第43話





ローレンスは、悩んでいた。

人間からすれば、何故そんなにローレンスが悩むのかわからないだろう。

契約内容は、『常に千空達の傍で言われた仕事をし、戦いのときには戦力になること。』

確かに今回のことは『言われた仕事』ということになるのかもしれないが、そんなに悩むほどの違反ではない。
しかし、魔者は契約を大事にする生物だ。
契約は絶対に守るというのが魔者の信念であり、規則。
それに、ローレンスは千空達のことが好きだった。
好きだから、完璧に信頼にこたえたかったのだろう。

(瀬賀世さんのところに…行ってみよう。)

悩んでいたローレンスは、とりあえず和輝のところに行くことにした。
理由は、よく分からなかった。
ただ、唐突にそうしたいと思ったのだ。
気付いていないだけで、相談相手を求めていたのかもしれなかった。



カランカラン

「いらっしゃいませ。」

ローレンスが扉を開けるとドアにつけられていた鐘が鳴り、和輝の声がした。

「こんにちは。」
「ローレンスさん。お久しぶりですね。今日は紅茶ですか?コーヒーですか?」

和輝は磨いていたグラスから顔を上げてローレンスの名を呼んだ後、微笑んで問う。

「いえ、まだ紅茶もコーヒーも無くなっていません。」
「そうなんですか?では、今日は…?」
「今日は、これを渡しに来たんです。」

首を傾げる和輝に、ローレンスは文化祭の友人招待券を渡した。
さっき学校に行ったときに、千空から渡された券。
朝のホームルームで配られたらしい。

「ありがとうございます。文化祭、いつでしたっけ?」
「9月 日ですから、10日後ですね。」
「わかりました。じゃあ、当日どうしますか?」
「何がですか?」

ローレンスは、首を傾げた。

「何処で待ち合わせするか、とか。」

和輝は当然のことのように答える。

「待ち合わせ…するんですか?」

ローレンスは、再び首を傾げた。

「はい。だって、僕は貴女の主の学校の位置を知りませんから。」
「あ…。そうですね。申し訳ありません。」

和輝の答えを聞いて、ローレンスは頭を下げた。

「どうして謝るんですか?」
「そんな簡単なことにも気付かなくて…。今日はミスが多いようです。」

肩を落とすローレンスを見て、和輝はローレンスの前の席に腰を下ろした。

「何かあったんですか?」
「はい…。聞いて頂いても良いですか?」
「もちろん。」

優しく微笑む和輝に、ローレンスは話し始めた。

「昨日の夜、主人に頼まれていたんです。朝、文化祭で使う紅茶を渡すようにって。
でも、私は忘れてしまって…。」
「どうしたんですか?」
「学校まで届けに行きました。」
「それで、何か言われたんですか?」

ローレンスの落ち込み方から、怒られたのかと思ったのだろう。
和輝は優しく聞いたが、ローレンスは首を振った。

「いえ、主人は許してくださいました。しかし、私はそこでまた迷惑をかけてしまったのです。
私は…、このドレスのまま学校に行ってしまいました。そして、学校中の注目を集めてしまったのです。」
「そうですか…。」
「私はどうすれば良いのでしょうか。これでは契約違反です。
こんな私には、主人にお仕えする資格はありません。」

思い詰めた表情で言うローレンスに、和輝は笑って見せた。

「初めてお会いしたときにも言いましたが、ローレンスさんは失敗することに慣れていないだけですよ。
何でも自分で解決しようとしないで、少し人に頼ってみたらどうですか?」
「人に…頼る?」
「そうですよ。僕も相談にのることぐらいは出来ますから。」

和輝の言葉で、ローレンスの心は一気に明るくなった。

「…はい!ありがとうございます。」

返事をして、立ち上がろうとしたローレンスを、和輝は止めた。

「あ、ちょっと待って下さい。」
「何ですか?」

和輝はカウンターの中に入っていき、紅茶を入れる。

「ハーブティーです。ローレンスさんは少し疲れてるんじゃないですか?。
ハーブティーには癒しの効果がありますから。どうぞ。」

ローレンスは、カップをゆっくりと顔に近づけた。

「良い香りがしますね。」
「ハーブティーの癒し効果の1つは、香りですから。」
「そうなんですか。」

ローレンスは感心して言うと、カップに口をつける。

「…美味しいです。少し買って帰っても良いですか?主人達も、最近疲れているようなので。」
「いいですよ。」

和輝は、いつもより少し小さい袋をローレンスに渡してくれた。

「ありがとうございます。」

ローレンスが代金を払って袋を受け取ると、和輝は笑って言った。

「それで、結局文化祭はどうしますか?」
「あ…そうですね。」

ローレンスの悩みを聞いてもらっていたため、文化祭のことを話していなかったのだ。
ローレンスの悩む様子を見て、和輝は提案した。

「ローレンスさん、携帯は持ってないんですか?」
「携帯、ですか。一応持っていますが…。」

千空以外の人とは体内通信で連絡がとれないため、一応携帯は持っている。
しかし、あまり使わないので、使い方がよくわかっていなかった。

「メールアドレス、教えていただけますか?そうしたらメールで相談できますし。」
「はい。それはいいのですが、どうやって登録するのかあまり分からなくて…。」

ローレンスがそう言いながら携帯を取り出すと、和輝は言った。

「あ、貸していただけますか?会社が同じなので分かるかもしれません。」

そして、ローレンスの携帯に自分のメールアドレスを登録する。

「はい、出来ました。じゃあ、後でメールしますね。」
「はい。」

ローレンスは携帯を受け取ると、店の出口へと歩いていった。

和輝はカウンターから出て見送ろうとするが、そのとき客が入ってきた。
上品な雰囲気の若い男。

「いらっしゃいませ。」

和輝は驚いたような顔で客を迎える。

ローレンスも驚いた。
この店で自分以外の客を見たのは初めてだったのだ。
しかし、これだけ美味しい紅茶を出す店なのだから客が来ないほうがおかしいだろう。
来たのが上品な雰囲気の人だったのが、ローレンスは嬉しかった。
和輝が大事にしている店の雰囲気を壊さない客が、もっと増えるといい。

「ありがとうございました。」

ローレンスがドアから出ると、和輝の声が聞こえた。
ローレンスは、一礼してドアを閉めた。




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© 睦月雨兎