第29話



錬太と華恋が話していると、ノックの音がした。

「はーい。」
「悪い、邪魔したか?話すことがあるから下に来てほしいんだが…。」

扉の向こうに立っていたのは千空だった。
邪魔というのは、錬太の部屋から華恋が出てきたからだろう。

「あ、大丈夫。じゃあ今から降りるね。」

華恋は下に降りて行った。

続いて、錬太も千空と共に階段を降りながら千空の様子を伺う。

「千空、大丈夫?」
「いつまでも悩んでても仕方ないしな。やることもいっぱいあるし。」

千空は何もなかったかのようにサラッと言った。

しかし、錬太は内心、まだ心配していた。千空が自分の気持ちを整理したようには思えなかったからだ。
それでも、錬太は気付いていないようにふるまった。
千空がそうしてほしいのはわかっていたから。


下に降りると、明里紗、まな、悠夜、の3人はまだ席に座っていた。

「話すことがあるんだが…。」

千空が言うと、3人は前に向きなおり、ローレンスもキッチンから戻ってきた。

「もうすぐ1週間たつ。合宿も終わりだし、だいぶ実力もついているだろう。
だから、そろそろ夜の見回りを再開したいと思う。どうだ?」
「夜の見回りって何だ?」
「黎明の天秤は自分達以外の魔法使いは邪魔だと考えているから、魔物を放しておいたりするんだ。
一般人に被害が及ぶこともあるし、見回りをしていた。」
「うん。いいと思うよ。確かに、そろそろ実践で練習するべきだしね。」

明里紗が同意した。
千空は他の面々を見まわす。
錬太と華恋は少し不安そうな顔をしていたが、反対する気は無いようだった。

「よし。じゃあ、明里紗がバイトから帰って来てから行くことにする。」

話が終わると、明里紗は少し慌てたように席を立った。
時間に気付いたからだ。

「じゃあ、行ってくるよ。」
「あ、待って下さい。」

ローレンスが慌ててキッチンに戻って行った。

「お弁当です。どうぞ。」

千空が明里紗を心配していたので、ローレンスが作っておいたのだ。
いくら仕事が忙しくても、明里紗にはローレンスがせっかく作ってくれたものを残すことはできない。
明里紗は苦笑して受け取ると、家を出て行った。




「なぁ、これでいいか?」
「できたですー。」

千空に原稿を出したのは、悠夜とまな、2人同時だった。

「オレが先だ!」
「ボクが先!」

争い始める2人を見て、千空は溜め息をつき、2人の原稿に同時に目を通す。

「いいんじゃないか。後で明里紗に渡しておく。」

2人はまだ睨み合っていたが、ふと悠夜が千空の方に振り向いた。

「原稿は書き終わったけど、この本まだ読み終わってないんだ。
まだ借りてていいか?」

悠夜の手には古びた5冊の本があった。
千空は本の一番後ろを確認し始める。

「この4冊はフルヴリアの家紋がついているから俺のだ。丁寧に扱うなら貸してもいい。
最後の一冊はリーズロッドの家紋だから、まなの物だ。まなに聞け。」

悠夜はまなの方に向き直った。

「貸せ。」
「嫌。」
「貸せ!」
「嫌!」

言い合う2人を呆れたように見て、千空は口を出した。

「貸してやったらどうだ、まな。一応、勉強しようとしているんだから。」

千空の言葉に、悠夜は嬉しそうに目を輝かせ、まなは拗ねた。

「1日!1日だけだから!」

足音荒く階段を上がって行くまな。
悠夜も本を持って自分の部屋に戻って行った。

「悠夜君って意外と勉強好きだよね。わたしは魔法の勉強でも時々嫌になるのに。」
「僕も、興味はあることだけど、ずっとやってると嫌になってくるよ。」

経緯を見ていた華恋と錬太が言った。

「俺は別に嫌じゃないけどな。」

千空の言葉に、華恋は納得したように頷く。

「まなちゃんも魔法の勉強好きだもんね。小さい時からやってるから?」
「さぁな。まぁ、俺たちにとって魔法は義務だからな。することが当たり前なんだ。」
「そっかぁ。あたしもがんばろ!」
「そうだね。」

