第39話




「じゃあ、今日の部活は先生にリハーサルを見せるってことでいいかい?」
「はいですー。」

明里紗の確認に、まなが真っ先に同意する。
続いて皆が頷くのを見て、千空は席を立った。

「俺が呼んでくるから、ちょっと待っててくれ。」
「あたしも行こうか?」
「いい。別に2人で行くほどのことじゃないし、部長がいないと駄目だろう。」

千空はそう言って、部屋を出て行った。



「先生!」

息を切らした千空が聖茄を見つけたのは大学の方だった。

「どうしたの?黒羽君。そんなに慌てて。」

聖茄の問いに千空はいつも通りの口調で返事しようとしたが、横に月夜がいるのを見て敬語で話す。

「今日の部活は、先生に発表のリハーサルを見てもらうということになりました。来てくれますか?」
「そう。じゃあ、すぐ行くわ。」

聖茄はそう言うと、微笑んで月夜に手を振る。

「じゃあね、七瀬君。ちゃんと手伝いなさいよ。」
「はい、先生。気が向いたら手伝いますよ。」

月夜も手を振ると、歩いて行った。

「どうしたの?」

月夜の方を見ていた千空に聖茄が問う。

「いや、このごろよく一緒にいるなと思って。」

言わなくても月夜のことだとわかったのだろう。聖茄は笑って答えた。

「お気に入りなの。格好良いでしょ?」
「先生が贔屓は駄目なんじゃないか?」
「いいじゃない。どうせ本業じゃないんだし。黒羽君も贔屓してあげましょうか?」
「遠慮しておく。」

溜め息をついた千空を楽しそうに見て、聖茄は歩き出した。
そして、心の中で呟く。

(このぐらいで誤魔化されるなんて、まだまだ子供ね。)





「遅かったね、千空。何かあったのかい?」

千空が部屋に戻ると、明里紗が真っ先に問いかけた。
千空は隣に立つ聖茄をちらっと見て答える。

「大学まで探しに行ってたんだ。」
「仕方ないでしょ?私は大学の先生でもあるんだから。」

非難する調子の千空の言葉を、聖茄は笑って受け流した。

「あの『お気に入り』に会いに行ってたんじゃないのか?」

千空の嫌味には答えず、聖茄はにっこりと笑ってみせる。

「用があったんじゃないの?早くしないと帰っちゃうわよ?私にも仕事があるんだから。」

聖茄の言葉に千空は舌打ちすると、自分の原稿を鞄から取り出した。

「これから魔法現象研究部の発表を始める。」

(黎明の天秤にも、もっと情報を流すべきよね。)

千空の発表原稿を聞きながら、聖茄は考えていた。
聞いていないわけではない。聖茄は2つのことを同時にするのが得意だ。

―――どう思う?エストレア。―――
―――何のことだ?―――

唐突な問いに、月夜は戸惑いながら返事した。

―――私、フルヴリアに協力しすぎよね?―――
―――そうだな。黎明の天秤に情報を与えたことはないんじゃないか?―――

月夜の答えに、聖茄は溜め息をつく。

―――そうなの。あの、アウトラリスっていうのが苦手なのよね。―――
―――どうして?―――
―――黒羽君達みたいに可愛くないじゃない。何でもわかってるような顔して。―――
―――まあ、あっちのほうが年上だからな。―――
―――何歳なの?―――
―――まだ調べ終わってない。俺だって万能じゃないんだ。―――
―――そう。じゃあ調べておいてね。―――
―――………わかった。―――

