第35話



「…以上で錬金術についての発表を終わります。」

「これで全員分終わったね。さあ、順番を決めようか。」

最後の錬太の発表練習が終わり、明里紗が全員に声をかけた。

「やっぱり千空君が最初じゃない?全体的な魔法の説明だし。」
「うん。僕もそう思う。」

華恋の意見に錬太が同意する。
千空は全系統の魔術師なので、魔法とはどういうものか、という説明を書いていたのだ。

「賛成ですー。」
「オレも。」

続く悠夜とまなの言葉に、決まった、というように明里紗は笑った。

「あたしも賛成だよ。どうだい?千空。」
「それでいい。」

千空が素っ気無く返事し、その不機嫌な様子に明里紗は戸惑いの表情を浮かべる。
それを見て、千空は心中で苦笑した。

(嫉妬か…。まだ子供だな、俺は。)

自分でわかっていても抑えられない感情。つい表面に出てしまう不機嫌さ。
以前の明里紗ならこういうとき、

『あれ?今日は不機嫌だね、千空。どうしたんだい?』

と笑って千空をからかったはずだ。

しかし、今は困った表情を浮かべるだけ。
千空が不機嫌な理由が、明里紗にはわかっているからだ。
これは、以前の2人の関係との、僅かな変化だった。

「2番はどうする?」

錬太が気をきかせて話を進めた。

「悠夜君の物体操作か、錬太君の錬金術が良いと思うな。皆、聞いたことあるし。」
「オレが先にする!」

悠夜が勢い良く手を挙げた。
錬太が頷くのを見て、華恋が紙に名前を書く。

「1番千空君、2番悠夜君、3番錬太君ね。次は?」
「華恋が良いんじゃないか。」
「え?わたし?」

千空の言葉に華恋は首を傾げる。

「明里紗の魔獣召喚は、魔方陣が関係してくるから、まなの次がいいだろう。
1番最後は部長が締めたほうがいいから、錬太の次は華恋になるな。」
「なるほど。」

華恋は頷いて紙に書いた。

「あたしが最後かい。緊張するね。」
「姐御なら大丈夫です!」

全く緊張する様子の無い明里紗に、まなが笑って請合う。

「じゃあ、この紙を先生に出したら終わりだよね。」

華恋が確認するように言うと、明里紗が立ち上がった。

「あたしが…。」
「俺が行く。」

千空は明里紗の言葉を遮るように言うと、紙を持って部屋を出て行った。

「あ、僕も言ってきます。明里紗さんは戸締りお願いします。」

錬太は慌てて言うと、千空を追う。
部屋には、呆気に取られた4人が残された。



「千空、どうしたの?今日ちょっとおかしいよ?」

前を歩く千空の背中に錬太は声をかけた。
千空は溜め息をついて立ち止まる。

「俺も分かってる。でも、どうすればいいのか分からないんだ。」
「原因は明里紗さんの映画?」
「まあな。」

困惑した様子の千空に、錬太は改めて驚いた。
初めて会ったときから千空は自分の感情をコントロールしていて、同年代の子供よりもずっと大人だった。
自分の感情に戸惑い、困惑する千空を見るようになったのは、明里紗に告白してからだ。
しかし、千空がこんなに精神面で成長しているのは両親の死が原因だというから、少しは高校生らしく悩んでみるのもいいかもしれない。

「まあ、少しはそういうことで悩んでみてもいいんじゃない?」

錬太は気楽に言い、職員室に向かって歩き出す。
千空は再び溜め息をつき、後を追った。




「今日、あいつちょっとおかしくないか?」

千空が出て行った後、悠夜が首を傾げた。

「何かあったですかね?」

まなも首を傾げる。

「気を遣わせてすまないね、華恋ちゃん。」

明里紗が溜め息をついた。

「大丈夫です。色々お世話になったし、次は私が相談にのりますよ?」

華恋が励ますように笑う。

「ありがとう。じゃあ、少し相談しようかな。」

明里紗も笑って返事し、話し始めた。

「千空の嫉妬なんて、小学生のとき以来なんだよ。」
「やっぱり、あれって嫉妬だったんですか。小学生のときっていうのは?」

2人は机に肘をついて話し合う。
話に入れなくなったまなと悠夜は原稿の推敲をはじめた。

「小学校3年ぐらいのときだけどね。あたしが友達と遊んでたら急に拗ねちゃって。」
「友達と遊んでただけで?」
「イギリスにいたときは、ずっと2人だったからね。あたしが自分以外の人と遊ぶことなんて考えたことなかったのさ。」
「2人って…。幼稚園とか、近所の人達とかは?」
「千空の魔力の関係で、他人とは全く関わらない生活をしてたんだよ。」