錬太と華恋は2人で階段を上がっていった。
1人でぼんやりしている千空の元にローレンスが紅茶を運んできた。
詳しいことは知らないが、千空の疲れを察したのだろう。

「ありがとう、ローレンス。」
「クッキーもどうぞ。」

ローレンスはクッキーをテーブルの上に置くと、自分も席に着く。
そして2人はゆっくり休息をとった。
悠夜、華恋、錬太の3人の練習に呼ばれるまで。



「ただいま。」

玄関で明里紗の声がした。

「おかえり。」

戦闘服に着替えた千空が出迎えた。
千空は既に自分の剣を腰に帯びていた。

「おかえりですー。」
「おかえり!」

続いて、同じく戦闘服で出てくるまなと悠夜。
まなの服は学校の制服のようなデザイン。悠夜の服は普通の私服のようだった。
2人が一緒に出てきたのは、悠夜がまなのコンパスを見ていたからだった。

「悠夜君の武器はなんだい?自分の武器があるだろう?」
「オレの武器はこれだ!」

悠夜が取り出したのは金属バットだった。

「素人に剣を持たせるのは危ないから。」

千空が腕を組みをして言った。
悠夜は意外と気に入っているようで、何度も素振りをしている。
明里紗がリビングの方に行くと、華恋と錬太がいた。

「あ、おかえりなさい。」

錬太が言った。

「ただいま。…ローレンスはどこだい?あたしも着替えたいんだけど…。」
「貴女の服はここです、明里紗。」

明里紗が辺りを見回していると、ローレンスが2階から降りて来た。

「ありがとう。じゃあ、すぐに着替えるから先に外に出ておいてくれないかい?」

明里紗の言葉に頷いて3人は外に出た。


「なぁ、本当に魔物なんかでんのかよー?」

悠夜がそう言ったのは、魔物を探し始めてから10分後のことだった。

「そんなにすぐに見つかるわけないだろう。もっと集中力を保て。」

千空が呆れたように注意し、華恋を振り向く。

「もう一度気配を探ってみてくれるか?」

家の近くには魔物がいなかったので、移動していたのだ。
もう今は家から随分離れたところに来ていた。

「うん、わかった。」

華恋は集中する為に目を閉じ、そしてゆっくりと目を開いた。

「いた!」
「よし、華恋、案内しろ!」

千空は走り出す華恋の後に続いた。そして、他の5人も走り出す。
やがてついたのは暗い空き地だった。広い土地には草が繁り、足場が見えないほどだ。

「魔物はどこにいるんだい?」
「右!」

華恋が明里紗の問いを遮るように叫ぶ。

「フィアンマ・アッチェンシオーネ!」

千空が咄嗟に炎の呪文を唱える。
魔術の炎は草を焼くことなく、犬のような魔物だけを焼き尽くした。

「ごめんね…。」

もう1度呟いて死骸を撫でるパーン。
異様な光景に、千空達が呆然としていると

「行って!」

パーンの叫びと共に5匹の魔犬が千空達に襲い掛かった。

「フィアンマ・アッチェンシオーネ!」

ローレンスが1匹の魔犬を氷漬けにする。
と、同時に千空が炎でもう1匹の魔犬を焼いた。
明里紗は自分の魔獣を召喚せずに短剣で戦うのを楽しんでいるようだった。

「こっち来んな!」

自分の相手を片付けた千空が加勢するべきか、と悠夜とまなのほうを見ると、2人はまなの防御陣に入っていて安全なようだった。
先程の叫び声は、悠夜が魔犬を金属バットで殴りながら発した言葉だったらしい。

一方、錬太と華恋は少し危ない状況だった。
錬太は周りにあったものを銅に変えて盾としていた。
しかし、錬太と華恋では防御から攻撃に転じることができないのだ。

千空が助けに入ろうとした、そのとき。

「おい、こっちは終わったぞ!」

血塗れのバットを握った悠夜が、錬太に叫んだ。
錬太はその声に顔を上げて頷くと、防御に使っていた銅を崩し始める。
攻撃を防げなくなったことで錬太は大量の小さな切り傷を負っていたが、それでも作業の手を止めることはなかった。
華恋は、幸い錬太の背に庇われて無事。

