第53話






それは、文化祭の1日目。
千空達の発表の前まで遡る。



「用は何だ、フルヴリア。拙者達をこんなところに呼び出して。」
「そうよ、慰音達だって暇じゃないんだから。」

屋台が無く、人もいない校舎裏。
話すのにうってつけなその場所に、千空は慰音と璃音を呼び出していた。

当然の如くそこでサボっていた月夜は、既に3人の気配を察知して隠れた後だ。

「お前達に話したいことがあってな。」

千空が言うと、慰音は皮肉気に笑う。

「あら、じゃあどうして1人なの?いつもの頼りになる取り巻きさん達はどこに言ってしまったのかしら。」
「…俺が1人できたのは、誠意を示すため、というところかな。」
「誠意だと?」

璃音が顔をしかめる。
千空は頷いて続けた。

「俺は、お前達に仲間になってほしいと思っている。」
「…あら、まあ。」
「本当に、呆れて声も出ないな。」

慰音と璃音が顔を見合わせてくすくす笑うと、千空は怒らずに言う。

「お前達は、本当は黎明の天秤の仲間として戦いたくは無いんじゃないのか?」

「…何の根拠があってそんなことを言うのかしら。
それに、もしそうだとしても貴方達の仲間になる理由が慰音にはわからないのだわ。」

慰音が微笑みと共に首を傾げる。
しかし、その目は笑っていなかった。

「前に、お前は言っていた。この世界は俺達に何もしてくれないと。そんな世界を守るつもりは無いと。」
「ならば、拙者達が仲間になるはずはないとわかっているだろう。」

璃音が嘲笑う。
千空は小さく首を振った。

「だが、お前は…双澄慰音は、こうも言っていた。
双澄璃音に、怪我をさせたくない、と。だから戦いは嫌だ、と。」
「それは…。」

慰音が言葉に詰まる。
それが本当のことだからだ。

「だから、お前は俺達の仲間になる。」
「勝手に決めないで頂戴。不愉快なのだわ。」

慰音が顔をしかめる。
璃音は口を出すことは無かったが、後ろで静かに頷いていた。

「考えておいてくれればいい。」

千空は余裕を滲ませた表情で、去っていく。
発表のために、体育館へ向かうのだろう。

「…姉上。」

千空が去った後も、顔をしかめたままの慰音を、気遣うように璃音が呼ぶ。

「わかってるのよ、璃音ちゃん。アウトラリス様を裏切るわけにはいかない。でも…。」
「拙者は、姉上の判断に従う。」

悔しさに顔を歪めた慰音を支えるように、璃音はその腕をそっと取った。



「どうだった?千空。」

一人で慰音と璃音の説得に向かった千空を待ちわびていた錬太が問う。

「いけるかもしれない。どうやら、双澄慰音はよっぽど戦うのが嫌らしいな。」

最初は顔に貼り付けていた薄い笑みがはがれるほど同様したらしい慰音。
その様子を思い出して千空は満足げに頷く。

「妹のほうは大丈夫なのかい?ほら…双澄璃音。」

名前を苦々しく紡ぐ明里紗は、例の双子を苦手としている。
初めて顔をあわせたときに見た、2人の戦い方が気に入らないのだ。

「ああ。あいつは、ただ姉のやり方に従うだけだろう。」

姉を守るように、いつも傍に立っている璃音。
一見して主導権を握っているように見えるのは璃音だが、実は慰音の意見に従っているだけなのだ。

「仲間が増えるですー!」

慰音に攻撃されたはずのまなは全く気にしていないらしく、ただ仲間が増えそうなのを喜んでいる。

「で、どうやって仲間にするんだ?」

悠夜が首を傾げる。

「あいつらの気が変わるのを待つしかないな。」
「え…それって大丈夫なの?」

千空の言葉に、華恋も首を傾げる。

「俺の提案を無視できないぐらいには、戦うのが嫌みたいだからな。」
「とりあえず今は、発表のこと考えようよ!」

錬太が全員を励ますように言う。

「緊張してきたですー。」

刻々と迫り来る順番に、まなが声を僅かに震わせる。

「緊張してんのかよ、まな。」

馬鹿にしたように悠夜が言うが、その声も僅かに震えているのをまなは聞き逃さなかった。

「栢山だって人のこと言えないですー。」
「バーカ、オレは違うんだよ。ほら、あれだ!武者震い!」
「じゃあボクも武者震いです!」
「じゃあって何だよ!」

段々と、いつも通り白熱していく言い争い。

「あー、引かれないかなあ。」

華恋が心配そうに呟く。
せっかく出来た友達である水穂には、あまり部活の話をしたことはないからだ。

「堂々とやってれば、それなりにちゃんとしたことをしてるように見えるもんだよ。」

明里紗が自信満々に言い、場の緊張が緩む。
それを見計らうかのように、千空が声をかけた。

「時間だ。行くぞ。」

千空の言葉に、顔をひきしめた全員は、しっかりとした足取りで体育館へ向かった。




『次はプログラム14番、魔法現象研究部による、研究発表です。』


体育館に、放送部によるアナウンスが響く。

「魔法現象研究部って黒羽君の部活だよねー!」
「部長はたしか神咲先輩だっけ?」

錬太が以前言っていた通り、千空と明里紗が客寄せとなり、満員になった体育館。

「…姉上、見に来る必要はあったのか?」
「いいじゃない、璃音ちゃん。…一応、アウトラリス様への報告のためにも見ておかないわけにはいかないでしょう?」

慰音はそう答えるが、それは建前だということは璃音にもわかっていた。
部外者も入れる今日はアウトラリスも来ているだろうし、どうしても慰音と璃音が見にこなくてはいけない理由は無いからだ。

