第52話




「ただいま。」
とあるマンションの一室の玄関を開けて水穂はそう言った。
「おかえり、姉さん。」
そう言って水穂を迎え出たのは水穂の弟、景。
両親の居ない2人はこのマンションに2人だけで暮らしている。
2人しかいないその部屋はとても静かだった。

リビングに向かって進む水穂の後ろについて、水穂の背中に景はひたすら話しかけた。
「今日はねー。ラーメンにしたよ。あとね、チャーハンと餃子もあるよ。
やっぱり、ラーメンときたらチャーハンと餃子も欲しいかなって思って。
ほとんどインスタントだけど、野菜は足してあるから栄養はあると思うよ。
俺も今日姉さんの文化祭ではしゃぎ過ぎちゃってさー。」

いつもなら笑顔で反応してくれる水穂は今日に限って反応がない。
話すのに夢中になってた景もそれに気づいたのか、話を止めた。

「…どうしたの、姉さん?」
「あいつら絶対あたしをからかって楽しんでるのよ。」
目線は景から外れていた。独り言のように見える。

「姉さん、何かあったの?」
「アフロディナーとアルデバランがあたしの組に来た。」
景の表情が少し強張った。

「高校生のあたしと戦うあたし。両方があるから私は生きがいを感じる。
昔からそうだった。あの時からあたしは2人いた。」





彼らの父はアメリカの軍隊に所属していた。
母親は元々体が弱かったため、景を産んだあとからずっと病院にいた。

その二人の母親が死んだのは水穂が5歳、景は3歳の時だった。
まだ幼かった2人には”死”というものがよく分かっていなかった。

「ねぇ、何でお母さん動かないの…?」
でも、景より2つ上の水穂には薄らとわかっていたのかもしれない。
そう言った水穂の目には涙が浮かんでいた。

問いかけられた父親も何も答えようとしなかった。
ただただ肩を小刻みに震わせていた。
決して涙を見せようとはしまいと、必死に堪えていたのだろう。
水穂の問いに答えようと口を開くと堪えていた涙が溢れてしまう。

そんな2人とは対照的に景は泣かなかった。
「ねぇ、何でみんな、そんなに悲しそうなの?」
幼い景は母親がまた目を覚ますと思っていたのだろうか。
今の景には母親がいたという記憶さえ無いに等しい。

「お姉ちゃん、泣かないで…?」
もらい泣きと言うのだろうか、何故か景も涙を浮かべていた。



当時幼かった水穂にはもう魔力があった。
景はまだ幼すぎたため、まだそれを理解もせずに使っていた。

「ねぇ、名前なんていうの?」
髪の毛を二つに束ねた可愛らしい女の子が水穂に問う。
「水穂…上坂水穂。」
「ねぇ、一緒におままごとしましょ。」
「うん!」
それが水穂にとって初めての友達という繋がりだった。

「お姉ちゃん、僕も混ぜて…?」
姉が楽しそうにしているのを見てか、景は男の子たちと遊ばず水穂の所へ来る。
「景も、いい?」
「いいわよ。景君、水穂に似てかわいい!」
景は恥ずかしそうに頬を赤らめた。

「景がおままごとしてらー。」
そうからかいに来たのは男の子たち。
「別にいいじゃない!男の子もおままごとはできるのよ!お父さん役とかいるんだから!」
対抗して女の子たちはそうだ!そうだ!と叫ぶ。

「だいたいあんたたちが仲間はずれしてるんでしょう?」
「ち、ちげーよ!景はお姉ちゃんが大好きなんだよなあ?だからずっと一緒にいないとだめなんだろ!こいつ母ちゃんいねぇし!」
水穂はハッとして景の方を見た。
景は自分の服の裾を握って放そうとしない。

「お姉ちゃんも行くから、あっちで遊ぼうか。」
景をこのままにしておくわけにはいかない。
幼くても当時の水穂はそう考えたのだろう。
「うん…。」
景は小さく頷いた。


そのとき男の子たちが遊んでいたのは野球だった。
「女が野球していいのかよ。」
「関係ないわ。」
バッターボックスらしきところに水穂は立ち、プラスティックのバットを持って構えた。
まずはお手並み拝見ということで、水穂と景はバッターとなる。
本当の野球とは違い、外野は少なくホームに帰ってくるのも向かいの壁に触ればいいだけだ。