「うん。良かったんじゃない?」

一方的に用事を押し付けて通信を切った聖茄は、千空達に声をかけた。

「このままでいいと思いますか?」

錬太が聞いた。

「うん。順番も良かったわ。もう本番まで練習しなくても良いと思うわよ。
発表時間は30分ぐらいね。舞台の使用許可は私が取っておくわ。」

聖茄はそう言うと、部屋を出て行った。

「じゃあ、これからどうするの?」

華恋が言った。
練習をしなくても良い。ということは、文化祭まですることがない。

「魔法の練習するですー!」

まなが勢い良く手を挙げて言った。

「そうだな。」

千空が同意する。

「優先タイムにも練習するのか?」

悠夜の問いに千空が頷く。

「だったら、練習ができるような場所が必要なんじゃないのかい?」

明里紗が言った。
確かに、この部室は魔法の練習をするには狭い。
防音もしていない。千空の家とは条件が違いすぎた。

「もう少し広い部室を貰えるように頼んでみよう。防音や強化は魔法で補う。」

千空が言うと、明里紗が立ち上がった。

「じゃあ次は、あたしが先生のところに行ってくるよ。」
「行ってらっしゃいですー。」

まなの声に送られて、明里紗は部屋を出た。



「あ、神咲さん。」

高等部の廊下で、明里紗は征治に声をかけられた。

「真宮君?どうしたんだい?」
「映画の話なんだけど、ちょっといい?」
「いいよ。」

明里紗は頷き、歩きながら話始める。

「うちのクラスの映画、このままだと終わりそうにないんだよ。」
「そうだろうね。」

明里紗は頷く。
夏休みにあまり進んでいなかったため、半分も終わっていないのだ。

「それで、部活の優先タイムもちょっと使いたいって話になったんだけど…。
神咲さんの部活、まだ準備終わらない?」

明里紗は黙って考え込んだ。

準備は終わっているが、魔法の練習も必要だ。文化祭の映画に時間を使いたくない。
しかし、夏休みに撮影が進まなかったのは明里紗のせいだった。

「千空に聞いてみるよ。」

明里紗はとりあえず、そう返事した。

「幼馴染みの?」
「そうだよ。千空は部活の副部長だからね。」

笑顔で話す明里紗の様子を、征治はちらっと見た。

「ふーん。仲良いんだね。」
「まあ、5歳のときからずっと一緒にいるからね。」

そこで2人は少しの間沈黙した。
やがて、口を開いた征治が言ったのは全く違うことだった。

「一昨年の人気ランキング、誰に入れた?」
「中学3年生のときの?」
「そう。」

唐突な征治の問いに、明里紗は戸惑いながらも答えた。

「一昨年は誰も入れようと思う人がいなかったから、千空に入れたよ。」

人気ランキングは、どういう人に票をいれるか、という基準が決まっていない。
自分の恋人に票をいれる人もいるし、恋人がいても別の人に入れる人もいる。
そのため、最終的には誰が一番格好良いかという、アイドル的な競争になっていくのだ。
明里紗は好きな人もいなかったし、自分に票をいれてくれ、と頼みにくる人もいなかったので、千空にいれたのだった。

「覚えてる?僕、中学のときは黒羽君に負けて、二年も三年も二位だったんだ。」
「あぁ、そういえばそうだったね。」

明里紗は曖昧に返事をした。
千空が毎年一位をとっていることはしっていた。
しかし、二位が誰だったのかは覚えていなかったのだ。

「今年は誰に入れるか決まってる?」
「いや、まだだよ。」
「じゃあ、俺に入れてくれないかな。」
「え?」

思わず明里紗は聞き返してしまった。
征治が、唐突に真剣な調子で言ったからだ。

「今年も、また二位っていうのは悔しいからね。」

征治は笑っていった。

「考えとくよ。」

征治が笑ったことに安心して、明里紗も笑って返事した。

「あ、ごめん。長い間ひきとめちゃって。何か用事あった?」
「そうだ!珠州耶麻先生!」

征治の言葉に用事を思い出した明里紗は慌てて走り出した。



「珠州耶麻先生いますか?」

明里紗は、そう声をかけて職員室に入った。

「遅かったのね、神咲さん。」

聖茄は待っていた、というように椅子から立ち上がった。

「真宮君と話していたので。」

さすがになれてきたのか、なぜ自分が来ることを知っていたのか、という驚きは無い。
聖茄は少し期待はずれな顔をして話し出した。

「部室の件でしょ。初等部の体育館が週に三回空いてるわ。
他に空いてるところはないから、他の日はミーティングか学級の手伝いをしてね。」

話し終えて、少しの間をあけてから、一言つけくわえる。

「神咲さんも、その方が都合が良いでしょ?」

明里紗は聖茄がいっているのは映画のことだと気づいたが、返事をせずに職員室をでた。
会話まで全て聞かれているということに、腹が立った。

「失礼しました。」

  バタンッ!!

怒った様子の明里紗を見て、聖茄はクスッっと笑った。



「遅かったな、明里紗。どうだった?」

部室に戻ると、千空が明里紗に声をかけた。

「初等部の体育館が週に三回あいてるってさ。」

明里紗は答えて、乱暴に椅子に座る。

「どうしたんだ?」

千空が眉をひそめた。明里紗が大分イライラしているようだったからだ。

「あたしはやっぱり傍観者とは相性が悪いみたいだね。」

明里紗の言葉は答えになっていなかったが、千空はだいたいのことを察した。
聖茄と何かがあったのだろう。
そう想像して、千空は追求を止めた。

「傍観者って珠州耶麻先生のことだよな?」

不意に悠夜が問う。

「そうだよ。」
「そっか。悠夜君は傍観者としての先生に会ったことがないんだよね。」

錬太の言葉に続けて華恋が言った。

「あの先生も魔法が使えるって、初めて聞いたときは驚いたぜ。」

悠夜がしみじみという。

「ほら!今日はもう部活は終わり!帰るよ!」

聖茄の話はもう聞きたくない、というように明里紗は立ち上がった。
部屋を出て行った明里紗の後を苦笑した千空が追う。

「姐御待つですー!」
「何怒ってるんだよ!」

まなと悠夜も後を追い、錬太と華恋が鍵をしめた。

映画のことを相談していない。
そう気づいたのは、その日の夜だった。




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© 睦月雨兎