「…見た目に騒ぐ馬鹿ばかりで、息がつまりそうだ。」

溜め息をつく璃音の肩を宥めるように抱いて、慰音も同意するように溜め息をついた。


「これから、魔法現象研究部の研究発表を始めます。」



その千空の言葉が響くと、体育館は一瞬、静まり返った。

「最初は俺、副部長の黒羽千空から魔法についての説明をさせてもらう。」

千空の言葉によって静まり返った体育館には、喋ることが許されない雰囲気が漂っていた。

「まず、魔法現象研究部では、魔法は物語の中だけでなく実際にあるものと仮定している。
これから行う発表は、それを念頭において聞いてほしい。」


魔法は本当にある、と言い切るわけにはいかない。
そのことを考えての前置きだった。

「昔から、人々は自分達には無い力で害を成す魔術師達を怖れてきた。
…そのせいで起こったのが、中世の魔女狩りだ。」

千空の話は誰もが知っているようなことを例に挙げながら続き、体育館の観衆は段々話に引き込まれていく。
悪い魔術師達が人々を魔法で騙す話や、危機に陥れる話。
続く悪い魔術師達の物語を遮るように、千空は言った。

「しかし、魔法を悪用する者ばかりではなかったと俺は思う。
魔法を人々のために使う魔術師もいたと思うし俺もそれが正しいと思う。」

千空と慰音達の目が合う。


「魔法は遺伝的に手に入る力だったと考えられている。
だから、きっと力を手に入れたくはなかったのに、手に入れてしまった者もいたかもしれない。
そのことで傷ついた者もいたかもしれない。だが、それでも、その力を使って復讐するのは間違ったことだったと思う。」

千空は一旦言葉を切り、問いかけるように言った。


「当時魔法の力を持っていた者が皆、人々のためにその力を使っていたとしたら。 …きっと人々は魔術師を信じてくれていたと思わないか。」


そして、話は締めに入る。

「魔法を使うのには勿論体力も必要だが、一番大切なのは精神力だと言われている。
人を憎む気持ちは確かに強いが、人を守ろうとする気持ちは本当に強い。
だから、きっと昔の魔術師達も、人に害を成す魔術師よりも人を守ろうとする魔術師のほうが偉大な魔法を使っただろうと俺は思っている。」

千空は一礼すると、幕の袖に入っていく。

「次はオレ、栢山悠夜が物体操作について説明したいと思います!」

入れ違いに出ていった悠夜が、軽快に話し始める。

「順調だね。」

明里紗が千空の耳元で囁いた。

「明里紗がちゃんと締めてくれれば、完璧だな。」
「任せときな。」

発表が終わり、意気揚々と帰ってくる悠夜。

入れ替わり、終始簡単に、誰にでもわかるように説明する錬太。

緊張した様子で出て行って、それでもしっかりと発表する華恋。

緊張していた様子が嘘のように、大きな魔方陣を背後に掲げて説明するまな。

そして、最後の明里紗が舞台に出た。

「最後はあたし、部長の神咲明里紗が少し話したいと思います。」

最初は自分の専門の魔法について発表するつもりだったのだが、先日、急遽内容を変えた明里紗。
この発表で、慰音と璃音に何か訴えられればと思ってのことだ。

「今回の発表で皆が説明したように、あたしは魔法って万能な物じゃなかったと思う。
それぞれ得意な分野があっただろうし、どんなに力の強い魔術師でもできなかったことはあるだろうね。」

明里紗は微笑んで続けた。

「これは、どこかの本に書いてあったことでも何でもない、ただのあたしの考えだけど。

あたしは、まだ世界のどこかに魔術師はいると思ってる。その人が魔法の力をどう考えているかはわからない。
…でも、あたしはその力を皆のために使ってほしい。そして、その周りの人達はそれを差別しないような人達になってほしい。
皆魔法を凄いって認めて、魔術師はその魔法を人のために役立てて…それって凄く楽しいと思う。」

「さっきも言ったように、魔法は万能じゃない。だから魔法で世界中の人を幸せにすることはできない。
でも、もしも魔法があったとしたら、それはとても人が幸せになることに役立つと思う。 …魔法が本当にあるかどうかはわからない。
でも、あたしは皆が魔法を認めて、信じることが魔法への第一歩だと思ってるよ。」


明里紗の礼と共に、体育館に響く拍手の音。
魔法が使えない普通の観客達にとっては身近に感じられる話ではなかっただろうが、皆それなりに楽しんでいたようだった。
幕の内で、千空達もほっと息をはく。

