第3話
「すぐにでも仲間を増やす必要があるな。本格的な戦いが始まる。」
「本格的な戦い?ってどういうこと?」
まだ少し青ざめた顔で言う千空に、錬太は問う。
「恐らく、錬太への攻撃は最後の警告といったところだろう。俺がフルヴリアを正式に継ぐか。
それがわかるまで待っていたんだろうな。」
家の名を継ぎ、使命を果たすか。
それを16歳の誕生日に決めるのは、フルヴリア家とリーズロット家のしきたり。
だから、千空が正式にフルヴリアの当主となるかを黎明の天秤は見ていたのだろう。
千空がフルヴリアを継がずに普通の人間として生きていくのなら、黎明の天秤は放置すればいい。
しかし、千空はフルヴリアを継いだ。
リーズロット家のまなに会いに行ったことからそれがわかった黎明の天秤は、本格的に千空の邪魔をし始めたのだ。
実際、黎明の天秤が魔物を放ちはじめたのは7月8日からだった。
「仲間を増やすって、あてがあるの?」
「いや、幼馴染が1人だけだ。」
「でも、それだけじゃ…。」
「ああ、足りない。黎明の天秤は組織だからな。だから探すんだ。魔力を持った者を。」
「どうやって?」
錬太の疑問は尤もだった。
この日本で魔法を本当に信じている者など、ほとんどいない。
まともな方法では、中々見つかりそうになかった。
「魔力の気配を探す。訓練を受けていない者は、自分の魔力の気配を隠すことができない。魔力を持っているが自覚していない者を探し出し、魔法の使い方を教えて仲間にすればいい。」
千空は簡単なことのように言ったが、それは困難な作業だった。
アシュリー学園は、幼稚舎3クラス、初等部5クラス、中等部6クラス、高等部7クラス、大学が8クラス、大学院2クラスという膨大な生徒数を抱える学校だ。
藁の山の中から一本の針を探し出すような作業になるかもしれない。
しかし人数が増えれば、それだけ魔力を持つ者がいる確率も増える。
千空はそれを期待したのだった。
「無理しすぎないでね。」
錬太は、千空にそっと声をかけて自分の席についた。
錬太は自分の魔力を上手く使いこなすことができないし、使える魔法は錬金術だけ。
使える魔法、というのは生まれつき持っている魔力によって違うもので、努力によって変えることはできない。
つまり、錬太は千空の作業を手伝うことができないのだ。
できるのは、見守ることだけ。
錬太は小さく溜め息をついた。
「ここで探すの?」
高等部の屋上からグラウンドを見下ろしながら、錬太は問う。
「ああ。なるべく全体を見渡せたほうが都合いいからな。」
高等部は、時計台を除いてアシュリー学園で一番高い建物だ。
屋上は立ち入り禁止になっているため他の者が来る心配はないし、今からやろうとしていることには最適な場所だった。
千空が言うには、得意な魔法ではないため、静かで集中できる場所が必要なのだ。
「探さなくていいの?」
屋上に来てから、ただ黙って下を見下ろしているだけの千空に錬太が問うと、千空はゆっくりと返事した。
「もう探してる。呪文を唱えるほどの大層な魔法じゃないんだ。」
「そうなんだ。」
千空の言葉に錬太はとりあえず納得した。
魔法には、呪文がいるものといらないものがある。
攻撃や防御などの大掛かりな魔法は必要だが、気配を探るだけだったりする魔法は、呪文を必要としない。
錬太がじっと千空を見守って、20分ほど経過したとき。
「駄目だ!」
千空が唐突に大声を上げた。
「ど、どうしたの?」
「多すぎる。」
「多すぎる?」
「ちょっと霊感があるだけって奴が多すぎるんだ。魔法まで発展できそうな奴が紛れて見つからない。」
千空は大きな溜め息をついた。
「これは思ったより時間がかかりそうだ。」
「頑張ってね。」
錬太は応援する。
これは、千空にしか出来ない仕事なのだ。
まなは魔力がないし、ローレンスはこの学校の生徒ではない。
「放課後も残って探す?」
錬太の問いに、千空は首を振った。
「いや、放課後は帰る生徒もいるからな。昼休みの生徒が一番多い時間に探さないと意味がないだろう。」
千空はそれしか言わなかったが、実はもう一つの理由があった。
生徒を危険にさらさないため。
黎明の天秤はいつ襲ってくるかわからない。
千空達が学校を出るまで待ってくれる保障はない。だから、できるだけ早く学校を出なければいけないのだ。
放課後まで残れば、生徒が危険に晒される確率が高くなるだろう。
学校を戦場にするわけにはいかないから。
錬太は優しいから、そんなことを言えば学校に行くことに罪悪感を覚えてしまうだろう。
それを避けるために、千空は錬太に言わなかったのだ。
「先は長いな。仲間を集めて黎明の天秤を倒すなんていつになるんだろう。」
千空は溜め息と共に呟いた。
「千空のご先祖様だって、ずっと戦ってきたんでしょ?」
「まあな。黎明の天秤ができたのは約500年前だから、その頃からずっと。」
「じゃあ、そんなに簡単に勝てるわけないよ。」
錬太は肩をすくめ、千空も同意するように頷いた。
仲間となりそうな人物がみつかったのは、それから1週間後のことだった。
「見つけた!」
じっと下を見ていた千空が鋭く叫び、走り出す。
気配の元は図書館。大学と講堂の間の建物だ。
置いていかれないよう、錬太も必死で走る。
錬太は走るのが遅いわけではないが、速いわけでもない。
走るのが速い千空についていくのは大変だったが、昼休みの人混みが幸いして、そんなに引き離されることはなかった。
3階建ての図書館の最上階、歴史のコーナーにその人物はいた。
「佐藤華恋か。」
華恋から少し離れた本棚に隠れ、千空は小さく呟く。
佐藤華恋。隣のクラスの女生徒だ。
特に秀でたこともない平凡な少女で、変わったことといえば特定の友達がいないことぐらい。
特別親しい相手がいないのは、華恋が人見知りで上手く友達が作れないからだ、と2人は思っていた。
しかし、違うのか?
