第47話





「一位、高等部1年A組黒羽千空…ってフルヴリアのことよね。へー。やるじゃない。」

生徒にだけ公開される朝の開会式。
人気ランキングが公開されたのはその開会式だ。
そのため、一般人は見ることができないし、開会式で聞き逃した者もいる。
また、時間の都合で上位3名しか発表できないため、30位までの結果を大々的に張り出すのがアシュリー学園の伝統だった。

「二位、高等部2年A組真宮征治…。ふーん…」

わかっているのかわかっていないのか。
興味があるのか無いのか。
そう問いただしたくなるような口調で、少女はランキングを読み上げている。

綺麗にまいて、赤いリボンを飾った白い髪。
血のような紅い瞳。
スピカだ。

黎明の天秤で首尾よく文化祭の招待券を入手したスピカは、文化祭を満喫するべく人の多いほうへ来たのだった。

「中等部と高等部は合同かー…ってこれあの子達じゃない?
同着30位中等部双澄慰音、璃音。へー、まぁ、目立つしねー。」

一人でぶつぶつと呟き続けるスピカ。
その姿は本来ならばとても目立つものだが、文化祭の中の異様な雰囲気が見事にスピカの怪しい様子を緩和させていた。

「うーん…。フルヴリアの喫茶店、映画、フリーマーケット…。
カストルとボルックスのお化け屋敷もいいなぁ…。どれから行こう?」

唸るスピカの目の前に、紙コップが差し出される。

「オレンジジュースどうですかー?」

にっこりと営業スマイルを向けてくる高校2年生程の少女の手から、スピカは紙コップを受け取る。
そして、可愛らしく首を傾げて聞いた。

「ねぇ、クレープもある?」



「はぐれるなよ、セィーリア!」
「この状態でどうやってはぐれるっていうの?ディア。」

心配そうに振り向く男を、呆れた顔で見るのはガンマ。
黎明の天秤の牡羊座、本名セィーリアだ。

ディアと呼ばれたのは、黎明の天秤の牡牛座、アンタレス。本名ディアンサス。

黎明の天秤の諜報部である2人は、その能力なのか、ただのカップルにしか見えない。
しかし、そのあまりに自然な様子は、仕事を忘れてデートをしているようにも見えた。

「セィーリア!何から行く?」
「うーん…フリーマーケットとかどう?」

思案の末に小首を傾げたセィーリアに、ディアンサスは怪訝な顔をした。

「フリーマーケット?何か欲しい物でもあんのか?」
「何かアクセサリー類が欲しいわ。」
「アクセサリー?そんなもん、こんなとこでちゃんとしたのがあるわけないだろ。」

高校の文化祭のフリーマーケット。

そこに出る物は、生徒がいらなくなった物や、手作りの物。
そんな物に、2人がいつも買っているようなちゃんとしたアクセサリーがあるはずもなかったが、それはセィーリアもわかっていた。

「わかってるわよ。ビーズの…何か小さくて可愛い物がいいの。
今日、ここに来たっていう記念。…駄目?」
「…仕方ねぇなぁ。そんなもんでいいなら、いくらでも買ってやるよ。」

会議のときにはいつも皮肉気に歪めている顔を微笑みに崩し、ディアンサスはセィーリアの手を引いて歩き出した。




「あぁ…片腕が無いって、どうしてこんなに不便なんだろう。」

屋台の立ち並ぶ校庭で、光は大袈裟に溜め息をついて言った。

「は?そんなの知らねぇよ。」

冷たく返すのは、黎明の天秤の水瓶座、フォーマルハウト。
本名、清水響。

「響は冷たいねぇ。僕がこんなに困ってるって言うのに。」

そう嘆くのは、春日光。
以前は黎明の天秤でフォーマルハウトとして働いていた、響の恋人。

光は先程から、昔戦いの中で無くした腕のことを嘆き続けているのだ。
響は、鬱陶しそうに溜め息をつきながらも尋ねた。

「何でいきなりそんなこと言い出したんだ?」

いつもは、片腕で器用に家事でも何でもこなしてみせる光。
腕のせいで不便だと言ったことは一度も無かった。
光は、溜め息をついて答える。

「だって僕は今、手がふさがってるんだよ。」

光の手には、気まぐれに買ったクレープが一つ。
しかし、それは見ればわかることだ。
響は首を傾げた。

「それがどうしたんだよ?」
「つまり、この人混みではぐれたらいけないからっていう理由で手が繋げないから残念だなって思って。」

光が隠しもせずに言うと、今日は思いっきり顔をしかめる。

「くだらねぇ。」

響の突き放すような口調に、光は諦めた様子で首を振った。

「ま、そう言うだろうって思ってたけど。」

そして、少し悲しげにクレープを齧る。
響はそれを見て、苛々と首を振った。

「貸せ。俺が食う。」
「え?別にいいけど…。」

突然の行動に、光は戸惑って首を傾げる。

響は特に甘い物が好きでは無かったはずだ。
そんな光に構わず、響は光の手からクレープを奪い取った。
光の手が、空く。

「あ、そういうこと。何だ、響。素直じゃないなぁ。」

気付いた光は、にこにこと笑って響の手を握る。

「別に。食いたかっただけだし。」

響は僅かに頬を赤らめてそう言うと、繋いだ手を強く引いて歩き出した。




「あーあ。あっちもベタベタこっちもベタベタ…。」

そう言って肩をすくめたスピカの視線の先には、ディアンサスとセィーリアの姿。
確かフルヴリアの仲間がいたはずだから、とフリーマーケットに来ていたスピカは、偶然2人を発見していたのだった。
その前には、屋台の立ち並ぶ校庭で光と響を発見している。

