第55話





「ねぇ、こんなメールがまわってるんだけど。」

そう言って華恋が携帯を唐突に差し出したのは、文化祭が終わった次の日だった。
文化祭の片付けや先生の休日の関係で、平日ではあったが学校は休みだったのだ。

「どれ?」

悠夜が真っ先に携帯を覗き込み、メールを読み上げる。

『速報!黒羽君と神咲先輩が付き合い始めたらしいよ!確かにお似合いだけどちょっとショック〜。』

妙に女子高生な口調の悠夜に、まなが溜め息をつく。

「これと同じような感じのがあと4通。
…千空君、明里紗さん、誰かに言った?」

華恋の問いに、千空と明里紗は首を傾げる。
付き合うことになってすぐ、仲間全員に一応報告はしたが、他は誰にも話していない。

「俺は話してない。」
「あたしもだよ。」

2人の言葉に、錬太は仕方が無い、というように言った。
「外だったんでしょ?たぶん、誰か見てたんだよ。2人とも人気あるし…広まっても仕方ないんじゃない?」
「女子の情報網は凄いですよ…。」

まなが遠くを見て言う。
まなも少し前、毎日のように教室に来る悠夜と噂をたてられたことがある。
それで相当嫌な思いをしたことが、今の悠夜との不仲にも大きく関係している。

「まあ、女の子ってこういうの好きだしねー。」

華恋も携帯を閉じて同意すると、仲間として話し合うために千空の屋敷に来ていた慰音と璃音が顔をしかめた。

「慰音は理解できないわ。」
「拙者もだ。」

(やっぱり噂される側は嫌なんだよね…。)

慰音と璃音の様子を見ていてそう思った華恋は、こっそり反省した。




「で?新しい双子座はここに来るわけ?」
「来るってレグルスが言ってたんだけどなー。」
「私とアルデバランが調べたんだから間違いないわ。」

私立アシュリー学園の近くにある公園。
よく生徒のデートスポットにも使われるというそこにいたのは、スピカ、アフロディナー、ガンマの3人だった。
3人が何故こんな場所にいるのか。

それは、慰音と璃音のかわりの、新しい双子座をスカウトするためだ。
本来、幹部である星座の名を持つ者が引退した場合、その部下から後継者が選ばれる。
しかし、双子座は例外なのだ。