「手加減しねぇからな。」
ピッチャーは日ごろからよく野球をしている子だった。
ボールが向かってくる。
真っ直ぐのストライクボールだ。
運良く水穂は二回目でボールの芯にあてた。
そして無意識のうちに手から腕にかけて力を強化した。
これが水穂の魔力。身体強化系魔術師だ。

ボールはみるみるうちに小さくなり、見えなくなった。
「ほ、ホームランだ。」
1人の男の子が言うとみんなが騒ぐ。
「すげー!」「水穂すげーよ!」とみんな水穂を褒めた。

「じゃあ次は景だな。」
どうせ打てないだろうと片方の口角をあげ、鼻で笑ったピッチャー。
「景、みんなに見せつけてやりなさい。」
景は頷いてバッターボックスに立つ。
ピッチャーは水穂のときと同じようなボールを投げた。
景はその速い球を一回目で見極めた。
(ここだ!)
ボールの芯にバットをあて打つ。
だが幼い景はホームランとはいかなかった。
「景!走って!」
景は尋常じゃないくらいのスピードで走りホームに返った。
これが景の能力。日本人ならではの忍術系統魔術師だ。

「やったー!」
しんと静まり返った中、水穂の声が響いた。
「ば、…化けものだー!」
1人の男の子がそう言うと男の子たち全員は走り去った。
見ていた女の子たちは震えながら言った。
「野球する女の子は友達じゃない…この怪力女!」
水穂の目の前は真っ白になった。

そこで2人は自分たちの異常な能力に初めて気づいたのだった。
それから2人は友達という繋がりのないまま、アメリカで生活した。
そして、力のある彼らは修羅を求めた。
自分達を化け物だと言い張る子供たちと喧嘩はできても、殺し合いはできなかった。
そのことを父に告げるとにっこり笑ってくれたが、戦場へは流石に連れて行ってはくれなかった。

「いいか、父さんが戦ってるのは国同士だ。国相手に1人では戦えない。
お前たちは自分と周りの大切な人を守り、戦うことだけを考えろ。
お前たちは強い。でもな、大きな勢力を目の前に2人だけでは勝てないことは、良く覚えておけ。」

決まり文句のようにいつもそう言っていた父親が戦死したのはその3年後。
子供2人では生活できまいと、引き取られた先は日本に住む親戚だった。

2人は日本では能力を隠し、普通の生活をしようと決心した。
それでも、危機が迫ると無意識に魔力を使ってしまうし、なにより本能が戦場を求めていた。


「くそっ。」
ある日、あまりにも耐えられなくなった水穂は誰も見ていないところで拳を鉄のように固くし、電柱を殴った。
「姉さん…。」
景は心配そうにただ見つめていた。

「ねぇ、君達は魔力を持っているね。」
突然フードを被った、得体の知れない人物に声をかけられた。
水穂は勢いよく振り返った。同時に景も振り返る。
「君たちのその力が必要なんだ。その力を使って私の会社で働いてもらいたいんだ。」
詳しいことは聞かなかった。
力が使える。自分達を必要としてくれる人がいる。それだけで十分だった。

ただ、魔力は仕事以外では隠すことにした。
「アウトラリス様は俺達だけの家も手配してくれる!生活もできる給料もくれる!
なのに何で姉さんは学校に行きたいの?」
景は不思議で仕方なかった。
あれだけ力を隠すのに苦労していた姉が、一般人の多い学校へ行きたいと言う。

「友達という繋がりが、戦いと同じように欲しいのよ。」
それは友達を持ったことのない景にとっては理解しがたいこと。
「だからあたしは学生と仕事の生活をわけるわ。」
「姉さんが行くなら僕も行く。」

それが自分が2人いるということ。





「アフロディナーとアルデバランのやつ…!姉さんより下のくせに!
姉さん、俺があいつらこらしめてやる!」
昔とは打って変わって景は姉を守ろうと逞しくなった。
「やめときな、景。あいつらはそれをまた楽しむのよ。」
「でも…でも!姉さんは悔しくないの!?」
「ばれてないからいいの。」

そこで水穂の携帯が鳴った。

『双子座のカストルとボルックスがフルヴリアの方につきました。
急ですが今すぐ会議を行い次の双子座の決定を行いたいと思います。
どうしても無理な人は連絡を必ず下さい。』

レグルスからのメールだった。



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