第36話




「でも、やっぱり寂しいなぁ。」
千空達と別れた後に華恋が錬太にそう言った。

合宿は夏休みが終わると同時に終わった。
新しいスタートにドキドキする反面、今までの生活リズムが体にしみついていて、もう遠い昔のような思い出のようで、どこか寂しい。

「だから今晩会えるって。」
「今晩までって長いよ?それに、同じ屋根の下に居れないってやっぱり寂しい。」

錬太は少し返答に困ってから言った。
「じゃあ、家来る?大したことないけど…。」
何か華恋を安心させられないかと考えた案だった。

「行く!!!」
華恋は笑顔でそう言った。
錬太はホッと安心した。

「じゃあそのまま来る?」
華恋は横に首を振った。
「ううん。着替えてから行く。」
「そっか。じゃあまた後で。」



「行く。」と言ったものの、華恋はそわそわしていた。

(何着て行こう?何持って行こう?錬太君のお母さん、怖いかな?)

初めて彼氏のお家にお邪魔するからだ。

そして、華恋の脳裏に昼ドラマに良く出てくる悪い姑が浮かんだ。

(ないない!錬太君のお母さんに限ってそれはない!)

そう思って華恋は顔を横に思い切って振り、悪い姑のイメージを消した。
そして、お気に入りのワンピースを着て、家にあったロールケーキを持って出かけた。



(緊張してきたー…。)

錬太の家の前で華恋は深呼吸した。そしてインターホンを押す。

ピンポーン
『はい。どなたですか?』
女の人の声だった。

「あっ!あの!錬太君の隣のクラスの佐藤華恋です。」
『あ、はい。ちょっと待ってね。』

インターホンは切れたが、家から大きな声が聞こえた。
「錬太―!佐藤華恋って女の子が来てるわよー!」
その後短く返事する声が聞こえ、玄関から外へ錬太が出てきた。
「ごめん、華恋ちゃん。迎えに行こうと思ってたんだけど。」
錬太がそういい終えると玄関のドアが開いた。
「中、入らないの?」
先程のインターホンの声の持ち主だった。

「入るよ。あ、この人、僕の母さん。」
錬太が簡単に華恋に紹介した。
錬太が”母さん”と言ったのが何故か華恋にとって新鮮だった。

「この人って何よ、錬太。こんにちは華恋ちゃん。どうぞ中に入って。」
錬太の母は笑顔で華恋を迎え入れた。

「あの。これ、家にあったものなんですが…。」
そう言って華恋はロールケーキを手渡す。
「まあ、ありがとう。後でお茶持って行くからね。」
「僕がするよ。」
「錬太は華恋ちゃんを部屋に連れて行ってやりなさい。」
「彼女なんでしょ。」と、耳打ちしたのがまる聞こえだ。

「わかったよ。じゃあ、来て。」
「来て。」と言われ、華恋は「お邪魔します。」と言って中に入っていった。



錬太の部屋は階段を上がってすぐ左だった。
部屋は綺麗に片付いていた。

「綺麗だね。」
華恋が素直にそう言うと、錬太は少し照れくさそうに、
「今さっき片付けたんだけどね。」
と言った。

「そこらへん適当に座って。」
錬太がそう言い、華恋が座るとドアのノックの音がした。
「入るよ?」
「はーい。」

ドアのノブを開ける音がして、錬太の母が現れた。改めて見ると若く、可愛らしくみえた。 「華恋ちゃんが持ってきてくれたロールケーキと紅茶。これだけしかなくてごめんね?錬太ったら、今日いきなり言うんだから。」
「それは、わたしが急に言っちゃって…。」
「あら、そうだったの?」
「僕が『来る?』って言ったんだよ。」
「あ、やっぱり。」
「『やっぱり』って何だよ!母さん。」
母親と錬太が言い合うのが微笑ましくて、華恋は思わずくすっと笑った。
華恋が笑うと母親と錬太の言い合いが止まり、2人同時に華恋を見た。
「あ、ごめんなさい。」
華恋がぺこっとお辞儀して謝った。

「いいのよ。錬太が悪いんだから。」
「何言ってるの、母さん。」
「ところで、華恋ちゃん。どんな力を持っているの?」
「流さないでよ。」

「人や物の気配を読みます。調子の良いときは相手が考えていることもわかります。」
華恋は淡々と言った。
「すごいわねぇ。錬太はね、私の父から錬金術を教わったの。実質、血を受け継いでることだからなんだけどね。」
「おじいさんだったんだね。」
「うん。」
錬太は自分の話だからか、少し照れくさそうだ。

「正直、父が危険な目に遭ったときも、娘として心配で不安だったの。それが今度は自分の息子となると、もう心配で心配で。近所で変な目で見られないかとか、ちゃんと自分に任されたことできるのかとか。でもね、やっぱり自分の息子だから信じてあげようと思って。」
「そうだったんですか。」
「うん。華恋ちゃんのところは?」
「え?」
「華恋ちゃんの親御さんはどう思ってるの?」
「親には…言ってないです。」
華恋は目を合わせず、そう言った。