「しっかし、馬鹿げてるわよねー。双子座は2人じゃないと駄目、なんて。」

馬鹿げていると言いながらも、楽しそうな表情で言うスピカに、2人は軽く同意する。

「まあ…アウトラリス様が決めたことだから。」
「…うん。」

顔を見合わせて頷きあう2人に、スピカは溜め息をついた。

「ま、アウトラリスはそういう馬鹿げたお遊びが大好きだしね。私でも、何を考えてるのかわからないときってあるし?」

そう言って、スピカは先日の会議を思い出した。



「さて、全員に連絡はいっていると思うけど、カストルとボルックスが裏切った。」

席に着いたアウトラリスがそう言った瞬間、雰囲気が揺れる。
しかし、ざわめくことは無く、全員が大人しく話しの続きを待った。

「彼女達の裏切りは予想外だったけど…まあ、カバーできないほどじゃない。」

余裕をみせるアウトラリスに、全員は安堵の雰囲気をみせる。
普段は仲が悪いメンバーだが、やはり抜けたことには不安があるのだ。

「ちゃんと後継者候補は決めてある。」

アウトラリスの言葉に、アフロディナーが声をあげた。

「後継者は部下から出すのでは?」
「それは無理だね。」

アウトラリスの笑みを含んだ言葉に、ケイローンが首を傾げた。

「何故です?」

全員が興味深く見守る中、アウトラリスは言った。

「双子座は、2人でなくてはいけないんだ。そう決めたんだよ。」
「…ご主人様、これを。」

沈黙に包まれた場の雰囲気を破るように、レグルスがアウトラリスに書類を差し出す。

「ああ。」

軽く頷いたアウトラリスは、その書類をガンマに渡した。
「これが候補者だ。必ず、スカウトしてきて欲しい。…彼が、一番の適任なんだ。」
「…はい。」

不安げに頷くガンマ。
それを見たアウトラリスは、少しの間考えて言った。

「スピカ、アフロディナー、一緒に言ってくれないかな?」
「はい。」

即答したのは、アフロディナー。

「気分が乗らないわ。私が気に入りそうっていうなら考えてもいいけど。」

白く長い髪の毛先をいじりながら返事をしたのはスピカだ。

「保障する。スピカ、君は間違いなく彼が気に入るね。」
「なら行かせてもらうわ。」

満足そうに頷いたスピカに頷いて、アウトラリスはアルデバランを見た。

「アルデバラン、君も行きたいかもしれないが、今回は遠慮してくれ。」

恋人であるガンマが不安そうにしていれば、絶対に行くであろうアルデバランは顔をしかめた。

「彼は、男嫌いらしくてね。有望な人物だから、揉めてしまっては困るんだよ。」
「…了解しました。」

アルデバランが頷くと、アウトラリスは席を立った。

「そういうことだから、皆よろしくお願いするよ。」

あっさりと立ち去るアウトラリス。
後には、突然の裏切りに戸惑う部下達が残された。

「…気に食わないとは思ってたけど、まさか裏切るとはな。」

フォーマルハウトが、オレンジ色の髪を荒々しくかき回して吐き捨てる。

「それに対しては同意できるぜ、フォーマルハウト。」

いつもは会うたびに敵対しているアルデバランが、フォーマルハウトに同意した。

「もう、お前の見方してくれる奴もいねえなあ?」

アルデバランが次いでパーンを見ると、パーンは弱々しく顔をそむけた。
仲が良い、とまではいかなかったが、年が近いためかメンバーの中では比較的仲が良かった双子とパーン。

「パーンをいじめるのはやめなさいよー。」

アフロディナーが軽く言うが、その様子に本気は伺えない。

「ま、そういうわけでガンマ。場所は貴方達で調べて頂戴ね。」

スピカは言うと、その場を立ち去る。
軽く頷いたガンマとアルデバランも立ち去り、特に話し合うこともなかった全員はその場を後にした。




「で、全然来ないじゃないの。もう9時よ。学生の下校時間にしては遅くない?」

スピカが待つことに飽きてきたのか苛々と問う。

「ちゃんと調べたのー?ガンマ、私早く帰ってケイローンに会いたいー。」
「帰宅部だそうだから、すぐに帰ってくるはずだったんだけど…。」

まとまりの無い会話がかわされる中、スピカがふと何かの気配を感じたかのようにベンチから立った。

「スピカ?どうかしたの?」

アフロディナーが訝しげに問う。
しかし、スピカはそれを無視して声をあげた。

「そこのお兄さん、ちょっと来てくれない?」
「…僕、ですか?」

スピカの声に答えて公園に入ってくる青年を見て、2人は姿勢を正す。
さすがに、この人物がアウトラリスから紹介された人物だと気付いたからだ。

「…真宮征治さん?」
「はい、そうですけど…。どうして僕の名前を?」

さすがにおかしいと感じてきたのか、ガンマの問いに征治は顔を強張らせる。

「あなたを黎明の天秤っていうところにスカウトしようと思うんだけどー…。」

アフロディナーが言いかけると、征治の態度は急変した。

「意味がわかりません。失礼します。」

そう言って踵をかえす征治の顔には、明らかな怯えの色。

「おかしいなあ。全然私の気に入るようなタイプじゃない。」

スピカが不満げに呟く。

「それに、どう見ても2人いるようには見えないわよ?どうしてこの人なの?」

アフロディナーも首を傾げる。

「それは…」

と、ガンマが答えようとしたとき。


「二重人格だから。」


そう言って振り向くのは、征治。

「…なるほどね。」

スピカは、その到底笑みには見えない笑みに顔を歪めた征治を、満足げに見る。

「あんた達は、あのアウトラリスって奴の仲間だろ?」
「アウトラリス様を知っているの?」

ガンマの調べた資料には載っていないらしく、訝しげに問う。

「ああ。文化祭でスカウトされたからな。」

征治はそう返答すると、興味深くスピカを見つめた。

「ついていけばいいんだろ?」
「あら、物分りがいいのね?予想外。」
「だって、あんた面白そうだからさ。」

機嫌が良くなったスピカと、スピカにしか興味を示さなくなった征治。
ガンマは溜め息をついて、アフロディナーは目を丸くして2人を見比べる。

「黎明の天秤は面白そうだな。…神咲明里紗とは大違いだ。」
「神咲明里紗?」

黙って2人を見比べていたアフロディナーが口をはさむ。
肩をすくめた征治が返答した。

「もう一人の俺が、な。さっきも、失恋したからって一人で泣いてやがったんだ。」
「貴方とは全然違うのね。」

スピカが面白そうに呟く。

「真宮征治は臆病な人間だからな。」
「貴方も真宮征治でしょ?」
「俺は真宮征治なんて名前をつけられた覚えはない。」

征治が断言すると、3人は不思議そうに首を傾げた。

「じゃあ、あなたの名前は?」

一番疑問に思っていることを、スピカが問う。

「名前は無い。付けられてないからな。」

征治が答えると、スピカが投げやりに言った。

「じゃあ、貴方の名前はカストルね。組織のコードネームだけどかまわないでしょ?」
「ああ。気に入った。」

満足気に頷く、カストル。

「どうしてカストルのほうなの?ボルックスじゃなくて。」

双子座の二つある名前のうち、あえてカストルの名をとったスピカにアフロディナーが問う。

「だって、カストルのほうがかっこいいじゃない?」

軽く言ったスピカに、ガンマは深く溜め息をついた。




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© 睦月雨兎