第5話





「ロトンド・ピェーデ・フェルマータ!」
「ロトンド・プレパラツィオーネ!」

千空とローレンスが呪文を叫んだ。

同時に自分の体が動かなくなるのを錬太は感じる。

2人の呪文は魔獣ではなく、錬太に向けられていたのだ。

千空が使ったのは体を金縛り状態にする魔法陣を発動させる呪文。
そして、ローレンスが使ったのは防御の魔方陣を発動させる呪文だ。

錬太が足元を見ると、まなの、魔方陣があった。

「ごめんです、錬ちゃん。」

まなが軽く手をあわせた。

まなは負傷しているで離れた場所にいるが、まなのコンパスは光で投影して書くようになっているため、錬太の足元に魔方陣を描くことができたのだ。
負傷した足で無理に立って描いたからだろう。魔方陣の形は少し歪んでいた。
しかし、それでも魔方陣は効力を発揮している。錬太が力を振り絞っても動くことが出来ない。

ローレンスの防御の魔法のおかげで、攻撃を受けることはない。

ただ、見ているだけ。

錬太に、2人を助けることは出来ない。
焦りだけが大きくなっていった。



2人は、3匹の魔獣を相手に戦っていた。

2匹は犬のような魔獣。
1匹は人間のような形をした魔獣、魔者だ。

魔者といってもローレンスのような上級の魔者ではない。
人間のような知能が無いため人間の言葉を喋れない、下級の魔者だ。

通常、3匹の魔物を相手に千空とローレンスが苦戦することはない。
だが、この3匹の魔物は回復力に優れていて、いくら攻撃してもすぐに回復してしまう。
いつもならまなの魔方陣で異空間に送ってしまうのだが、今はそれも出来ない。


ローレンスが2匹の魔獣の毒牙をかわしながら、氷を放つ。

2匹の動きを止めるつもりだ。

しかし2匹は素早い動きで氷を避け、ローレンスに襲い掛かる。
ローレンスはドレスの裾を犠牲にして攻撃を避けたが、その動きにも疲労が見えつつあった。
ローレンスは人間より優れた回復力を持っているといっても、この魔獣ほどではない。

終わりの無い戦いは、ローレンスに不利だった。


一方、千空は魔者を相手に戦っていた。

相手は1本の剣を使用していたため、双剣を使うローレンスよりも自分が相手した方が良いと判断したのだ。
魔者相手では、魔法で戦うと千空が不利になる可能性がある。

千空は剣での戦いを挑んだ。

千空の右薙ぎの一閃により千切れる魔者の右腕。
続く一撃を、魔者は床に転がり回避。立ち上がったときには右腕は修復されていた。

知能が低くとも、動きが獣並みの魔者に勝つのは容易ではない。

しかし、諦めるわけにはいかなかった。

再びぶつかり合う、2本の剣。

千空の剣は魔力が込められているので、普通の剣の何倍も丈夫だ。
そのため、魔者の剣は折れた。

千空が勝利を確信した次の瞬間。

鬼の体当たりによって吹き飛ぶ千空。

すかさず千空は受け身をとったが、剣は千空やローレンス、そしてまなのはるか後方。部屋の隅へととんでいった。

これで勝負は五分に戻った。
いや、千空のほうが力が無い分負けているかもしれない。

千空と魔者の戦いは、体術へと移った。

千空の左拳は魔者の腕に払われ、連動した右の突きも上体をずらして回避された。
魔者は反撃に左拳を放とうとして、千空の左回し蹴りに気づく。
筋肉の無い膝裏を、魔者は右足を上げて防御。
だが、千空の足は畳まれて軌道変化し、魔者の脇腹へと急襲した。

魔者の右腕が防御を固めるが、千空の膝下は再び伸ばされて無防備な即答部を狙う。

肉と肉が激突する鈍い音。

千空の足は魔者の側頭部に直撃していた。

脳震盪をおこし、よろめく魔者。

千空は次こそ自分の絶対的な勝利を確信し、魔者に背を向けた。

止めを刺すために、剣を拾いに行ったのだ。
しかし、それは誤った判断だった。

魔者の突き出した鉤爪が千空の腹部を引き裂く。
魔者の受けたダメージは倒れる程ではなかったのだ。
魔者の防御力に対して、千空の体重と力が足りていなかったのだろう。

千空の血が、霧のようにパッと散る。

痛みで、千空の意識が一瞬途切れる。

魔者は喜悦の表情を浮かべ、腕を振り上げた。

―――千空は殺される。

誰もが、そう覚悟したときだった。

魔者は、鉄に変化していた。

魔者だけではない。ローレンスの相手の、2匹の魔犬も同様だ。

苦悶の表情を浮かべ、固まっている3体の魔物。

そして、千空を庇うように前に立つ錬太。

とても信じられないことだが状況から見るに、錬太の錬金術が発動したのだろう。
千空の意識が途切れたことで金縛りの魔法が解けた錬太は、危機一髪のところで千空を助けたのだ。

「千空、大丈夫!?」

錬太が泣きそうな顔で問い、皆が千空に駆け寄る。

1人で歩けないまなは、ローレンスと共に。

「大丈夫だ。治癒魔法を使えば1週間程度で治るだろう。それより、服のほうが重症だな。」

普通戦うときには魔法で強化した戦闘服を着ているのだが、今は私服を着ていたのだ。
だから、服はズタズタになっていた。

「この服、結構気に入ってたのに。」

服を魔法で直すことは出来るが、大変難しい。今、その魔法を使う気力はもう無かった。
とりあえず、今回の戦いで破損した室内を先に直さなくてはならない。

「佐藤華恋をすぐにでも仲間にする必要がありますね。」

ローレンスが真剣な表情で言った。

「彼女がいれば、今日のような奇襲を受けることも無かったでしょう。」

がしゃん!!!

