第51話
「で?月夜君は、何してるのかな?」
「…サボってますね、聖茄先生。」
夕日に赤く染められはじめて、人が少なくなってきた校舎裏。
もうそろそろ、文化祭一日目は終わる。
元々この場所には屋台や見世物が一つもないため、人がいない場所で休憩しようという意図の学生しか近寄らない。
一日目が終わりを迎えて学生が店仕舞いに追われている今、月夜意外の人間がいるはずもなかった。
「サボってますね、ってそんな堂々と…。仕方ない子ね。」
「大丈夫ですよ。誤魔化してくれるよう、友達には言ってありますから。」
腕を組んで教師の口調を続ける聖茄と、飄々とした顔で受け流す月夜。
聖茄は月夜の言葉に、興味を持ったように首を傾げた。
「誤魔化す?どうやって?」
大学生の出し物は出店。
店番にいないことをごまかすのは、不可能に近い。
「色々問題があって滅多にデートできない彼女が文化祭に来れることになった。
たまには普通のデートを楽しみたいんだけど、無理かな?って。」
月夜は友人に言ったことを再生するように言った。
「呆れた。」
「別に嘘はついてないだろう?」
突然いつもの口調に戻った月夜に、聖茄は肩を竦める。
「さぁ、どうかしらね。」
「俺的には事実を言ったつもりだったんだけどな。」
「貴方に恋人がいたなんて知らなかったけど。」
冗談なのか本気なのか、本人達もわかっていないかのように進む会話。
「いるじゃないか。俺の目の前に。」
「それが私のことを指していると仮定して、だけど、貴方と普通のデートを楽しんだ覚えは無いわね。」
今度は月夜が肩を竦める番だった。
いつの間にか真っ赤だったはずの空は、暗く、闇へと変化し始める。
いつものように立ち上がり、瞬間移動の魔法陣を書こうとした月夜は、ふと手をとめた。
「どうしたの?冷える前に、早く帰りたいんだけど。」
首を傾げる聖茄の前に立った月夜は、恭しく、芝居がかった仕草で聖茄の手をとった。
「俺と、普通のデートでもしながら帰りませんか?先生。」
聖茄は一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐに微笑んで、その手をとる。
「教師と生徒の禁断のなんとか…って奴?」
「たまには、こういうのもいいだろう?」
月夜は言うと、聖茄の手をとったまま歩き出した。
勿論、誰に見られるかわからないため、姿は変えて。
どこにでもいるような平凡なカップルに成りすました2人は、堂々と手をつないで校門を出て行った。
「お帰りなさいませ、ご主人様。」
黎明の天秤が表向き使用している会社、equilibrioの社長室に入ったアウトラリスを迎えたのは、レグルスの畏まった礼だった。
「ああ、ただいま。」
アウトラリスは軽く言うと、上着をレグルスに預ける。
レグルスは慣れた手つきで上着をかけると、用意していた紅茶をカップに注いだ。
「どうぞ。」
「ありがとう、レグルス。
…君も、そこに座って飲むといい。今日は疲れただろう?」
カップを持つのとは反対の手で、自分が座るのと向かいのソファを示すアウトラリス。
恐縮した様子で辞退しようとしたレグルスだったが、アウトラリスの視線はそれを許さなかった。
「…失礼致します。」
一言断ってレグルスが座ると、アウトラリスは満足したように微笑む。
そして、労うようにカップを掲げた。
「お疲れ様。君は、ああいう場は苦手だろうと思ったんだけどね。たまにはいいかと思って。」
「いえ。
…それよりも、自分にはご主人様の方がお疲れになっているように見えますが。」
レグルスが気遣うような視線をアウトラリスに向ける。
アウトラリスは苦笑すると、長い前髪を掻き揚げた。
露わになるのは、人の良さそうなバールの主人、瀬賀世和輝の顔。
その優しげな瞳には、明らかな疲れの色が滲んでいた。
「…どうしてだろうね。彼女といるのはとても楽しいはずなのに、同時に酷く疲れてしまうんだ。」
「無理に自分を隠そうとなさるからでは?」
「隠さざるを得ないんだよ、レグルス。
だって、私はまだ彼女にアウトラリスとしての顔を見せるわけにはいかないだろう?」
珍しく意見するレグルスに、アウトラリスは疲れた微笑を浮かべて応対する。
レグルスは普段よりも滑らかな自分の口に戸惑うような様子を見せながらも続けた。
「自分が言いたいのはそういうことではなく…。
瀬賀世和輝でも、アウトラリスでもない、本当の自分を出せば良いのではないかと…すみません。口が過ぎました。」
さすがに踏み込みすぎたと感じたのか謝るレグルスに、アウトラリスは気にするな、と手を振ってみせた。
「気にすることはないよ、レグルス。君はいつも私に遠慮し過ぎだからね。たまには言いたいことを言ってくれればいい。
で、君の言葉に対する返答だけどね…、それは無理だよ。」
「何故、とお聞きしてもよろしいですか?」
首を傾げるレグルスから、アウトラリスは自然に合わせていた視線を外した。
「彼はもう、私であって私ではない。
何百年も生きながらえるうちに、私はもう自分の名前さえ忘れてしまったんだよ…。」
飲み終わった紅茶のカップを静かに机に置き、窓辺に寄るアウトラリス。
「 ………。」
月を見つめて、アウトラリスが愛しげに呟いた名前。
同じ部屋にいたレグルスには勿論聞こえていたが、彼はその名前をすぐに記憶から抹消した。
彼の主人がそれを望むということが、彼には容易く予測できたから。
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© 睦月雨兎