他にも、さすが文化祭というべきか。
どこを見ていても、必ず目に入るカップルの姿。
自分が1人でいるのが嫌なわけではないが、その姿にスピカは段々イライラを募らせていた。

「えっと?今日ここに来てるのは…スパイの2人、水瓶の2人、私に…レグルス?」

スピカはぶつぶつと呟く。

「じゃぁ、あと会ってないのはレグルスだけかぁ。うーん。探してみる?
でも、あの忠犬っていまいち話通じてるのか微妙なのよねー。」

1人で話し続けるスピカ。
しかし、スピカが話しかけているのは虚空ではない。

店先に置いてある、可愛らしいテディベアだ。

「えっとー、それ、気に入った?」

長い間座り込んで売り物の熊と話している少女に話しかけてきたのは、丁度店番をしていた華恋だった。

「私?」
「うん。ずっと見てるから、欲しいのかなって思って。」

華恋は、スピカのいかにも少女らしい見かけに騙されて柔らかい口調で話しかける。
実際のところスピカは華恋の数倍の年をとっているのだが、スピカの子供らしい振る舞いからは全く感じられない。

「うん。このクマさん、とっても可愛いね。」
「これはね、お姉ちゃんの友達が作ったんだよー。」
「そうなの?凄いね!」

スピカは最早演技ではなく、本当に目を輝かせてテディベアを見つめる。

スピカが両手で抱きかかえて、丁度持ち運べる程の大きさ。
スピカの脳内の計算によると、常に自分で抱きかかえて運んだとしても、邪魔にはならない。

スピカは華恋の目をまっすぐ見つめて、口を開いた。

「これ欲しいなぁ。いくら?」
「えーっとね、600円。」

(ちょっと高いかな。)

値札を読み上げ、華恋はそう思って顔をしかめた。
相手は、見るからに小さな女の子だ。
きっと、親から少しお小遣いを貰って買いに来たのだろう。
そんな女の子にとって、600円は少々高い。

(でも、わたしのじゃないから値引きできないんだよね。)

商品の値段を決めるのは、出品した本人。
自分が買ったときの値段や、材料費などを参考にして決めるのだ。

華恋がそうしてスピカの財布の心配をしていると、スピカはにっこり笑って財布を開いた。

「おつりある?」

スピカがそう言って差し出したのは1000円札。
妙にスピカの財布を心配していた華恋は、ほっとして100円玉を4枚差し出した。

「はい、どうぞ。大事にしてあげてね。」

そう言って渡されたテディベアを、スピカは大事そうに受け取る。
そして、じっと全体を眺めると呟いた。

「うーん…。これでも十分可愛いんだけど、もうちょっと可愛くならないかなぁ。」
「あ、じゃあね。これはどう?」

華恋は、スピカの言葉を聞いた瞬間、反射的に並べてあるものを1つ手に取った。

それは、スピカの髪に飾られているのと、よく似た色のリボン。
華恋はそれを、スピカの返事も聞かずテディベアの首に飾りつけた。

「ほら、お揃い。どう?」
「可愛い!」

幸い、スピカは歓声を上げてテディベアに抱きつく。

「良かった。じゃあ、それはおまけだからただでいいよ。」
「ほんと!?」

華恋の言葉に、スピカは踊りだしそうな勢いで喜ぶと、テディベアを抱いて立ち上がった。

「ありがとう、お姉ちゃん!」
「どういたしまして。」

にっこり笑うスピカに華恋が微笑み返すと、スピカは大きく手を振りながらどこかへ走って行った。
それを見送って、華恋はほっと一息つく。

(わたし、商売って向いてないのかも。)

先程渡したリボンは、華恋の物なので別にただであげてもかまわない。
しかし、600円でテディベアとリボンとは、相当お得な買い物だ。

どうやら、華恋が店番の間は大した利益が期待できそうも無かった。




「フルヴリアの佐藤華恋…だっけ?優しいじゃない。」

華恋と話していたときとは違う、見た目にそぐわない少し大人びた話し方で、スピカはテディベアに話しかけた。

「まぁ、今日はあんたと2人で我慢してあげてもいいわよ。他に話す相手もいないし。」

仕方ない、という風に肩をすくめてテディベアの鼻をつついたスピカは、妙に満足気に見えた。







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© 睦月雨兎