やがて、崩した銅は無数の小さなナイフになった。

「コルポ・トラスラエリメント!」

悠夜がナイフを魔犬に向かって飛ばす。
至る所にナイフが刺さった魔犬は、醜い叫び声をあげて絶命した。

「それで、あの子はどうするんだい?」

魔犬を始末したらしい明里紗が指差すのはパーン。
魔犬が全て倒され、唯の無力な少女となった黎明の天秤の幼きメンバーだ。

パーンは悠夜によって撲殺された魔犬を大事そうに抱き上げるところだった。

「ほら、だから俺1人でいいって言ったんだ。お前は役に立たないんだよ、パーン。」

千空達の背後から、唐突にそう、声がした。
ふりかえると、嘲笑うような表情の、染めた黄色の髪にオレンジメッシュの女。
フォーマルハウトだ。

「だって、命令違反になるから…。」

魔犬の死骸を抱えたまま、パーンが弱弱しく呟く。

「そういうところが嫌いなんだ。お前に自分の意思ってものは無いのか?」

戦闘中であるにも拘らず、ぶつぶつと文句を言い始めるフォーマルハウト。

いつもなら、そんな敵にからかいの言葉をかけるはずの明里紗は、呆然と呟いた。

「響さん…?」

フォーマルハウトは弾かれたように、明里紗のほうに顔を向ける。

「明里紗…?」

呟かれた名前に、パーンが反応した。

「神咲明里紗のことを知っているの…?」

パーンの問いに、フォーマルハウトは苛々する間もなく呆然と問い返す。

「知り合いだ。でも…どうしてお前も名前を知っているんだ?」
「カストルとボルックスが報告していたから…。」

パーンは当然のことを答える。
明里紗と同じ学校に潜入している2人が明里紗の報告をするのは必然。
むしろ報告をしていなければ職務怠慢だろう。
フォーマルハウトは珍しく、自分自身に対して舌打ちをした。

「くそっ!あいつらの報告なんて聞いてなかった!」
「フィアンマ・アッチェンシオーネ!」

フォーマルハウトの気がそれている隙に、千空が唐突な攻撃を仕掛けた。

「それで?戦うのか?戦わないのか?」

フォーマルハウトは、その言葉に挑発されたのか身構える。

「響さん!」

明里紗の戸惑うような叫びに、フォーマルハウトは大きく首を横に振った。

「俺はフォーマルハウトだ!」

フォーマルハウトが走ってくるのと同時に、パーンの背後に新たな動物達が現れる。

「行って!」

パーンにしては珍しい鋭い叫びと共に襲い掛かってくる魔獣たち。
千空達は、再び魔獣達と戦い始める。


数の違いに苦戦する千空達の隣で、明里紗はフォーマルハウトと戦っていた。

「春日さんは!?春日さんも…?」
「そうだ!光は俺達の仲間だ!」

戦いながら会話する、明里紗とフォーマルハウト。
明里紗はまだ戦いに集中できないのか、防御しかしていない。
しかし、フォーマルハウトは攻撃の手を休める気配がなく、当然の如く形勢はフォーマルハウトに有利だった。


悠夜、まな、錬太、華恋の4人は固まって戦っていた。
千空とローレンスが大半の魔獣を引き受け、2人の間を抜けてきた魔獣を4人が相手する、といった形だ。
4人は今のところ、まなの魔方陣に入って身を守っていたが、魔獣達もそれを理解しはじめていた。

魔方陣に近付きすぎると、攻撃され、倒されてしまう。
そのため、遠くから遠隔魔法での攻撃を始めたのだ。

「オレ、外に出る!」

魔方陣に数度目の揺らぎがおこったとき、悠夜が言った。

「奴等を倒さないと、終わらないだろ!」

叫ぶと、血が滴るバットを振って再び戦い始める。
悠夜の顔が、殴り殺した魔犬の血飛沫で赤く汚れた。
それを見て、錬太も決心したように魔方陣の外へ足を踏み出す。

「僕も行くよ。」
「気をつけてね。」

華恋の心配そうな顔に錬太は笑顔をかえし、走っていった。

「大丈夫かな…。」

華恋の呟きに言葉も返さず、まなは、唯じっと戦いを見つめていた。


「痛ッ!」

明里紗の腹に拳が入った。
咳き込む明里紗を見下ろすようにフォーマルハウトが前に立つ。

「本気、出さないのか?…俺は本気でいかせてもらう!」

言葉と同時に突き出された拳を、明里紗は横転して避けた。
そして、構えなおす。
顔には先程までとは違う、真剣な表情が浮かんでいた。

「あたしも本気でいくさ!」

言うと、明里紗は左のストレートをフォーマルハウトに叩き込む。
フォーマルハウトはそれを、右手で受けた。

「!?」

刹那、明里紗は左腕に灼熱を感じて瞬時に身を引く。

視線を下げて腕を見ると、左腕は干乾びたようになっていた。

フォーマルハウトは腰に手を当てて胸を張る。

「俺の能力は体内の水分を蒸発させることだ。これで左腕は使えない。」
「困ったね…。」

明里紗は額に汗を浮かべ、小さく呟いた。

千空は明里紗が苦戦しているのを見て、唇を強く噛む。
明里紗が危ない。
しかし、魔獣は意外に強く、加勢に行く余裕が生まれない。
ローレンスも数の多さにてこずっているようだった。

気を抜いている間に、魔獣の牙が脇腹を掠める。
千空は魔獣を切り裂き、剣を構えなおした。
こちらに専念しなければならない。そうしなければ、自分の身を守りきることもできないだろう。

(明里紗は大丈夫だ…!)