それまで楽しそうに語っていた明里紗は、寂しそうに笑った。

「あのときは『何拗ねてるんだい?』って言ってからかって、それでおわったんだけどね…。」
「今までと、同じようにしてみたらどうですか?」

華恋は難しいことを考えているように、顔をしかめて言った。

「よくわからないけど…、千空君も明里紗さんが困った顔してると、どうしていいのかわからないと思うし。」
「…うん。そうだね。華恋ちゃん、ありがとう。」

少し表情が明るくなった明里紗に、華恋は肩を落として謝る。

「ごめんなさい。あまり役に立てなくて…。」
「いや、十分だよ。少し気が軽くなった。」

明里紗は笑って言い、まなと悠夜に声をかけた。

「そろそろ、この部屋閉めるよ。」
「はいですー。」
「はーい。」

2人は返事して、原稿を鞄に直す。
そして、四人が部屋をでると、明里紗は鍵を閉めた。



「悪い、遅くなった。」

千空と錬太が戻ってきたのは、出て行った三十分後だった。

「何かあったのかい?」

明里紗が首を傾げる。

「先生が中等部の職員室にいたんです。」
「黎明の天秤の双子と話していたんだろう。」

錬太の言葉に、千空は苦々しげに続けた。

「どうでもいいから、早く帰ろうぜ。」

悠夜が言い、六人は門のほうへと歩き出した。

「そう言えば、文化祭まであと一ヶ月だよね。小学生は劇の練習してるの?」

華恋はふと聞いた。

「してないですー。」
「え?大丈夫なの?」

まなの言葉に華恋は驚きの表情を見せた。

「大丈夫だろう。小学生の劇は先生が手伝うからな。」
「僕たちのときもそうだったよね。」

千空と錬太の言葉に、明里紗と悠夜が頷く。

「そうなんだ。わたしは中学から入ったからなぁ。ねぇ、千空君と錬太君は何の劇をしたの?」
「白雪姫だよ。千空は姫役。僕は木。」
「え?!千空君が姫!?」

錬太の言葉に華恋は驚いた。
錬太の役が木だというところにも、だが…千空の役に。
千空は触れてほしくない話題なのか、うつむいて反応しない。

「あの時の千空は本当に可愛かったよ。ドレスが絶妙に似合ってたね。」

明里紗が満足気に頷く。

「どういう経緯でそういうことになったの?」

華恋が興味津々で首を傾げる。

「本当はクラスの女の子がやることになってたんだけど…ちょっと揉めちゃってね。」

錬太はそう言うと、華恋のために話し始めた。
勿論、華恋のためと言っても、まなや悠夜も興味津々で聞いている。

「先生が凄く頑張って衣装を早く完成させたんだ。…役が決まったばっかりのときに。
それで、クラスの男子がふざけてお姫様役の子より先に千空に着せちゃったんだ。」
「それで?」

華恋が先を促す。
千空は聞きたくない、というように顔を背けた。

「そのとき千空はちょっと髪が長くて…その…。」
「早く言うです!」

痺れを切らしたまなが錬太をゆする。
錬太は千空のほうに軽く謝るように頭を下げると、話した。

「物凄くドレスが似合ってたんだ。千空を笑いものにしようとして着せた男子が黙りこむぐらい。
それを見たお姫様役の子がすっかり自信喪失しちゃって…。」
「しちゃって?」

明里紗が聞く。
明里紗は千空がお姫様をやったことは知っていたが、その経緯までは知らなかったのだ。

「『黒羽君より似合う人がいるわけない!』って言って泣き出しちゃって。
自分はもう出ないから代わりに千空が出ろって言って、先生が説得しても聞かなくて。」
「あぁ……。」

華恋が気の毒そうな顔をする。
その女の子も十分に気の毒なのだが、誰よりもドレスが似合うと言われてしまった千空も気の毒だった。

「その女の子、実は王子様役の子が好きで凄く劇を楽しみにしてたんだけど…。
たぶん、その王子様役の子が『凄く似合うよ』って千空を褒めたのが致命傷だったんだと…。」
「うわ………。」

悠夜も顔をしかめる。
人の気持ちに鈍感な悠夜だが、さすがにこれは可哀想だと思ったらしい。

「劇が終わった後も大変だったんだ。」

錬太の言葉に、皆が食いつく。
まさか、まだその女の子が辛い目に遭っていたら可哀想すぎる。

「その女子じゃなくて、俺がな。」

それまで黙っていた千空が口を開いた。
それ以上は言いたくない、という様子の千空の変わりに錬太が喋る。

「ほら…千空って綺麗な顔してるし…中世的な顔立ちだから…。
しばらくの間千空は女の子なんじゃないかっていう噂が…。」

一瞬の間をあけて、明里紗をはじめとする4人が爆笑した。
千空は、もう諦めた顔でその様子を眺めている。

やっと落ち着いたところで、華恋は目尻の涙を拭いながら手を振った。

「千空君達の家はこっちでしょ?わたしと錬太君はもっと向こうの方だから。」
「あぁ、そうか。今日から家に戻るんだったな。」
「忘れてたのかい?千空。」

明里紗が、呆れたように千空に言った。

「ボクも忘れてたですー。」

まながいい、寂しそうな顔をする。

「今日の晩、夜の見回りで会えるよ。」

錬太が慌てて慰めた。

「そうですね!じゃあ、また明日ですー!」

まなはすぐに元気になって手を振った。横で悠夜が小さく呟く。

「単純だな。」
「うるさいです、栢山!しかも、何でこっちの道に来るですか!」
「オレの家は隣だろ!」

まなと悠夜が言い合いを始める。
それを横目に、千空達も手を振って別れた。

「やっぱり寂しくなるねぇ。」

明里紗が呟いた。

「ローレンスも皆が帰るの忘れてるんじゃないか?」

明里紗にからかわれたのが悔しかったのか、千空は言った。

「まさか。」

明里紗は笑って返事する。
と、そこで家の前についた。

「明日の朝来るからな!先に行くなよ!」

悠夜はそう言って家に入っていった。

「来るなー!」

まなは閉まった扉に向かって怒鳴る。

「「ただいま。」」

千空と明里紗は、まなをおいて先に家に入る。

家に入った千空は、すぐにリビングにローレンスを探しに行った。
明里紗はそれを呆れたように眺め、手を洗いに行く。

‘紅茶を買いに行ってきます。’

千空が見つけたのは、そう書かれたメモだった。



ランキング参加中。
よければクリックしてください⇒ ☆Novel Site Ranking☆


© 睦月雨兎