第33話





「「「行って来ます。」」」

そうローレンスに声をかけて、6人は始業式の朝、一緒に家を出た。

「夏休みも終わったし、合宿も終わりだね。」

華恋がしみじみと言う。

「明日からは皆がいないなんて寂しいですー。」
「夏休み中ずっといたわけだからな。」

顔を寂しさに曇らせたまなに、千空が言った。
夏休み中、ほぼずっと一緒にいたのだ。
きっと、皆が家に帰った千空の屋敷は寂しくなるに違いない。

「でもさー。オレ達が家に帰ったら夜の見回りどうするんだよ?」

悠夜が言った。
確かに、それは大きな問題だった。

「それは俺も考えてたんだが、夜来れる奴だけでやろうか?」
「僕は行けるよ。」

錬太が最初に名乗りを上げた。
錬太の家は両親が魔法を信じ、理解を示しているため問題は無い。

「オレも行ける。UFOの観察とかでよく夜に出かけてたからな。」
「わたしも、たぶん行けるよ。お父さんとお母さんが寝てから出てくるね。」

錬太に続く2人の返事に、明里紗は頷いた。

「よし、これで全員行けるね。あたしも、当分バイトは休みにするよ。」
「じゃあ、行くときは集合時間と場所を連絡することにする。都合が悪ければ言ってくれ。」

千空の言葉が終わると、まながそわそわと言った。

「ボクは先に行くです!」

そして、校門のほうに向かって走り出す。

「どうしたんだ?いきなり。」

千空の不思議そうな言葉に、華恋が答えた。

「悠夜君とまた噂になるのが嫌だったんだと思う。

けっこうからかわれたって言ってたし。」
「お前、まなのクラスで何したんだ?」

千空が呆れて悠夜に問う。
噂になったというのは、悠夜が仲間になる前、まなに付きまとっていたころだろう。

「何ってただ部活に入れって言ってただけだぞ?」

悠夜の言葉に、千空はさらに首を傾げて華恋に問う。

「それで、どういう風にからかわれるんだ?」

教室で突然告白したわけでもないし、千空にはからかわれる要素が見つけられなかった。

「ほら、悠夜君もまなちゃんも髪が赤いでしょ?それでお揃いだ、とか。」
「ガキだねえ。」

明里紗が呆れたように呟く。
確かに、席が隣だったり消しゴムの貸し借りをしたり、そういう小さなことでからかうのが小学生というものだけれど。
明里紗と同じく、千空も呆れて溜め息をつく。

