも、パーンは自分の魔法に自信がないから。」
「自信が無い?そういえば、昔は魔力のコントロールが出来なかったと聞いたことがあるな。」
「そうなの?」

ケイローンの言葉に、ケイローンの腕に自分の腕を軽くからませたアフロディナーが反応した。

「ああ。魔力の制御方法を教えてもらうために、この組織に入ったとか。」

ケイローンが、アフロディナーの腕を払いのけながら答える。

「ふーん?面白そうだな。ガンマ、お前パーンの過去とか心から読めぇのか?」

興味を示したアルデバランがガンマに聞いた。
その時、ずっと黙っていたアンタレスが口をはさむ。

「そのへんにしておいた方がいい。アルデバラン、あんたにだって知られたくない過去はあるだろう?
この組織に入ってて、隠したい過去が無い奴なんて少ないんだから。」
「まあな。」

アルデバランは少し顔をしかめて頷いた。
そして、ガンマをつれて出て行く。

「さっきの話だが、お前にも隠したい過去はあるのか、アンタレス?」

ケイローンがアンタレスに言った。

「まあね。暗殺部に入ってる私にそんな過去が無い方がおかしいだろう?
あんた達にはないんだろうね?ケイローン、アフロディナー。」
「無いわ。私はケイローンを追いかけて来ただけ。」

アフロディナーは即答する。

「俺にもないな。俺は小さいころから魔力を隠して生きてきた方が良いということに気づいていたから。」

ケイローンも同意した。

「だろうね。」

アンタレスは溜め息をついた。

「あまり過去のことは詮索しない方がいい。攻撃してくる奴もいるかもしれないよ。」

ケイローンは頷いた。

「忠告はありがたく受け取っておこう。」

そして、アフロディナーと共に室内から出て行く。

今日は地下にある研究室で仮眠をとりながら研究を続けるのだろう。
2人が作るのは、主に筋力増強や、生物に一時的に魔力を与える薬だ。

それを動物に役与して、パーンがそれを操ると魔獣の代わりになる。
召喚系の魔術師がいないこの組織は、それを魔獣として使っていた。
千空達が毎晩戦っている魔獣も、実はそうやって作られたもの。
元は普通の獣だ。

「隠したい過去、か…。」


誰もいなくなった部屋で、アンタレスは1人呟いた。


初めて人を殺したのはいつだっただろうか。

たしか毒殺だった。血を吐いて倒れた男の顔の恐ろしさ。

部屋に充満する、血の臭い。

恐怖で吐きそうになったことを覚えている。

「私はもう人を殺しても何も感じられないんだよ、龍舞。」

いつからだろうか、人を殺しても何も感じなくなったのは。

アンタレスは過去を思い出して感傷的になっている自分を少し笑い、電気を消して、部屋から出た。

死んだ恋人の名前を呟くなんて、今日の自分は本当にどうにかしている。



建物を出たアルデバランとガンマは、マンションに向かって歩いていた。

2人の家は、高級マンションの一室。

2人が同じ家に住んでいるのは、仕事上便利だから、という理由のだけではない。

2人は恋人だ。
黎明の天秤の者は全員知っている。

「なあ、セィーリア。お前って孤児院育ちだっけ?」

アルデバランはガンマに聞いた。
セィーリアとはガンマの本名。
組織内で幹部の本名をバラすことは禁止だが、2人は個人的に繋がりがあるため問題はない。
聞いたことがあることを確認しているのだ。

セィーリアは頷いて言った。

「貴方は?ディア。貴方の過去は聞いたこと無い。」

アルデバランの本名はディアンサス=グロウン・リア・ギリヴァール。
ディア、とはセィーリアだけが呼ぶ愛称だ。
ディアンサスは、ふざけたように笑って言う。

「心、読めばわかるんじゃねぇの?」
「読まない。貴方の心は絶対読まないって何度も言ってるでしょう?」

ガンマは拗ねたような顔をする。

「悪い悪い。わかってるって。」

ディアンサスは笑って、セィーリアの頭に手をのせた。

「俺の家は古くから続いてる名家で生活に困るなんてことはなかった。」
ディアンサスは、そこで顔を歪める。

「でもサイテーの奴等ばっかりだった。
どうすれば自分の利益になるのか、自分の家を有名にするにはどうしたらいいか、そんなことばっかり教えられた。」

心配そうに自分を見上げるセィーリアに笑いかけ、ディアンサスは軽く言った。

「だから出てきてやったんだよ。」

少しの間、2人は黙って歩いた。

「私、孤児院に預けられたときのこと少し覚えている。 私は生まれた時から青い髪で、お母さんは”気味が悪い”って思ってたの。」

セィーリアがポツリと言った。

「孤児院の子も皆私のこと”気持ち悪い”って思ってた。私の青い髪と、魔力のこと。」

セィーリアはゆっくり歩きながら続ける。

「でも、もういいの。あの過去が無かったら、私は貴方に会えなかったから。」

微笑むガンマに、ディアンサスも少し笑い返した。

「そうだな。」

そうして、2人は自然に手を繋いだ。

過去は忘れてしまえばいい。大切なのは、今、この幸せな時間だけ。



「ねぇ、ケイローン。少し眠らない?もう3時よ。」

アフロディナーが、研究室で実験を続けるケイローンに声をかけた。

研究して夜を明かすことが多い科学技術科の研究室には仮眠室がある。

「先に寝ればいいだろう。俺は手が放せない。」
「さっきからそう言って1時間たってるのよー?」

アフロディナーはケイローンに近づくと、ケイローンがかけている眼鏡をとった。

ケイローンは大きなため息をつく。

「君は俺が1歳年上で大学の先輩だということを忘れているだろう?」
「覚えてるわよ。貴方、下級生にも人気だったから競争が大変だったのよ?」

腕をからめながら言ってくるアフロディナーに、ケイローンはまた溜め息をついた。

「お前も良くやるな。高校から大学、就職先まで追ってくるとは。」
「好きだからって言ってるでしょう?」
「あぁ。わかってるからひっつくな。」

ケイローンはアフロディナーをあしらいながらも、仮眠室にむかって歩いて行った。

アフロディナーも満足そうに微笑んでその後を追う。


こうしてそれぞれの夜は更けていく。




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© 睦月雨兎