第58話




「ち、黒羽くん!」


千空と錬太が話しているところに、女の子3人が押しかけて来た。
皆緊張しているのか、肩が上がっていて、真剣な表情だ。

千空は黙って続きを待った。


「神咲先輩と付き合うってほんと!?」

その言葉を聞いて、千空は小さく溜め息をついた。




「これで4回目だね。」

先程の女の子たちが去って行った後、錬太はそう言った。
まだ朝のSHRさえ終わっていないのに、既に同じことを4回も聞かれたのだ。

「もう勘弁して欲しい。」

こめかみに手をあて、千空はそう言った。



文化祭が終わって、いつも通りに始まった学校だった。

それでも生徒たちには文化祭の余韻が残っているのか、
あの人が誰に告白しただとか、あの人とあの人が付き合い始めただとか、
そんな噂で持ちきりだった。

特に話題となっていたのは千空と明里紗が付き合い始めたこと。

征治が明里紗に玉砕したことも、それなりに話題にはなっていた。




「なあ、黒羽。」

そこにクラスメイトの男子が話しかけてきた。

「お前もまた同じことを聞くのか?俺は明里紗と付き合うことになった。」

きりっとした表情で千空がそう言うと、その男子は少し驚いた表情を見せただけだった。

「あ、そうなのか。へぇ、おめでとう。」

今度は千空が驚いた顔をした。

「知らなかったのか。」

「そりゃあ、俺聞いてねえもん。それより、ほら。」

そう言って指差した方向は教室のドアだった。

「なんだ?」

「呼んでる。」

そこには、顔の知らない女の子が恥ずかしそうに俯き立っていた。


千空はやれやれといったように溜め息をして立ち上がり、ドアの方に向かう。

その様子を見た錬太は慌てて千空を呼び止めた。

「千空。」

「なんだ?」

千空は錬太の方に振り返った。

「まずはあの子の話聞いてあげて、ね。」

千空はどういう意味か良くわからなかったが、頷いた。
そして、女の子の方に歩いて行った。

「あいつ、頭いいのにこういうことには疎いよな。」

錬太はその言葉に思わず笑ってしまった。
錬太の好きな人を明里紗だと勘違いしたことを思い出したのだった。



すると今度はクラスメイトの女子が錬太に話しかけてきた。

「大地くん、呼んでるよ。」

千空と女の子がいたはずのドアのところには、笑顔で手を振る華恋がいた。



「どうしたの?」

華恋の元に駆け寄ると、華恋は嬉しそうに「良いこと思いついたの!」と言った。




その頃、隣のクラスでは水穂が先程の華恋との会話を思い出して項垂れていた。

「ねぇ、昨日の打ち上げ行った?」

なんとなく、そう聞いたのは水穂の方だった。
平日にもかかわらず、文化祭後の休みだった昨日はクラスの打ち上げがあった。

「行ってないよ。だって、水穂は予定あったんでしょ?」

華恋は当たり前のようにそう言った。

「いや、そうなんだけど。」

「だって水穂がいないと楽しくないし。」

「あ、ありがとう。」

水穂がはにかんだようにそう言うと、華恋は笑った。

「打ち上げかー。そういえば一回も行ったこと無いなー。水穂はある?」

「2、3回。」

「そっかー。
 わたしも楽しそうだなとは思うんだけど、みんな仲良い子同士でかたまるでしょ?
 なんかそれが苦手で。ほら、わたしって特別に仲良い子いないでしょ?
 今は水穂がいるけどね。」

