第42話




ローレンスがアシュリー学園に着いたのは、2時間目の終わり頃だった。

「ご家族の方ですか?」
校門側のガードマンボックスから、警備員がローレンスに声をかけた。
不審そうに見ているのがまるわかりだ。

「家族…。」
ローレンスは呟いた。
家族ではない。家族などいない。ましてや、自分は人間でさえないのだ。
ふいにそのことを改めて実感した。
けれど、彼等は家族のように接してくれる。
その優しさにも気づいたときだった。

「どうされましたか?」
警備員に再度声をかけられ、ローレンスは我に返った。とにかく紅茶を届けなければ。
「あ、知り合いです。どうしても届けたい物がありまして…。」
「恐れ入りますが、こちらに面会したい方の年齢とお名前をお書きになってください。」

ローレンスはペンと紙を受け取り、
”15歳 千空・フル…”
まで書きかけ
”黒羽千空”
と書き直した。
そして書いた紙とペンを警備員に渡した。

「ちょっと待って下さいね。」 警備員はパソコンに向かい、キーボードを打った。
どうやら、確認作業を行っているようだ。
「どうぞ、中に入って下さい。」
そこで改めてローレンスは校舎、校庭、学校全体を見た。



高等部。2年A組。

聖茄に注意されてから、また明里紗はうとうとし始めていた。
そんな時、聖茄から体内通信が入った。

―――来たみたいよ―――

(来た?一体何が…?)

まさか、こんな昼間から黎明の天秤が来るはずもない。
けれど明里紗は焦った。そして辺りを見回す。
すると、窓から見える鮮やかな緑色のドレスと長い髪。
ローレンスだった。



高等部1年B組。

偶然にも華恋は窓の外が見えない位置にいた。
しかし、もう1人はローレンスに気付いた。黎明の天秤のイオタ、上坂水穂だ。

(何しに来たんだ――…?)

予想外の出来事に、水穂は混乱した。



高等部1年A組。

千空の位置からはローレンスがわからない。
しかし、錬太の位置からはローレンスが見えた。

錬太はいくら疲れていても、授業を真面目に受ける。
真面目に受けると言っても、板書のみ。今日は話を聞いていられないほど疲れている。
どうしようもないくらい眠いので、外を眺め、偶然のようにローレンスを見つけた。

今は授業中。千空には伝えることができない。しかも千空は錬太より前の席だ。
手紙を回そうかと考えたとき、ちょうど終わりのチャイムが鳴った。



中等部2年A組。

偶然隣の席だった璃音と慰音。
璃音は慰音に話しかけた。
「姉上。魔者のローレンスが来ている。」
「ローレンス…。」
ゆっくりと慰音は顔を外に向けた。そして、また璃音の方に顔を向ける。

「どうして…?」
「拙者にはわからない。」
「慰音、何も言われてない。知らないわ。」
「姉上…。」

初等部3年A組。

「おい!まな!ローレンスが来てる。」
勢い良く教室のドアが開けられると同時に悠夜が叫んだ。

物事に敏感な小学生は、ほぼ全員と言って良い程ドレスを着ている人に気付いていた。
ここの教室の人全員が、ああ…ローレンスという名の人なのか。と思ったに違いない。

まなは冷静に歩いて悠夜のところに行き、耳打ちした。
「紅茶持って来ただけですよ。」
悠夜は呆気にとられたまましばらく茫然と立っていた。



千空は急いでグラウンドに出た。後から錬太が追う。
「主!」
「ローレンス!一体どうしたんだ?」
「紅茶を…。」
そう言ってローレンスは紅茶の入った袋を差し出した。
「まさか、これだけのためにか!?」
「はい…。申し訳ありませんでした。」
ローレンスは深く頭を下げた。

「別にいいんだが…その格好は…。」
ローレンスはドレスを着ているため、もの凄く目立っている。
そして今、ローレンスはそのことに気付いた。
「気がつきませんでした…。」
ローレンスは落胆した。
主の言ったことを守れず、迷惑をかける格好で学校へ来てしまったから。
「では、失礼します。」
ローレンスはまた頭を下げて走り去った。



千空と錬太が教室へ戻ると、男子が騒いでいた。
そのうちの一人が千空に話しかけてきた。
「おい!さっきの誰だよ!」
「知り合いだ。」
「美人じゃねぇか!外人だろ?どこの人?」
錬太は千空がどう言うのかハラハラしていた。
千空は当たり前のように即答した。
「イギリスだ。」

(そっか。そう言っておけば知り合いに近いね。)

錬太はホッとした。
「すげー!イギリスだってよ!」
それ以上男子は突っ込んで来なかった。

「なあ、どう思う?」
千空が問うた。それに錬太が聞き返す。
「何が?」
「ローレンス、かなり責任感じてると思うんだ。」
「僕も思った。」
「だよな。そんなに気にしなくていいのにな…。」
「そうだよね。」



「ローレンスさん、何しに来たの?」
昼休み、華恋が千空に問うた。
「ああ、紅茶を届けに来てくれたんだ。」
「そうだったんだ。」
そう言ったのは明里紗だ。

「あれ?何で皆知らないんだ?」
悠夜が言った。
「皆、知らないはずよ。」
「千空の通信魔法、待ってたんだけどね。」
「ごめん。そんなに重要じゃないと思ったんだ。」

「おい!じゃあ何でまなは知ってたんだ!?」
「まなって呼ぶな!」
「何でわかったの?」
錬太がまなに問うた。
「袋でわかったです。」
「なるほどね。」
「まなちゃん、凄い!」
華恋が感心した様子で言った。

「なんだ。そうだったのか。」
悠夜が目をそらして呟いた。


屋上のドアの向こう側には慰音と璃音がいた。
「紅茶だそうだ、姉上。」
「そうみたいね。」
「やっぱり姉上…。」
「別に。気になっただけだもの。」
慰音はすっと立ち上がって教室へ戻ろうと歩き出す。
その後を、璃音は追った。


「ローレンスが凄く責任を感じているみたいなんだ。」
「僕から見てもそう思う。いつもの冷静なローレンスさんじゃなかった。」
千空の言葉に錬太が付け足した。
「まあ、主の言いつけを破ったようなもんだからね…。」
「そんなに大切なことでもなかったんでしょう?千空君。」
華恋が同意を求めて言った。
「ああ。今日紅茶を1度飲んでみようというだけだったからな。」

「ローレンス様のためにも頑張って文化祭の準備するですー。」
まなが明るくそう言う。
「そうだな!」
「栢山は自分の役目をどうにかするです!」
まなが調子良く言った悠夜に厳しく言った。
そして、皆が笑った。



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