玄関のほうで、音がした。

「誰だ!」

千空が声を張り上げる。
新手かもしれない、という考えが皆の頭にうかんだ。

部屋の扉が、ゆっくりと開く。

そして中に入ってきたのは…、佐藤華恋だった。

「「佐藤(さん)!?」」

千空と錬太の二重唱が屋敷に響き渡る。

「どうしてここに?」

錬太の問いに華恋は少し怯えたように後ろに下がる。

恐くて当たり前だろう。

部屋の内部は台風が通過していったかのように荒れ果てている。

その部屋にいるのは足を負傷した女の子に得体の知れない外国人。

知り合いの千空が血まみれで倒れていて、前には3体の魔物。
卒倒しなかっただけでもたいしたものだ。

「どうしてここにいる?」

千空の再びの問いに、華恋は震えながらも答えた。

「わたし、家に帰ろうとしてたの。そうしたら、ガラスの割れる音がして…。中に黒羽君と大地君の気配があったから気になって…。」
「いつから見ていたのですか?」
「えっと、その女の子が怪我したところ…。」

華恋の、まなを指す指先は震えていなかった。
少し落ち着いてきたらしい。

千空は少し困っていた。華恋に全てを教え、仲間にするべきか。
しかし、ローレンスが前に言ったように拒絶反応をだされても困る。

まなの顔が名案を思いついたように輝いた。

「にはははは!ボク達は魔法が使えるですよー!」

まなの言葉に皆は呆気にとられた。

「さっちゃん見たですか?錬ちゃん、魔物を鉄に変えたです。」

まなは以前言っていた、華恋に錬太の錬金術を見せ、魔法を信じさせるという作戦を今実行しているらしい。

「ボク達は宝石を狙う奴等から世界を守るです!さっちゃんも一緒に戦うですよ!」

華恋は、まなの意味不明な説明に目を丸くしていたが、やがて、こくりと頷いた。

沈黙。

「ちょっと待て佐藤!そんなに簡単に納得していいのか!?」

千空の疑問は尤もだった。

普通の人間はそんなもの冗談に違いないと笑い飛ばすものだ。
むしろ、疑わないほうが変だろう。

「それに戦うって言ってるんだよ?」

錬太の言うことも正論だった。

魔法の存在を信じる信じないは別として、戦うということは危険なことだ。
少しは躊躇すべきだろう。

「わたしは皆が戦ってるところを見たから魔法のことは信じるし、わたしにも戦う力があるなら戦う。皆が戦ってるのに一人だけ逃げるなんて卑怯でしょ?」

華恋は、にっこり笑った。

「今日から仲間になります。佐藤華恋です。よろしく。」

まなが一番に反応した。

「ボクは、まな・リーズロット・御円!魔方陣が専門なのです!よろしくですー!」

そのまま、錬太のときと同じ順に紹介する。

「私はローレンス。主に召喚された魔者です。よろしくお願いします、華恋。」
「もう知ってると思うけど、大地錬太。錬金術の専門です。よろしく、華恋ちゃん。」
「本名を言うのは初めてだな。千空・フルヴリア・黒羽。全系統の魔術剣士だ。よろしく、華恋。」

まなが嬉しそうに言った。

「これで仲間が増えたですー。一緒に黎明の天秤をやっつけるですー!」

その後、痛そうに顔をしかめるまなに、ローレンスは注意する。

「まな、怪我が治るまでは安静にしていてください。」
「わかってるですー。怪我が治ったら魔方陣描くですかー?」

まなの問いに千空は頷いた。

「ああ。家の周りに防御の魔方陣を描いておいてくれ。魔物に対する防御が甘くなっていたようだからな。」
「僕も本格的に練習始めてもいいよね?」

錬太が確認するように言った。

今まで、千空は錬太を戦闘に参加させないようにしてきた。
しかし、華恋という仲間が加わったのだから本格的に訓練し始めるべきだろう。
そうでないと、華恋を仲間にした意味がない。

千空は渋々といった様子で頷いた。

「そうだな。錬太と華恋の訓練は明日からだ。くれぐれも怪我のないように気をつけてくれ。」

華恋は頷き、ふと時計を見て慌てる。

「あ、もう10時だ。帰らないと。」
「本当だ。僕も帰るよ。」

錬太が言うと、皆は玄関まで見送りに行く。

「そういえば、どうして付き合う友達をいつも変えてたの?」

錬太が問う。

華恋の魔力の関係かと思っていたため、千空も気になっていた。

「それは、わたしの言うことを皆が信じてくれなかったからっていうのもあるんだけど…。」

華恋の言ったこととは、気配を感じることについてだろう。

「いつも同じ人といるのってつまらないでしょ?だから。これからは毎日楽しそうだけどね。」

華恋は、にっこり笑った。




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© 睦月雨兎