魔力が関係しているのか?
2人は不思議そうに顔を見合わせたが、その謎はすぐに解けた。
「黒羽君、大地君、2人とも、わたしに用があるの?」
距離をとって隠れていたにも関わらず、華恋は2人に気づいたのだ。
「いや、特に用は無いんだ。いつも、このコーナー人がいないから佐藤さんがいるのに驚いてただけ。」
「そっか。わたしの方見てるみたいだったから、何か用かな、と思って。」
「ごめん。邪魔だった?」
「大丈夫だよ。」
「よかった。何読んでるの?」
「宿題のレポートに使う本。」
錬太が取り繕い、そのまま会話を続ける。
さっきの事を問うチャンスだ。
気配に鋭いだけ、という可能性もあるが、華恋からは魔力の気配がする。
ほぼ確実に魔法だった。
「佐藤は俺達がいること、どうしてわかったんだ?ここから結構離れてただろ?」
自然な会話を装って千空が問う。
「わたし、昔から人の気配に敏感みたいで。少しぐらい離れてても視線とか感じるの。」
華恋は何でもないことのように言ったが、その言葉に混ざっている悲しそうな調子を錬太は感じた。
千空は何も気づかないように、探りをいれる。
「すごいな。気配に敏感って、他にどんなことがわかるんだ?」
「うーん。例えば、この図書館に何人いるか、とか。」
ふざけた調子で言われた言葉だったが、華恋の顔は真剣だった。
「何人いるの?」
「わたしもいれて63人。」
錬太の問いに華恋は即答する。
「でも、3階にはわたしを含めて8人しかいない。やっぱりこのコーナーって人気ないんだね。」
華恋の言葉に、千空と錬太は辺りを見回した。
千空と錬太、そして華恋を含めて8人の人間が確認できる。
しかし、そんな確認をしなくても千空は華恋の言ったことを信じていた。
華恋が嘘をつく理由はないし、華恋の目には嘘の色など無い。
「でも、わかるのはこの図書館内だけ。隣の校舎だと離れててよくわからない。」
残念そうに言うと、華恋は本を閉じて席を立った。
「もう休み時間終わるから帰るね。」
「あ、邪魔しちゃってごめんね。」
錬太の謝罪に華恋は笑って首を振った。
「いいよ。わたしの話、信じてくれたのは貴方達だけだから。楽しかった。」
華恋が出て行った後も、2人は図書館にいた。
「間違いないな。あいつは魔力を持ってる。」
「うん。」
「佐藤が使えるのは、気配を読む魔法だな。」
「気配を読む?それって…。」
「ああ。俺が魔力を持つ者の気配を探すのに使った魔法だ。」
そこで一度言葉を切って、千空は椅子から立った。
そして窓のほうに歩いて行く。
「訓練もしていないのに、魔力を使いこなしていた。きっと上達は速いだろう。上達すれば、もっと広い範囲まで探れるようになるはずだ。」
「うん、そうだね。」
2人は同時に、窓の外に目をやる。
2人の視線の先にいるのは、校舎のほうに1人で歩いていく華恋。
「でも問題は…。どうやって仲間にするか、だよね?」
錬太の言葉に千空は溜め息をつき、乱暴にブラインドを下ろす。
華恋の姿が、見えなくなった。
「もっと昔、魔法が信じられてたころに産まれればこんな苦労はなかったのにな。」
「そうだね。黎明の天秤はどうやってメンバーを集めてるんだろう?」
「さあな。」
千空は短く返事して、階段をおり始めた。
魔法など物語にしか存在しないこの時代。仲間をつくるのは、やはり困難だった。
どうやって華恋を仲間にするのか?
2人は真剣に考え始めた。
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