「あら、そうなの?まあ家によって違うわよね。あ、長居しちゃったわね。お邪魔しました〜。ごゆっくり。」
錬太の母は少し早口でそう言い、部屋から出て行った。
「ごめんね、何か変なことになっちゃって。」
とりあえず、この部屋の空気を換えようとでも言うように、錬太は華恋に声をかけた。
「ううん。いいの。」
華恋は首を横に振って、にっこり笑った。
「華恋ちゃんはその能力、誰からの?」
「分からない。たぶん、遠い親戚だと思う。」
「そっか。」
暫く沈黙があった。

「わたしは親に心配させたくないのよ。」
「うん。いいと思うよ。だって僕なんか隠そうと思っても隠せないんだから。」
そう言って錬太がにかっと笑うと、華恋は本当の笑顔を見せた。「そうだよね。」というように。



「あれ?千空、ローレンスは?」
明里紗がリビングに行くと、千空は1人だった。
「これ。」
千空が「これ。」と言って見せたのは1枚のメモ。”紅茶を買いに行ってきます”と書いてある。

「ちゃんと、あたし達しか帰って来ないってわかってるような雰囲気だね。」
「まだ決まったわけじゃないだろう?」
すかさず千空が反論した。

「ただいまですー。」
まながリビングに入って来た。
「あれ、ローレンス様は?」
そう聞かれて千空が1枚のメモを見せる。
「紅茶を買いに行って来ます。」
ゆっくりとまなが声に出して読んだ。

その時、電話が鳴った。
真っ先にまなが受話器を取りに行く。
「はい、もしもしー。」
「オレだよ。オレ。」
声で悠夜だとまなが気付いたが、まなは誰だかわからないように装う。
「誰だかわからないですー。」
「だからオレだってば!」
悠夜も名乗るのが嫌なのか、意地を張って名乗らない。

「わからないですねー。」
「だーかーらー!オレ!分かってんだろ!?」
「ボクはわからないですー。」
「もういい!明日、絶対に先に行くなよ!」
「何のことですかー?」
「今日の夜、永遠に言ってやる!」
そこで悠夜が電話を切ったにも関わらず、まなは叫んだ。
「勝手に切るなー!オレオレ詐欺―!」

「切った後なら聞こえないよ、まなちゃん。」
明里紗が冷静にそう言った。
「隣だから聞こえるはずです!」
「電話の意味ないじゃないか。」
そう言ったのは千空だった。



カランカラン

ローレンスがOASISのドアを開けるとベルが鳴った。

「こんにちは。お久しぶりですね。」
和輝は笑顔でローレンスを迎える。
「そうですね。ここ最近来てなかったものですから。」
そう言ってローレンスはいつもの席に座り、いつも通り和輝は紅茶の茶葉とコーヒー豆が入った袋を用意する。

「何かあったんですか?」
和輝は何気なくローレンスに聞いた。
だが、ローレンスは返答に困ったように黙っていた。

「まあ、言えないなら言わなくて良いですよ。」
和輝はにっこり微笑んでそう言った。
「すいません。」
「いえいえ。」
そして和輝はティーカップと紙袋をローレンスの前に置いた。
「紅茶とコーヒー、無くなったのですか?」
「はい。コーヒーはまだ少しあるのですが、紅茶は無くなりました。」
「随分長い間お見えにならなかったですから、そうでしょうね。」

それから長い間沈黙があったが、ローレンスが呟くように言った。
「何故かここにいるとほっとするというより、ここにずっといたいと思うのです。落ち着くとかそんなものではなくて、ただ紅茶を飲みたいわけではなくて、何というか…。」

少し間があって、和輝は言った。
「ありがとうございます。ローレンスさんにそう言ってもらえて嬉しいですよ。」
そして和輝は微笑んだ。

(そういう意味では無いんですが…。)

ローレンスはそう思ったが、またいつか言葉が見つかれば伝えようと思った。
「そういえば、私の主人の学校で文化祭をお話しましたよね?」
「はい。」
「友人招待券があるので、一緒に行きませんか?」
「いいですよ。」
あっさりと言われたので、ローレンスは少し驚いた。
「都合とか大丈夫なんですか?」
「基本的に昼は暇なので。」
「そうなんですか。」
「はい。」
「じゃあ文化祭までにまた1度、必ず来ます。」
「はい。お待ちしております。」
「では、そろそろ失礼します。」
ローレンスはそう言って立ち上がった。
「また文化祭までに。」
和輝はそう言った。

いつもローレンスがOASISを出るとき、
”ここに来て良かった”
”もう少しここにいたい”
と、言葉にはしないが感じるのだった。



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© 浅海檸檬