第45話





「それでは定例会議を始める。」

いつも通りアウトラリスの言葉で、土曜日の定例会議は始まった。

「でも皆、報告なんてないでしょ?」

スピカが辺りを見回す。

「まあ、全員待機だったしなぁ。」

アルデバランが肩をすくめると、フォーマルハウトが慰音と璃音を睨んだ。

「カストルとボルックス以外はな。」

慰音と璃音は気づかないように涼しい顔をしている。
もちろん、気付かないはずはない。
わざと無視しているのだ。

フォーマルハウトがさらに2人を睨み付ける。
璃音が耐え切れなくなったのか睨み返し、璃音とフォーマルハウトの間にピリピリとした空気が漂った。

「そう。今日はカストルとボルックスの話を聞こうと思ってね。」

アウトラリスはピリピリした空気を気にせずに言う。

「それって私達が来る意味あったの?」
「私達の最大の敵、フルヴリアの情報だ。聞いておいても損は無いだろう?スピカ。」
「はいはい。全く。アウトラリスはフルヴリアにご執心なんだから。」

口を尖らせるスピカ。
アウトラリスにこんな口のききかたが出来るのはスピカだけだ。
それは、少女のような見た目に反して、黎明の天秤の一番の古株だから。
スピカの実年齢を知っている者は誰もいない。

いや、アウトラリスは知っているだろう。
スピカは、アウトラリスに次いで謎めいた人物だった。

「それで?カストル、ボルックス。何か報告することは?」
「…特に何も。」

慰音は目を伏せて答える。

「部活動、と称して何かしているようですが、他に変わったことは何も。」
「部活動?」

アフロディナーが、笑いを交えて問う。
部活動、と言う、あまりにも戦いとは程遠い言葉を聞いて。

「部活動をしている、ということ以外はまだ何もわかっていません。申し訳ありません。」
「まぁ、フルヴリアが簡単に弱点を晒すわけは無いからね。いいよ。」

目を伏せたままの慰音に、アウトラリスは軽く手を振った。
慰音はそれを合図に座る。

「あの…。」

慰音が座るのと同時に、ガンマが小さく声を上げた。

「フルヴリアは…戦いに慣れてきています。その部活動、と言うのが関係しているのではありませんか?」
「学校で訓練でもしてるってことか?」
「…恐らく。」

人見知りで発言が苦手なガンマは、アルデバランの服の裾をぎゅっと握りながら頷く。
過激なアルデバランらしくもなく優しくそれを見守る様子に、スピカは呆れた表情をした。

「場所が学校だと邪魔の仕様が無いね。」
「生徒を人質にするっていう方法もあるわよ?」

アンタレスが肩をすくめて言うと、スピカが笑いながら提案した。

「俺も久しぶりに戦いたいし、いいかもな。」

アルデバランが、いつもの机に足を上げた格好で同意する。

ガンマは内気な上に、アルデバランは恋人なため、口出しをしない。
ケイローンとアフロディナーは戦闘要員ではないため関係が無い。
残りの戦闘要員であるアンタレスは傍観。イオタ、パーンはただ俯いているだけ。

会議は、発言するのがスピカにアルデバラン、フォーマルハウトという非常に過激で危険な局面に陥っていた。

過激なメンバーの1人、フォーマルハウトが声を上げる。

「俺も賛成だ。もちろん、お前等もだろ?イオタ、レグルス。」
「自分はご主人様の命令に従うだけですから。」

即答するレグルス。
続いて、イオタがゆっくり言った。

「あたしは…どっちでもいい。」

まだ水穂として過ごしたい、という気持ちと、強い敵と戦いたいという気持ち。
2つの気持ちの整理がつかず、そんな中途半端な答えになってしまった。

「ちっ。」

普段は好戦的なイオタの曖昧な言葉に、フォーマルハウトは舌打ちする。
そのとき、慰音が立ち上がった。

「そんなこと、する必要ないわ。」
「姉上?」

いつもより感情的な様子の慰音に、璃音は戸惑うように声をかけた。

「フルヴリアだけ倒せばいいわ。人質なんていらない。」
「念のためにってことだろ。何が駄目なんだよ!」

フォーマルハウトの言葉に慰音は冷笑した。

「あら。人質をとるなんて卑怯な作戦を使わないと勝てないの?」
「何だと!?」

フォーマルハウトが立ち上がり、慰音に歩み寄る。
璃音が慰音のことをかばうように前に立った。

再び雰囲気が険悪になった所で、アウトラリスが軽く手を叩く。

パン パン と部屋に響く音。

全員がアウトラリスに注目したところで、アウトラリスは口を開いた。

「とりあえず、諍いの続きは今度にしてくれないかな?話が進まない。」
「じゃあ、この件はどうするの?」

にこにこと笑いながら問うスピカ。

「フルヴリアが多少強くなったところで、私達には太刀打ちできないよ。今は戦うべき時ではない。」

アウトラリスは返事した後、釘をさした。

「だからスピカ。退屈だからと言って争いの種をまかないでくれ。仲間割れは自滅の元だよ。」

スピカが本気で人質の件を提案したのではなく、暇つぶしだということをアウトラリスはよく理解していた。

過激なアルデバラン。
非情になりきれない双子。
誰彼かまわず喧嘩を吹っかけるフォーマルハウト。
この3人がいれば、暇つぶしができそうな諍いを起こすことなど、難しくはないのだ。