そう言ってにっこり笑う華恋の顔を見て、水穂は良心が痛んだ。
いつまでも華恋の傍にいるわけにはいかないからだ。
黎明の天秤のメンバーとして。イオタとして。

「打ち上げって別にクラスじゃなくても良いんだよ。」

「え?」

「ほら、華恋は部活入ってるじゃん。」

「あ、そっか!」

「うん、そうだよ。別に今からでも遅くないと思うし、してもいいんじゃない?」

「そうだね!あ、それに新しい仲間もできたし、歓迎会の意味を込めてでも…」

華恋はそう言ってからはっとした。
仲間という言葉は水穂に話すには不自然かもしれないと気付いたからだ。

どう誤魔化そうかと試行錯誤している華恋の内情は水穂は気付いていた。
新しい仲間がつい最近まで黎明の天秤のメンバーであった双子の二人であることにも。

「…歓迎会?」

そう問うたのはわざとだ。
華恋を困らす為では無かった。
あえて歓迎会という言葉の方に疑問を抱けば、おのずと華恋は誤魔化しやすくなる。

「そ、そう!歓迎会!
 文化祭の発表でね、興味を持ってくれた子が新しく部員として入ったの!」

「そうなんだー。じゃあ、ちょうど良いんじゃない?」

「そうだね!ゆっくりやるなら週末の方が良いよね。
 あ、でもその子たち和菓子とかしか食べれないかなー…どうしよう。」

「へぇ、“たち”ってことは一人じゃないんだね。」

「うん、二人なんだけど。そうそう!その子たち双子なの!
 二人ともかわいいんだけど、雰囲気とかは全然違うの!」

「そうなんだ!双子かー珍しいねー」

知らないふりがこんなに辛いものだと痛感するのは華恋と友達になってからだ。
水穂は知らぬ間に自然に笑えなくなっていた。

「だよね!
 …あ、そうだ!早速千空君と錬太君に話してくるねっ。」



そう言って華恋が教室を出て行って、今に至る。

「あの二人、あたしのこと何も言わなきゃいいんだけど…。」

水穂はそう小さく呟いた。







「それでね、土曜日の夜にみんなでパーティーして、
 千空君の家に泊まれたらいいかなって。」

楽しそうに語る華恋に錬太も笑顔で頷いた。

「いいね。千空にも言っておくよ。」

「あれ、千空君は?どうしたの?」

そういえば。と付け足して辺りを見渡す華恋。

「うん、まあ、ちょっとね。」

「え、何?」

錬太が言いにくそうにすると、華恋は腰に手をあて、頬ふくらませた。

「もう!わたしに内緒にするの?」

「いや、内緒にしたいわけでは…」

「じゃあ、わたしにも教えてよ!」

「呼び出し、みたいな?」

錬太がしぶしぶそう言うと華恋は表情を一転させ、心配そうな顔をした。

「え…千空君、何か悪いことしたの…?」

「いや、そういうわけでは…」

「あ、もしかして珠州耶麻先生が呼び出したとか?」

部活のことで呼び出しされたのなら納得がいく。
千空は副部長だから。


「私がどうかした?佐藤さん。」

にっこり笑顔で聖茄が現れた。
あまりに唐突で華恋は一歩引き下がって驚いた。

「わ、びっくりしたー…。」

「そんなに驚かなくてもいいんじゃない?」

「先生、いつからいたんですか?」

錬太が少し警戒した表情で問う。

「黒羽君が何か悪いことしたの?ってくらいかな。
 話してた内容自体は最初から知ってるけど。」

意地悪そうに聖茄はそう答えた。

「「…」」

錬太と華恋は更に警戒した表情を見せる。

「なに、そんな怖い顔して。別に、あなたたちはそんな大した話してなかったでしょ?」

「あなたたち“は”ってどういう意味ですか?」

少し低い声で華恋が問う。
まだ警戒してるのは明らかだ。

「いや、黒羽君は大変そうだな、と思って。」

「え!?」

面白そうに思う聖茄に反して、華恋が青ざめたように大きな声を出す。

「そんな大きな声出さないでよ、佐藤さん。
 心配しなくとも、告白よ。こ・く・は・く!」

「告白?何のですか?」

聖茄は呆れたように溜め息をついた。

「あら、あなたもこういうことに鈍感だったのね。愛の告白のことよ。
 中学2年生の女の子が憧れの黒羽先輩に愛の告白してるの。」

「ええ!?」

明里紗さんがいるのに!?なんで!?と驚く華恋。
そんな華恋を無視して聖茄は話題を変える。

「それより、土曜日楽しそうね。私も参加していい?」

「え?」

そう言ったのは錬太だ。

「すっとぼける気?部活の顧問なんだから打ち上げくらい参加させてよ。」

「いや、打ち上げに顧問が参加なんて聞いたことないですよ。
 さすがに、それは…。」

「泊まるなんてことまでしないわよ、大地くん?」

そう言って錬太に迫る聖茄との間を抉じ開けるように華恋が間に入る。

「だめです!だめです!泊まるなんて絶対だめです!」

「あら、佐藤さん。私は泊まらないって言ってるんだけど。」

「打ち上げに来るのもだめです!」

華恋がそう強めに言ったと同時にチャイムが鳴った。

「予鈴よ、佐藤さん。そろそろクラスに戻りなさい。」

わざとらしい優しい声でそう言う聖茄。
華恋はしぶしぶ自分のクラスに戻って行った。

「大地くんも次の授業の準備してね。土曜日楽しみにしてるわ。」

錬太はまずいことになったな、と思いながら席に着いた。




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© 浅海檸檬