第37話



「おかえり、ローレンス。」

ローレンスが玄関に入ると、千空が待ち受けていたかのように言った。

「はい、ただいま帰りました。主人、何かあったのですか?」

ローレンスは返事した後、首を傾げる。

「ローレンスは、錬太君達3人が今日から自分の家に帰るって覚えてたよね?」

明里紗はニヤニヤ笑いながら言った。

「はい。それが何か?」

ローレンスの言葉に、千空はがっくりと肩を落とす。

「ほらね。」

明里紗は満足したように頷いた。

「何かあったのですか?」
「千空は皆が帰ること忘れてたんだよ。それで、ローレンスも忘れてるんじゃないか、とか言って…。」

明里紗が笑いながらローレンスに説明する。

「大丈夫です、千空。ボクも忘れてたですから。」

まなは、千空の肩を軽くたたいて慰めた。



「さっちゃん!錬ちゃん!久しぶりですー!」

夜11時、見回りの時間だ。
まなは、勢い良く叫びながら華恋に抱きつく。
当然悠夜もその場にいたが、綺麗に無視された。
「久しぶり、って昼別れたばっかりだろ!」

1人、無視された悠夜が言う。

「聞こえないですー。」
「返事してる時点で聞こえてるだろうが!」
「全然聞こえないですー。今日は風が強いですねー。」
「風なんか吹いてない!」

口喧嘩をする2人はひとまず放っておいて、千空達5人は会話していた。

「明日は学校だし、早めに終わらせたほうがいいね。」
「そうですね。」

明里紗の意見に華恋が同意し、全員が頷く。

「今日は厄介な相手が出てこないと良いのですが…。」

ローレンスが暗い空を見上げて呟いた。


2人の喧嘩は、まだ続いていた。

「だいたい何ですか、その格好!どう見ても私服です!」
「ちゃんとローレンスに魔法で強化してもらってるんだよ!お前だってどう見ても制服だろ!」
「栢山のくせにローレンス様を呼び捨てなんて許せないです!」
「オレの勝手だろ!」

2人の喧嘩の内容は、戦闘服。
悠夜は動きやすいお気に入りの私服をローレンスに魔法で強化してもらって使うことになったのだ。
どんどん違う話題に発展していきそうな喧嘩を、千空が止めた。

「そろそろ行くぞ。12時までに帰れなくなる。」

渋々口を閉じる2人を見た後、千空は華恋に声をかけた。

「華恋、魔物はどれぐらいいるんだ?」
「それが、おかしいの。」

華恋は首を傾げる。
「この辺りだけじゃなくて、もっと向こうの方にも1匹もいないの。私の探れる範囲ギリギリまで探ったんだけど…。」
「黎明の天秤が魔物を放ってないってこと?」

錬太も首を傾げる。

「もういないんじゃないのか?オレが大量に倒したし。」
「まさか。あれで全部なわけないだろう?調子にのるんじゃないよ。」

自慢げに言った悠夜の頬を、明里紗が軽く抓った。
まなは、それを笑って見ている。
悠夜は拗ねたように口を尖らせながらも、目は笑っていた。
「とりあえず、移動しよう。華恋、探りながら歩いてくれ。」
「うん。」

千空の言葉に華恋が頷き、7人は歩き始めた。

「そういえば、どうして悠夜の髪は赤なんだい?それ、染めてないだろう?」

悠夜の頬から手を放した明里紗が問う。

「染めてない。なんか、ちょっと外国人の血が入ってるんだってさ。」
「ちょっとってハーフじゃないのかい?」
「たしか、両親は日本人だった。」
「たしかってどういうことですか?」

まなが口をはさんだ。気になったのだろう。
悠夜の言葉に、全員が疑問を感じていた。
悠夜は少しの間黙っていたが、やがて口を開いた。

「オレの今の両親は本物じゃないから。6歳のとき、預けられたんだよ。
本当の両親の顔はハッキリ覚えてないけど、確か日本人だった。」

言い終えて黙った悠夜の顔からは、いつもの生意気で明るい表情は消えていた。

触れてはいけない過去だったのだろう。
全員黙ったまま、誰も口を開かなかった。
皆、悠夜は明るくて生意気で幼い、ただの小学生だと思っていたのだ。

「ねぇ、ちょっといい?」

おずおずと口を開き、沈黙を破ったのは華恋だった。

「どうした?」

魔物が見つかったのか、と千空はすぐに問う。

「魔物じゃないんだけど、何か知ってる気配がする。もしかしたら、あの双子…。」
「双澄慰音と双澄璃音か?」
「うん、たぶん。」

華恋は自身が無さそうに頷く。

「偶然この辺りに家があるって可能性もあるよね?」

錬太が言った。

「そうですね。こちらは戦いたいわけではありませんし、会わない方が良いと思います。」

ローレンスも言う。
千空達は黎明の天秤と戦いたいと思っているわけではなく、一般人に被害が及ばないように見回りをしているだけだ。
相手の思惑通り戦う必要は無く、戦いを避けても良かった。