「明日の文化祭の券をくれるなら考えてもいいわ。」

スピカの答えに、慰音と璃音、そしてイオタ以外は不可解な顔をする。
シュリー学園に通っている者以外は、何のことかがわからない。

「そう。次はその話をしようと思っていたんだ。明日あるアシュリー学園の文化祭に誰が行くか。」

ケイローンが静かに手を挙げて発言した。

「行く必要はあるのですか?」
「いや、特には。しかし、フルヴリアが通う学校だ。何かがあるかもしれないだろう?
一般人が校内に入れる機会はあまり無いだろうから行ってみる価値はある。」

アフロディナーが首を傾げた。

「でも、券が必要では?」
「もちろん。カストルとボルックスの券があるからね。1人につき家族招待券と友人招待券が1枚ずつだから2人で4枚。」

アウトラリスの言葉に、慰音が説明を加えた。

「友人招待券は1枚で2人までは入れますが、家族招待券は1人までです。」

友人招待券1枚で2人は、元から決まっていること。
家族招待券は保護者の数で決められるのだが、慰音と璃音は1人の保護者に育てられていると学校の調査表に書いてある。
つまり、家族招待券で入校可能なのは1人。

「つまり、1人の券が2枚、2人の券が2枚ね。」

スピカが期待に目を輝かせて言う。

「アルデバランとガンマは諜報部員だから行ってもらう。残りは、2人の券が1枚と1人の券が2枚。どうする?」

アウトラリスが言うと、2人は頷いた。
アフロディナーがケイローンの腕を引っ張る。

「ねぇ、一緒に行かない?」
「興味が無い。それよりも、俺達は研究を進めるべきだな。」

ケイローンの断り方に、アフロディナーは諦める。
全く望みが無いことがわかったからだ。

「私も行く!」

スピカが勢い良く立った。

「仕方無いな。」

溜め息をついてアウトラリスは許可する。
またスピカの機嫌が悪くなり、会議を引っ掻き回されると困るからだ。

「貴方は行かないの?アウトラリス。」

券を嬉しそうに握り締めながら、スピカは問う。

「私は残念ながら他の用があるんだ。代わりにレグルスが行ってくれるかな。」
「はい。ご主人様が行けと言うのなら。」

レグルスは迷わず頷き、券を手に取った。

「あと、2人の券が1枚。どうする?アンタレスは?」
「遠慮しておきます。」

アンタレスは控えめに断る。

「パーンは?」

問われたパーンは、目を伏せる。
横からフォーマルハウトが口を出した。

「こいつと一緒に行くのなんて嫌です!」

残っているのはフォーマルハウトとパーンのみ。
パーンが承諾すれば、2人で行くことになるだろう。

「困ったな。」

アウトラリスが呟くと、アルデバランが揶揄するように言った。

「お前、彼氏と行けばいいじゃん?」

響と光が付き合っていることは有名だ。
アルデバランが知っていても、全く不思議ではなかった。
響は不機嫌そうに眉を顰めて対応する。

「はぁ?」
「お前に甘いって噂だし、そのぐらい行ってくれんだろ?」

アルデバランの言葉の裏に隠されているのは皮肉だ。

他の候補者を差し置いて響がフォーマルハウトの座についたとき、光は響に甘いから、という噂が流れたのだった。

恋人の贔屓目。

その言葉を、フォーマルハウトは何よりも嫌う。
フォーマルハウトが挑発に乗り、立ち上がったときだった。

「うん。いいね。」

アウトラリスが同意した。
アウトラリスが諍いを止めるのではなく同意するという異例の事態に、思わずフォーマルハウトも黙ってアウトラリスのほうを見る。

「光なら元は仲間だったわけだしね。適任だろう。悪いけど2人で行ってきてくれるかな。」

アウトラリスの言葉に、フォーマルハウトが逆らえるわけが無かった。

「…はい。」

フォーマルハウトは返事すると席に座る。

「よし。じゃあ、これで終わりかな。解散。」

アウトラリスが言うと、皆は席を立った。



珍しく最後まで部屋に残っていたアウトラリスに、一緒に残っていたレグルスは問う。

「用がある、というのはどういうことですか?」

誰よりもフルヴリアに興味を持ち、警戒しているアウトラリスが行かないなんていうことはあり得ない。
それは、誰よりも近くにいるレグルスが一番理解していた。
アウトラリスはフードから僅かに見える口を笑みの形に歪める。

「口実だよ。私は他のルートで券を入手したからね。詮索されないように。」
「そうですか。」

短く言ったレグルスに、アウトラリスは楽しそうに問う。

「気になるのかな?」

レグルスは首を振って否定した。

「いえ。別に。」
「そのうちわかるよ。」

アウトラリスは、そういうと席を立つ。

「明日は楽しんでくるといい。情報の収集は出来たらでいいよ。第一目標は気晴らしだから。」

レグルスは、静かに扉を開けた。

「はい、ご主人様。」




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© 睦月雨兎