そのとき、華恋が前を見て小さく声を上げた。

「あ、水穂ちゃんだ。わたし先に行くね。」
「オレも、先行く。」

悠夜も同じく友達を見つけたようで駆けていく。

こうして、千空達は当初の半分人数、3人になった。

「そういえば、今日は部活あるのかい?」

明里紗がふと聞いた。

「あるんじゃないか?文化祭のことで話も…。」
「どうしたんだい?」

急に黙ってしまった千空に明里紗が問う。

「文化祭のことで話があるから、一度学校に行くはずだったんだが…。」
「千空、それって新学期までに報告じゃなかった…?」

錬太の言葉に黙り込むと、千空は唐突に走り出した。
明里紗と錬太も一緒に走りながら問う。

「何で走ってるの?」
「期限は新学期までだ。始業式がはじまる前なら、まだ新学期は始まっていない。」
「…そういうのを、屁理屈って言うんだよ。」

明里紗の言葉も、千空は気にせず走る。

「いいんだ。急ぐぞ。」

3人が高等部の職員室に行くと、聖茄は既に待っていた。

「部活の報告でしょ?早く書かないと締め切るわよ。」

そう言って聖茄が取り出した紙に、明里紗が記入を始める。

「あの…遅くなってすみません。」

錬太が謝ると、聖茄は微笑んで首を横に振った。

「いいわ。黒羽君が言うにはセーフらしいしね。それに、夏休みは大変だったみたいだから。」

チラッと明里紗の左腕に視線をやる聖茄。

「また見ていたのか。」
「もちろん。」

聖茄が返事をするのと同時に明里紗が書き終わり、提出する。
千空は職員室から出ようとして、ふと振り返った。

「見ていたんだったら、俺達の文化祭の発表内容も知っていたんだろう?
書いておいてくれたらよかったのに。」
「一応、部長が書いて提出する決まりだから。」

そう言って、聖茄は腕組みをする。

「はやく行かないと、ホームルームに遅れるわよ?」

そう言って千空達を追い出すと、頭の中で呟いた。

―――どうして教えておいてくれなかったの?エストレア。
私が黎明の天秤を見ている間、貴方がフルヴリアを見ていたでしょう?―――

―――悪かった、エーテ。そんなに重要でもないと思ったんだ。―――

傍観者が聖茄だけと見せかけて実は2人いるのは、黎明の天秤とフルヴリア両方の動向を探るためだ。
絶対に2人で協力して、両方を見張る。そして、報告。

今回のことは月夜が聖茄に報告を忘れていたことが原因だった。

―――次からは、全部報告して。―――

―――わかってる。―――

月夜の言葉を最後に、聖茄は魔法での体内通信を切った。



「あ、神咲さん。」

3人が廊下を歩いていると。明里紗がクラスメートに呼び止められた。
色素の薄い茶色の髪。整った顔にいつも微笑を浮かべている男子生徒、真宮征治だ。

「何か用かい?」
「うん。文化祭の映画のことなんだけど神咲さんが出るところまだ撮ってないから、今日の放課後残ってくれないかな。」

明里紗は怪我を理由に、夏休みの間1度も学校に行っていなかったのだ。

「あぁ、わかったよ。迷惑かけて悪いね。」
「怪我してたんだから仕方ないよ。じゃあ。」

征治が歩いていくと、錬太が明里紗に聞いた。

「あの人も映画に出るんですか?」
「あぁ。あたしの相手役だよ。と、いうわけで今日の部活には少し遅れる。」
「はい。映画、頑張ってください。」

錬太が返事すると、明里紗が上の階に上がっていった。
明里紗が言った後も、千空は黙ったままだった。

「どうしたの?」

錬太が心配そうに聞く。
絶対に明里紗の映画に関係していることだからだ。

「あの明里紗の相手役、真宮征治だ。」
「真宮征治って、昨年のアシュリー学園高等部男子人気ランキング2位だった人?」
「そうだ。」

アシュリー学園高等部男子人気ランキング。
それは毎年、文化祭の日に発表される新聞部主催のアンケートだ。

初等部、中等部、高等部に分かれていて、もちろん女子もある。
男子生徒は一番好きな女子生徒に一票、同じく女子生徒も好きな男子生徒に一票入れる。
人気ランキング以外にも、面白い人ランキング、兄にしたい人ランキングなど、色々な種類がある。

他学年からの票が取りにくく、1位になるのが難しい人気ランキングで千空は毎年1位を取っていた。
そのランキングで去年、2位だったのが真宮征治だ。

「でも、明里紗さんってそういうの気にするタイプじゃないでしょ?」
「まぁ、そうなんだが…。」
「千空は1位だったわけだし、大丈夫だって!」

千空は溜め息をついて、教室に入った。

「それで、大地君とはどうなってるの?」

席について、水穂が言った。
今、水穂の席は華恋の前。水穂が後ろを向いて座っている状況だ。

「そのことなんだけど…。」
「うまくいってないの?」
「うまくいってないわけじゃないんだけど。」

華恋は小さく溜め息をついて話し出す。

「錬太君との会話って大体千空君のことなんだよね。しかも明里紗さん絡みのことで。」
「それが嫌なんだ?」
「別に嫌ってわけじゃないんだけど…。でも、ちょっと嫌かな…。」
「でも、それが錬太君との会話でしょ?きっと千空君のことがなかったら、会話は弾まないと思う。
けど、それが嫌だったら華恋から会話しないと。華恋がしたい話をしたらいいと思うよ。」
「うん、そうだね。ありがとう。」

そこで華恋は少し首を傾げた。

「わたし、さっき『明里紗さん絡み』って言ったと思うんだけど水穂何も言わなかったよね。
明里紗さんのこと知ってるの?」
「うん。神咲先輩でしょ?2年前の人気ランキング女子で1位になった人だもん。知ってるよー。
そういえば、今日の朝一緒に歩いてたよね?黒羽君と大地君も。」

(危なかった…。)

水穂は返事をしながらも、心の中でそう呟いていた。
『イオタ』として神咲明里紗のことを詳しく知っていたため、『水穂』は知らないということを忘れていたのだ。
一方、華恋も少し慌てていた。
さすがに千空の家に泊まっていたことがバレると困るからだ。

「うん、まぁね。たまたま会ったんだ。」
「けっこう親しそうだったよね。どういう知り合い?」
「同じ部活なの。」
「神咲先輩と黒羽君が同じクラブなの?凄いメンバーだね。どういう…。」

「どういうクラブなの?」そう言おうとした水穂の言葉は途中で止まった。
先生が来たからだ。

水穂が前を向いて華恋は安心した。
これ以上部活のことを聞かれたら、うっかり口を滑らせてしまうかもしれない。
魔法の練習をするために合宿をしていた、なんて絶対に言いたくなかった。
変な人だと思われて水穂に避けられてしまうのが怖かった。

水穂も安心していた。
思わぬ自分のミスに動揺していた。少し落ち着く時間が欲しかったのだ。
バレてはいけない。自分が黎明の天秤のメンバーだということは。
もう少し、普通の生活を楽しんでいたいから。

