第32話




千空達がパーンとフォーマルハウトと戦ってから約20日ほど経って、日付は8月17日になっていた。
明日からは新学期が始まろうとしていた。

夏休みの間、明里紗はバイトをやめた。



「明里紗、今日はバイトは無いのか?」

明里紗の左手は千空の治癒魔法によって一週間かけて治された。
左手が使えないその間、明里紗はバイトを休んでいた。

もう十分左手も動けるはずだ。
なのに、明里紗はバイトに行ってはいない。

「バイトは…止めたよ。」
ポツンと独り言のように明里紗は返事をした。

「やめたですかー?」
まなが意外そうに言った。

「もうあそこには行けないからね。」
明里紗の一言で全員が事を察した。

明里紗は響の正体を知った。同時に響も明里紗の正体を知った。



そんなことがあってから明里紗はまだバイトを探している途中である。

パーンとフォーマルハウトがやって来た日から黎明の天秤はやって来なかった。



「千空が明里紗さんを慰めてたよ。」
錬太はそう言った。

「フォーマルハウトとかいう人のことで?」
華恋が問うた。

「うん。やっぱり明里紗さんショックだったんだろうね。
千空も心配だろうね。怪我もだけど。」
「そうだね。」



華恋がふと思い出した錬太との会話。

今までそんなに気にならなかったのだが、錬太はほとんど千空の話をする。
しかも、だいたい明里紗が絡んでいる。
別に特に嫌でもないのだが

(ちょっと嫌かも…。)

そう思ってしまうのだった。

ふと携帯のカレンダーを見る。
明日は始業式だ。水穂に会える。

(この悩み水穂に言ってみようかな…。)

いつでも相談にのってくれた水穂に。
仲良くなってから大した時間は経っていないのに、ずいぶん前から知り合いだったような気がする。
水穂に錬太のことで相談する。

ふと思い出した。身体が固まった。
錬太に告白した前日の夜、華恋は水穂にメールした。

『また明日メールするね。』

それきりで、水穂とは一度もメールしていない。

(どうしよう…。)

心臓の高鳴りがはっきりわかる。
嫌われないだろうか。それとも既に嫌われただろうか。

そんなことばかり考えてしまう。
なぜなら告白した前日の夜から、一度も水穂からもメールが来ていないのだ。
でも、今日メールしなければ明日は気まずいまま顔をあわせることになる。

(そんなの嫌だよ…。)

勇気を出してメールを打つ。

『水穂ごめん。わたしが水穂にメールを送った次の日、ちゃんと錬太君に告白できました。
返事は良かったよ☆連絡するのが遅くなってごめんなさい。』

長文はかえって言い訳しているように感じると思ったから、シンプルに仕上げた。
送信ボタンを押すのが怖くて、目を瞑ってボタンを押した。
送信中の画面を見る。

(お願い…水穂許して…!)

華恋が送ってからすぐに返事が届いた。

『遅いよ><;でも、あたしそんなに怒ってないからね!おめでとう☆』

そのメールを見て華恋は安心した。

『ほんとに遅くなってごめん!ありがとう☆』
『もういいって☆明日から始業式だね!また明日直接聞かせてよvV』
『わかった(*^-^*)じゃあまた明日!』

それから返事はこなかった。
良く考えてみれば、華恋にとって夏休みは本当に良い時間を過ごせたと思う。

戦闘に関して以外では。

華恋は水穂に会うことが楽しみで仕方が無かった。



「明日は終業式だね。」
夕食を食べているときに明里紗が言った。

練習が物足りないため合宿は延長となり、錬太、華恋、悠夜の3人は夏休み中ずっと千空の屋敷に泊まっていた。

「わたしは昨日やっと宿題終わらせたよ。」
華恋が夏休みの宿題の話をはじめた。
「僕も昨日終わったよ。」
錬太が続けて言う。
「ボクも終わってるですよー。」
続けてまなも言った。

千空、明里紗、悠夜は何も言わなかった。
それに気付いた華恋が問う。

「3人は終わったの?」
「俺はずっと前に終わらせてた。」
そう言ったのは千空だった。

「いつ頃終わってたの?わたしが図書館に行った日『まだ』って言ってたよね?」
華恋が不思議に思って問う。

「あのときは…半分しか終わってなかった。」
「「半分しか!?」」
錬太と華恋が声をあわせて言った。
その時はまだ夏休みが始まったばかりだった。

「千空は昔からそういう子だったね。」
明里紗が笑いながら言った。

「どういう意味だ?明里紗。」
もうすっかり告白のことは忘れてしまったかのように、千空と明里紗の中は元通りになっていた。

「明里紗さんは終わったんですか?」
錬太が問うた。
「うん、終わってるよ。」

「栢山は終わってるですかー?」
ずっと黙っていた悠夜に、まなが問うた。

「…終わってない。」

「全く?」
華恋が問うた。

「そんなわけないだろ!面倒なやつ以外全部終わってる!」
悠夜がムキになって言った。

「面倒なやつ?」
錬太が問う。

「作文、美術、書道、作曲のことですよー。違うですか?栢山。」
まながそう言った。

「そうだよ!」
悠夜が怒ったように肯定した。

「そんなに?ちゃんと提出できるのかい?」
そう言ったのは明里紗。

「うるさいな!俺は追い込み派なんだよ!」
そう言って悠夜は席を立ち、2階へ行こうとした。

「ごちそうさま、ぐらい言ったらどうだ?」
そう言ったのは千空だった。

「ごちそうさま!」
悠夜は嫌々そう言った。



コンコン

悠夜が使っている部屋のドアがノックされたのは夜の7時だった。

ノックしたのは、まな。
まなは悠夜が返事をしないので勝手に入った。

悠夜はまなの顔を見て「なんだよ。」と言った。

「手伝いにきてあげたですよ。」
まなは少し恥ずかしそうに言った。

悠夜は作文を書いていて、文章に困ったのか左手で器用にペンをくるくる回している。

「何が終わったですか?」
「書道。」
「だけですか。」

悠夜は返事をしなかった。「うん。」という意味なのだろう。

まなは作曲をし、美術を手伝った。

「これ、どんな曲だよ。」
「すごく良い曲です。」
「だから、どんなだよ。」

そこで、まながハミングで歌い上げた。

「なんだよ、その曲。眠くなりそう。」

ふわぁと悠夜が欠伸をした。

「失礼ですよ!じゃあ、どんな曲がいいんですか!」
「こう、バーン!みたいなやつ。」
「なんですか、それ。」

悠夜が声を出して歌った。

「…うるさい。」
まなが小さくこぼした。

「何だとー!だいたいそんな曲俺に似合わねぇんだよ。」

まなは少し黙ってから、
「はい、美術しましょうー!」
と言った。
「おい!無視すんな!」

「栢山は塗り方が雑なんですよ。」
「あー?この線がややこしいからだよ!」
「線は栢山が描いたんですよ。」
まなの言葉で悠夜は黙ったが、突然筆を投げた。

「あー!もう、描き直す!」
「そんな時間ないですよ。もう、これはボクがしますから栢山は違うのしてください!」

「…だいたい、まなが手伝うからややこしいんだよ。」
悠夜が堂々と言った。

「なんですかー!」
素早くまなが言い返す。

「嘘だよ。…ありがとうな。」
目をそらして言った悠夜の顔はほんのり赤かった。

「わかればいいです。」

こうして、なんとか悠夜の宿題は片付けられた。



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© 浅海檸檬