そう、千空は信じるしかなかった。


明里紗はフォーマルハウトからの攻撃を避け続けていた。

「攻撃してこないのか?」

笑みを浮かべて言うフォーマルハウトも、わかっているはずだ。
明里紗は攻撃できない、ということが。

(左腕が使えないと、バランスが悪いね。)

明里紗は舌打ちした。
問題は、バランスだけではなかった。

少しでも力がかかれば、この左腕は折れてしまうだろう。
左腕での防御は勿論できないし、横転することもできない。
右で攻撃するにしても、左腕に負担をかけないように気遣えば、全力が出せないのだった。

明里紗はいつのまにか、悠夜達のいるところまで来ていた。
明里紗が後退し続けていたからだ。

(ここが室内だったら、壁まで追い詰められてるとこだね。)

そう考えて、戦闘から僅かに思考が離れていることに、苦笑した。
体力が限界に近付いているせいだった。

(少しでも休めれば…!)

明里紗は苦し紛れに足元の砂を蹴り上げる。

「目隠し…!?」

フォーマルハウトの慌てた声がした。
しかし、そう長くはもたない。
すぐに砂埃は収まり始めた。
フォーマルハウトが足を前に出し、明里紗が構える。
空気が緊迫する。


その時、フォーマルハウトが転んだ。

魔獣の血をたっぷり吸った地面で、滑ったのだ。
明里紗は予想外の事態に目を瞠ったが、フォーマルハウトが起き上がる前に素早く馬乗りになり、頭の真横の地面に短剣を突き刺す。
そして、両手を封じた。

「くっ…!」

フォーマルハウトが呻く。
明里紗は勝利を確信した。
そして、他の戦況を見るために辺りを見回す。

千空とローレンスは怪我をしているが、負ける様子は無し。
しかし、錬太と悠夜の動きには疲れが見え始めている。
魔力も限界に近付いているのだろう。
まなの魔方陣も限界だった。
魔方陣にかけられた防御の魔法が限界なのだ。
そして、魔力のないまなには魔法をかけなおすことができない。

はやくフォーマルハウトを気絶でもさせ、皆のほうに加勢しようと明里紗が下を向く、と

「油断するなよ。」

いつの間にか、フォーマルハウトが両手を自由にしていた。
そして、明里紗を掴もうと手を伸ばす。



明里紗は覚悟して、目を閉じた。


「キャアァァッ!誰か来て!人殺しよ!」

明里紗が目を開くと、道端に座り込む女。

一般人に目撃されたようだ。
明里紗が驚いて立ち上がると、フォーマルハウトも素早く立ち上がり、パーンに駆け寄った。

「一般人が来ないように、犬とかで見張りをたてなかったのか!?」
「フォーマルハウトが全部こっちに向かわせろと言ったから…。」
「馬鹿!見張りぐらい残せ!大体、俺が転んだのはお前の犬のせいだぞ!」

フォーマルハウトが、パーンにイライラと怒鳴り始める。
しかし、さすがに人が集まってくる様子に気付き、中断した。

「とにかく撤退だ!帰るぞ!」

フォーマルハウトは叫ぶと、パーンと魔獣をつれて引き上げていった。

「俺達も行くぞ。こんな格好だと全員捕まる。」

千空が、2人が完全に行ったのを確認してから言った。
血塗れな上に、銃刀法違反。
死んだ獣が吸数匹。

「と言っても、もう時間は無いみたいだよ。千空。」

明里紗が言うとおり、パトカーの赤いランプが近付いてきていた。
千空は動じずに言う。

「まな、移動の魔法陣を描け。」
「はいですー!」

一瞬にして描かれる魔法陣。

「「ロトンド・アツィオーネ・ロンターナ!!」」

凛、と響く呪文。

こうして、7人は血臭のする空き地を後にした。





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© 睦月雨兎