「そうだな。今日は魔物はいないようだし、帰ろう。無駄な戦いをする必要は無い。」
「もうすぐ12時だしね。」

千空と明里紗も同意した。

「じゃあ帰るですー。」
「華恋、双子との距離はどれくらいだ?」

千空の言葉で気配を探り、華恋は青ざめた。

「どうしたの?華恋ちゃん。」

錬太が首を傾げる。

「10メートル。」
「え?」

華恋の呟きに、錬太はさらに首を傾げる。

「あと5メートル!」

華恋が叫ぶ、と同時に背後から声。

「何か用か?フルヴリアの末裔。」

慰音と璃音が後ろに立っていた。

「いや、用は無い。そっちこそ、俺達を探してたんじゃないのか?」

訝しげに千空が問う。

「慰音は人の気配なんかわからないわ。どうやって貴方達を探すっていうの?」

反対に、慰音が千空に問う。
確かに、前のフォーマルハウトのときな魔物の気配を追って千空達が行ったのだ。
この2人には、千空達を探し出す方法は無かった。

「拙者達は家に帰ろうとしていただけだ。」

璃音は言った。
しかし、千空は身構える。
戦闘目的で千空達を探していたわけではないとしても、せっかく会ったのだから、と戦いを仕掛けてくるかもしれない。
警戒した様子の千空を見て、慰音は皮肉に笑った。

「慰音だって、好きで戦ってるわけじゃないわ。」
「姉上!」

慰音の呟きを掻き消すように璃音が叫ぶ。
千空は構えを解いて話しかけた。

「そっちも色々と大変なようだな?」

何か根拠があって言ったわけではない。
ただ、今の慰音と璃音の会話は、2人の間でたびたび出されている話題、という感じだった。
2人は最近、今のような会話をよくかわしているのではないか、そう思えるほどの璃音の遮りの速さ。

「お前等みたいに暇じゃないんだ。」

璃音が言い、2人は千空の横を通って歩いていく。

「前から聞きたいと思ってたんだけど、どうしてあんた達はトレゾールを壊そうとするんだい?」

明里紗が2人の背中に向かって問いかける。
慰音が振り返った。

「じゃあ逆に聞くわ。どうして貴方達は、こんな守る価値もない世界を守ろうとするの?」

慰音はいつもの柔らかい口調で言ったが、顔は真剣だった。
千空が答える。

「お前達の作ろうとしている世界は、力だけが正義の世界だ。俺はそれを認めない。
そんな世界はおかしい。そう断言できるからだ。」
「今の世界も似たようなものだと思わない?権力、富、名声。そんなくだらない物を持った者が統べる世界。
貴方達が大切に守っている物を壊したとして、世界はどう変わるの?」

千空をまっすぐ見つめる慰音の瞳には、絶望の色が見えた。
その慰音の瞳を真っ向から見つめ返し、千空は返答する。

「それなら、今の世界をいい方向に変えていけばいいだろう。平等な世界に。
お前達のように世界を尚更壊すような真似をしても、何の解決にもならない。」
「世界を変える!そんなことができると思っているの?」

慰音は嘲笑する。千空を挑発するように。
千空は挑発には乗らず、宣言した。

「できるさ。そのために俺達の力はある。」
「綺麗事ね。…素敵な、夢だわ。」

慰音は寂し気に言うと、璃音の腕を引いた。

「璃音ちゃん、行きましょう。無駄な時間を使ってしまったわ。」

璃音は何か言いたそうに慰音を見たが、そのまま何も言わずに歩き出す。
やがて、2人の姿は見えなくなった。

「戦いにならなくて良かったね。」

安堵の息を吐いて錬太が言う。

「ごめんね。もっと注意して気配を探るべきだった。」

華恋が肩を落とした。

「いや、結果的にはあの2人に会えて良かった。」
「どうして?」

千空の言葉に錬太が問う。

「あの2人は好きで戦ってるわけじゃないらしい。
黎明の天秤に入っている理由はわからないが、あの2人を俺達の仲間にできるかもしれない。」
「仲間にするですか?」
「あの2人の魔力は大きい。仲間にできれば、かなりの戦力になるだろう。」
「でも、あっちがスパイになる可能性もあるんじゃないかい?」

明里紗は危険性を指摘した。
慰音と璃音が千空達の仲間になるふりをして、黎明の天秤からのスパイになるかもしれない。

「その点は、あっちを信用するしかないな。」

千空の言葉に、全員が沈黙した。真剣に考えているのだ。

「その件は次の機会に話し合うことにして、今日は帰った方が良いのではありませんか?」

ローレンスが言った。

「そうだな。」

千空が頷き、周囲に人がいないことを確認する。

「まな、魔方陣を描いてくれるか。」
「はいですー。」

まなが頷き、一瞬で魔方陣を描く。

「ロトンド・アツィオーネ・ロンターナ!」

千空が呪文を唱えると、7人は千空の屋敷の前についた。

「華恋ちゃん、もう遅いし家まで送っていくよ。」
「うん。ありがとう。」

華恋と錬太が手を振って帰って行く。
それを見送った千空達が家に入ろうとすると、悠夜も家の方に歩いて行った。

「さよならです。」

両親のことに触れたときから、一言も発していない悠夜にまなは声をかける。

まなに背中を向けたままの悠夜からの返事は、無かった。



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© 睦月雨兎