「面白かったねー。」
「皆かっこよかったね!」
「何か本当に魔法使えそうな感じしてきたよー。」

発表の終了によって静けさから開放された体育館は、再びざわめきに包まれていた。

「…姉上。」
「…行くわよ、璃音ちゃん。」

伺うような璃音に、慰音は手招きする。
歩き出す慰音の足取りに迷いは無く、間違いなく今朝の裏庭を目指していた。



「俺に何か用か?」

慰音に呼び出された千空が、意地悪く笑う。

「わかっているんでしょう、フルヴリア。…性格が悪い人は嫌いなのだわ。」

どこか諦めたように溜め息をつく慰音の隣で、璃音が千空を睨む。

「それは、今朝の件を了承ということでいいのか?」
「そうよ。貴方達の仲間になってあげるわ。」

諦めたように、それでも迷いなく言う慰音。
千空は、ふと真面目な顔で言った。

「俺達の考えが伝わった…と考えてもいいのか。」

精一杯、魔法に対しての自分の考えをこめた今日の発表。
それが伝わったのか、と問われた慰音は少し笑って、真剣に返す。

「さあ、どうかしら。ただ、慰音は璃音ちゃんと幸せになりたいだけ。
そのためには、こっちにいたほうがいいかなって思ったのよ。」

「で、それは勿論、黎明の天秤を裏切るということだが?」

確認する千空を、馬鹿にするように慰音は鼻で笑った。

「当たり前じゃないの。…貴方ってそんなにお馬鹿さんだったかしら?」
「…少しはその口、慎んだほうがいい。争いのもとだ。」

言っても直らないと諦めているのか、千空は溜め息をついて注意する。

「あら、ごめんなさい。あっちでは皆こうだったものだから。」

そう返す慰音は、仲間になると宣言したことで吹っ切れたように明るい。

「姉上、黎明のほうは…?」

まだ不安げに、慰音に問う璃音。
何のことかと千空は首を傾げたが、慰音はすぐに答えた。

「どうせ連絡しなくても、アルデバランかガンマの部下がすぐに知るでしょう。
…あの人に隠すのなんて、無理だわ。」
「あの人?」

千空は首を傾げたところで、腰に衝撃を感じた。
視線をさげて見ると、満面の笑顔でまなが抱きついている。

「千空!待ちきれなくて来ちゃったですー!…その様子からすると仲間になったですか?」

仲間になったことで大分軟化した千空と慰音の雰囲気を感じたのか、まなは嬉しそうに言う。

「千空―!」

千空がまなに頷こうとしたところで、遠くから聞こえる錬太の声が邪魔をする。

「お前なんで先に行くんだよ!」
「栢山が遅いのが悪いですー。」

先に待ちきれなくなって走り出したまなを、全員で追いかけてきたのだろう。

「えっとー、何かうまくいったみたいだね。」
「ああ。」

錬太の確認に、千空は頷く。

「あんた達は知ってるだろうけど、神咲明里紗だよ。よろしく。」

明里紗が慰音に手を差し出す。
確かに慰音と璃音のことを嫌ってはいたが、仲間になるということで仲良くしようとは思っているのだろう。

「双澄慰音よ。こちらこそ、よろしくお願いするわ。」

明里紗の意図がわかっていたのだろう。
慰音は、いつものように皮肉な言葉をかけることなく手を握る。

「ほら、璃音ちゃんも。」
「…双澄璃音だ。」

まだ慰音のように吹っ切れてはいないのか、無表情な璃音。
しかし、慰音に促されると手を差し出す。

「よろしくですー!」

その手を笑顔で握ったのはまなだった。

「一件落着だな!よし、店まわろうぜ!」

悠夜が声をかける。
和やかな雰囲気で皆が歩き出したところで、慰音が千空に声をかけた。

「そういえば。えっと…黒羽君?」

今までフルヴリアと呼んでいたためか、呼び方を確認するように語尾をあげる慰音。

「千空で良い。…慰音。」
「じゃあ、千空君ね。今日から部屋を借りることになるから…よろしく。」

嬉しそうに笑って言った慰音の言葉に、千空は目を丸くして驚く。

「は!?」
「今の家は、黎明の天秤のリーダーが用意してくれた物だからな。裏切るというのに使うわけにはいかないだろう。」
「黎明のほうにバレる前に、部下に荷物は運び出させておくわ。」

当然のように言うと、メールを打ち始める慰音。

「いおちゃんとりおちゃんも家に来るですかー?」

さっそく懐いたまなが、慰音の腰に抱きつく。

「ええ。次の家が決まるまでの間、ね?」

騒ぎながら遠ざかっていく全員を見て、千空は携帯を取り出した。

「…とりあえず、ローレンスに電話しておく。荷物も取りにいってもらおう。」

肩を落として言う千空の肩を、明里紗は慰めるように叩いた。

「賑やかになっていいだろう?まなちゃんも喜ぶ。」

明里紗の言葉に千空は再び溜め息をつくと、通話ボタンを押した。




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© 睦月雨兎