第41話



「おはよう、華恋。ねぇ、ランキングの投票って来週の月曜までだよね?華恋はどうするの?」

文化祭まで残り10日となった日の朝。
水穂が華恋に会って最初に言ったのは挨拶ではなく、この言葉だった。

「おはよう、水穂。どうするって何が?」
「人気ランキングは黒羽君と大地君、どっちに入れるかってこと。
やっぱ彼氏に入れる?でも、格好良いのは黒羽君だよねー?」
「うーん。どうしようかなぁ…。」

そう呟きながらも真剣に考えている様子ではない華恋に、水穂は問う。

「どうしたの?何か疲れてる?」
「うん。ちょっと部活が厳しくて…。」

週3日は体育館で練習、と決めた日から随分たった。
体育館が使える日は練習でヘトヘトになった後、家に帰り数時間後の夜の見回りで疲れきって寝る。
体育館が使えない日は、戦い方の反省や魔法の理論の勉強でヘトヘトになった後で夜の見回り。
という、精神的にも肉体的にも辛い日常を過ごしていた。

(明里紗さんと千空君は凄いなぁ。全然平気なんだもん。)

千空と明里紗は日頃から体力をつけていたので、平気な様子だった。
少し前までは一般人だった錬太と華恋、そしてまだ小学生のまなは疲れが限界に達していた。

(そういえば、悠夜君も大丈夫だったような…。)

平気、というわけではないが、限界、というところまでは疲れていなかった悠夜。
華恋がぼんやり考え込んでいると、水穂が心配そうに顔を覗き込んだ。

「華恋、大丈夫?保健室で休んだほうがいいんじゃない?」
「いや、でも…。」
「朝の礼拝のときも寝そうになってたでしょ。あたし見てたよ。
ノートは後で貸してあげるから保健室行ってきなさい!」

華恋の顔色は相当悪いらしく、水穂は断固とした口調で、最後には命令する。

「うん。じゃあ、行ってくる。」

華恋は頷くと、保健室の方にフラフラ歩いて行った。



「栢山は何でそんなに元気なんですかー?」

まなは、ぐったりと床に寝転びながら言った。

「別にー。」

悠夜は疲れた様子を見せながらも、しっかりと立ったまま返事する。
2人がいるのは初等部の屋上。2人が一緒に居るのに特に理由はなかった。

まなは疲れていた。友達と話す気力も無くなる程に。
そこで何となく屋上に来てみると、悠夜が居た、というわけだ。

「別にって何ですかー。答えになってないですー。」

疲労のため、いつものような喧嘩腰ではないが、とりあえずまなは文句を言う。
悠夜は溜め息をついて答えた。

「家の方針だったんだよ。体を鍛える、みたいなのが。だから慣れてるだけだ。」
「…そうですかー。」

家、というのは、預けられる前の家だろう。
(まずいこと聞いたです。)

まなは心の中で呟いた。以前の家のことは、悠夜にとって触れてはいけない話題だからだ。

しかし、気になる。
外国人の血が混ざっていて、体を鍛えることが家の方針。
両親が死んだわけでもないのに、息子を家から出す。
預けられた、と悠夜は言っていたから、今の家は悠夜の両親の知り合いの家なのかもしれない。
施設に預けられ、今の家に引き取られた、と言うこともあり得る。