でも、それはそろそろ限界に近付いているのかもしれなかった。
強い敵、フルヴリアと戦いたいという気持ちが抑えきれなくなってきたことを自覚していた。



「どうやら、神咲明里紗の怪我はもう治ってしまったみたいね。璃音ちゃん。」
「そうだな、姉上。フルヴリアの末裔が治したんだろう。」
「フォーマルハウトが水分を蒸発させたなら、自然治癒はしないものね。」

2人は教室で話していたが、誰も近寄る気配は無い。
皆、2人の持つ普通とは違う雰囲気に気付いているのだ。

「もう戦うお仕事がまわってこないと良いのだけど。」

慰音が溜め息をついて言う。

「そんなことを言ってはいけないだろう、姉上。拙者達は黎明の天秤のメンバーだ。」

そう、慰音に注意する璃音も同意する表情を浮かべている。

「わかってるの。でも、もう璃音ちゃんが怪我したりするのは嫌よ。」
「姉上。しかし、拙者達はアウトラリス様に恩がある。」
「そうね。わかってるわ…。でも、慰音はどうしても今の状態が良いとは思えないのよ…。」

慰音はまた溜め息をつき、空を見上げる。
2人の間に、沈黙が落ちた。
2人のアウトラリスに対する恩とは、2人の過去に関係がある。



14年前の5月26日。

慰音と璃音は有名な巫女の家系に産まれた。
その家にはまだ子供はおらず、2人は跡取りとなるはずだった。
しかし、2人の誕生日は歓迎されていなかった。

「双子…。それに、この紫の髪!なんて不吉な…。」

2人を見て、祖母が最初に言ったのはその言葉だった。

慰音と璃音の髪は、自然界ではあり得ない紫色だったのだ。
魔力の強い者にはおこりやすい現象。
それは魔力が強いことの象徴で、誰よりも2人が巫女に相応しい証拠だった。

―――それを理解できる者がいなかったことが、2人の運命を狂わせる。

すぐに親戚を集めての会議が行われ、2人はとりあえず5歳まで育て、様子を見ることに決まった。
しかし、5歳になったある日、璃音は聞いてしまったのだ。

「跡取りは長女の慰音でいい。璃音はどこかに預けてしまいなさい。」

そう、祖母が母に言うのを。
2人が呪われていたとしても、2人揃えておくより引き離したほうがましだろう。
そう祖母は考えたのだった。

璃音は驚き、それを慰音に話した。
相談できるのは慰音だけだった。

「おばあ様がそんなことを言っていたの?大丈夫。慰音と璃音ちゃんは2人で1つ。
璃音ちゃんがこの家から出されたら、慰音も一緒に出て行くわ。」

慰音は笑って、簡単なことのように言った。

それが簡単でないことは、幼い2人にもわかっていた。
しかし、慰音は決心していたのだ。
そしてこのとき、璃音も慰音と共に生きることを決めた。
結局、璃音だけが家を出されることはなかった。

2人が6歳のとき、母の妹に子供ができたのだ。跡取りは、その従姉妹に決まった。
慰音と璃音は遠い親戚の家に引き取られることになったが、それでかまわなかった。
一緒にいられるなら、それでいいと思ったからだ。


しかし、2人を待っていたのは想像以上に過酷な日々だった。
毎日毎日、朝から晩まで雑用にこき使われ、部屋は元々物置だった小さな離れ。
食事は一日に一食あれば良いほうで、大体2日に1食だった。
当然それで足りるはずはなく、2人は餓死寸前。

アウトラリスと会ったのは、そんなときだった。
2人は朝早くから、決められた仕事、庭の掃除をしていた。
すると

「ねぇ、君達は魔力を持っているね。」

突然フードを被った、得たいの知れない人物に声をかけられた。
声は不思議に響き、男性か女性かの区別もつかない。

「魔力…?」

すっかり憔悴していた慰音は弱々しく聞き返した。

「そう、何か不思議な力を持っているよね?実は、その力を使って私の会社で働いてもらいたいんだ。」
「…。」

突然のことに意味が分からず、2人は押し黙った。
しかし、不思議な力というのは心当たりがあった。

「わからないなら今はそれでいい。質問を変えよう。君達は、この家を出たいよね?」
「出たい!」

疲れきって声も出ないはずの璃音は、必死に掠れた声で叫んだ。
唯一フードの端から見える、目の前の相手の口元が優しく微笑む。

「私が何とかしてあげよう。この家を出て、ちゃんとした生活ができるように手配する。
仕事の話は、もう少し大きくなってから考えてくれればいい。」

これが2人の過去。
何をしても返しきれない、恩だった。



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© 睦月雨兎