「お前は何で疲れてるんだよ。リーズロット家なんだから訓練ぐらいしろよ。」

まながぐるぐると考えていると、悠夜は何も気にしていないように返事をする。
まなは、安心していつも通り、口を尖らせながら言った。

「うるさいですよ。ボクは頭脳派なんです。」
「魔術師には体力も必要だろ。」

まなは悠夜の言葉に黙り込んだ。悠夜の言葉は正しい。
2人の沈黙を、チャイムの音が破った。

「1時間目、始まったな。」
「…ですね。」

悠夜の呟きに、まなは同意する。

「よし!今日は良い天気だからオレは昼寝する!」

悠夜は言うと、まなの隣に寝転んだ。
いつもなら、『隣に来るな!』と怒るところだが、そのかわりに、まなは空を見上げて呟いた。

「空が綺麗ですねー。」
「そうだなー。」

白い雲は、穏やかに流れて行った。



「千空は、どうしてそんなに元気なの?」

1時間目が終わった休み時間。
錬太は机に顔を伏せ、期せずしてまなと同じことを言った。

「日頃の訓練の成果じゃないか?」

千空が答える。
いつもの休み時間なら錬太が千空の席まで行くのだが、今日は千空が錬太の席に来ている。
ぐったりしている錬太を見て、千空は言った。

「魔法を使うと、精神的にも疲労するからな…。今日の部活は休みにするか?」
「本当に!?」

錬太は勢い良く顔を上げた。

「華恋やまなも疲れてるみたいだったしな。少しぐらい休まないと戦えないだろう。」

千空は言った。
最近の錬太達は、疲れのせいかミスが目立った。練習のときも、見回りのときもだ。
この頃はあまり強い魔獣が出てこないため大怪我はしていないが、これでは黎明の天秤とは戦えない。

「ありがとう、千空。ごめんね。」

錬太は謝った。体力をつけておかなかったことを後悔していた。

「別にいい。俺と明里紗だって疲れてないわけじゃないしな。」

千空はそう言うと、全員に体内通信を入れた。

―――今日は部活は無しにする。反対だったら俺のところまで来てくれ。―――

「千空、先生には言わなくてもいいの?」
「どうせ見てるだろ。」

千空の言葉と同時にチャイムが鳴り、千空は席に戻って行った。



「起立、礼。」

明里紗は号令をかけていた。今日は日直だったのだ。
号令が終わると、先生が明里紗に声をかけた。

「日直さん、黒板消してくれる?」

明里紗は心の中で舌打ちすると、数学の先生、聖茄の横を通って黒板の方に行った。

「それじゃあ、今日は教科書32ページ。」

聖茄の声を聞きながら、明里紗は乱暴に黒板を消すと、席に戻った。
席についた明里紗を見て、聖茄がくすっと笑う。
明里紗の疲れを見通しているかのように。

(部活が休みっていうのは、正直に言ってありがたいね。)

明里紗は心の中で呟いた。
部活と夜の見回りに加えて、明里紗と千空には空手の稽古がある。
クラスでの映画のこともあって、1番大変なのは明里紗だった。
明里紗にも限界はある。平気そうに見えても、意外と疲れているのだ。

(眠い。睡眠時間3時間は、ちょっとキツいね…。)

昨夜は中々眠れず、睡眠時間は3時間。
少し眠ろうかと目を閉じようとした瞬間。

―――駄目よ、神咲さん。ちゃんと起きてないと。―――

頭の中に聖茄の声が響く。
顔を上げると、微笑む聖茄と目があった。
間違ったことを言われているわけではないが、無性に腹が立つ。
体内通信で返事できない明里紗は、とりあえず聖茄を睨み付けた。



(どうしよう…。)

ローレンスは困っていた。

今日のクラスの準備で紅茶を使う、と千空は言っていた。
しかし、朝渡すのを忘れてしまったのだ。

明日でもいいのか、今渡しに行った方がいいのか。

動揺していたローレンスは、体内通信で聞けばいい、と言うことに気づかなかった。

『明日はクラスで紅茶を飲んでみることになってるんだ。
朝、渡してくれるか?忘れたら困るから。』

昨夜、疲れた様子で言っていた主を、ローレンスは思い出す。

ローレンスの主である千空は約束を破ることが嫌いだ。

もしも絶対に今日必要な物では無かったとしても、約束したものを持ってきていないとのは約束破り。
たとえそれがローレンスの責任であったとしても、主の気分を害することになる。

それに、主はプライドが高い。
もしも紅茶を忘れたことでクラスメートに何か言われたりすれば、彼のプライドは傷ついてしまうのではないだろうか。

千空のこととなると冷静さを失ってしまうローレンスの考えは暴走する。

主人の期待を裏切ってしまった。
このままでは、自分のミスが主人の責任になってしまう。


どうしよう どうしよう どうしよう


ローレンスの頭の中では、様々な思いが渦巻いていた。
そして、決心する。

(学校へ届けに行こう。)

ローレンスは、紅茶の茶葉とコーヒー豆が入った紙袋を持って立ち上がる。

(確か、主人の学校はこっちの方角だった…。)

外に出たローレンスは、学校への地図を頭に思い浮かべる。

千空に会って謝り、用事を果たすことしか考えていないローレンスは気づかなかった。

目立たないよう、ドレスは脱いで着替えた方がいいということに。



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© 睦月雨兎