第7話




「早く席につけー。」

千空と錬太が教室に行くと、担任は既に教室に来ていた。

千空達の担任は、いつも来るのが早いのだ。
千空と錬太は慌てて教室に入る。遅刻にされては成績に影響するからだ。

そして、教室に入った2人は担任の隣に見慣れない女性を見つけた。

皆が席に座ると、女性は口を開く。

「珠州耶麻聖茄です。今日からこのクラスの副担任になります。よろしく。」

綺麗な字で黒板に書かれた「珠州耶麻聖茄」という文字の前で聖茄は微笑む。

「そういうことだ。この学校にも来たばかりだから色々教えてあげなさい。」

担任の「今日来たばかり」という言葉に、千空の頭を様々な考えが渦巻いた。

確かに、千空のクラスの副担任は先月学校を辞めている。
そろそろ新しい副担任が決まってもいいころだ。
しかし、このアシュリー学園には教師が大量にいた。新しい教師を雇う必要が無い程に。
今、この中途半端な時期に新しい教師が来るのは明らかに不自然。

千空と錬太の目が合い、互いの意思を確認するように頷きあう。
ホームルームが終わると、2人は静かに教室を抜け出した。


本来なら1時間目の授業が始まっているはずの時間。

千空、錬太、まな、華恋の4人は高等部の屋上にいた。
千空が通信魔法で召集したのだ。

初等部のまなは移動が大変なのだが、3人が高等部、1人が初等部という人数バランスでは、まなが移動することになるのは仕方が無かった。

3人はまず、今朝の怪しい気配の話をまなにした。

「で、どう思う?」

千空が問いかける。

「やっぱり怪しいわ。今朝、錬太君が言ってた新しい先生っていうのにあてはまるし。」
「そうだよね。それに、この学校、当分新しい先生を雇う予定は無かったはずだし。」

華恋と錬太の意見に千空も言った。

「そうだな。よりによって、華恋が変な気配を感じた今日に来たっていうのは偶然とは考えられない。つまり、あの先生は黎明の天秤の手先で俺達を倒そうとしている可能性が高い。」
「私達に見つけさせるために、わざとわたしに気配を感じさせたってこと?」
「その可能性もあるってことだ。」

皆が沈黙した。もし千空の言うとおりだとしたら、相手はかなり力のある魔物だ。
そのとき、それまで黙っていたまなが口を開いた。

「気配を探ってみたらいいと思うです。」
「そうだな。とりあえず俺と錬太で調べよう。華恋は会う機会がないだろう。」

4人は頷きあった。


2時間目は数学で、担当の先生が出張に行ったため担当は聖茄に代わった。
これも、いきなり出張に行くなんてありえない。

きっと、千空達が自分に接触しやすくなるように、と聖茄が仕組んだのだろうと千空は考えていた。

 教室に戻ると、まだ聖茄は来ていなかった。

千空と錬太が座ると同時にチャイムが鳴る。
そして、同じ瞬間に聖茄が入ってきた。

「今日は先生がいないので自習です。わからないことがあったら呼んで下さい。」

もちろん、聖茄に自然に話しかけるチャンスは今しかない。

千空はタイミングを見計らって手を挙げた。
聖茄が千空の横に立つ。

「この問3の問題なんですが――――。」
「あぁ、これはね………。」

聖茄の説明する間に何も見落とすことの無いように、観察する。

結い上げた黒髪に黒い瞳。典型的な日本人の特徴だ。

顔は整っている。眼鏡をかけていても隠せない美貌。男子達が騒ぎ出しそうな美人だ。

服は外国のブランドの高そうなスーツ。

特におかしい場所は見つからない。

それに香水だろう、花の香り。

(花の香り?)

千空はそこで観察を止めた。

たしか、華恋は朝、花の香りがしたと言っていた。

千空は魔力で聖茄の様子を探った。
つまり、華恋が使用しているのと同じような方法だ。

(これは―――?)


「わかった?」

聖茄の呼びかけで千空は我に返った。

「あ、はい。」

慌てて返事をすると、他の生徒の元へ行く聖茄の背中をじっと見つめる。

聖茄が去った後に残るのは、むせ返るような花の香り。


千空は、華恋と同じ方法を使用しても相手に魔力があるかどうか確かめられなかった。

花の香りの仕業だ。

あれは、相手に探られるのを防ぐために意図的につけた香り。

相手に魔力を探られるのを防ぐための、魔法。

千空も、自分の身を魔物から守るために使用していた。
魔物は強い魔力に反応して寄ってくる。だから、自分の魔力を隠すために。
聖茄が魔者かどうかはわからなかったが、少なくとも魔法関係者だということはわかった。

聖茄が魔法を使っていたからだ。


千空は通信魔法を使い、他の3人に召集をかけた。
こうして、4人は3時間目もサボることになったのだ。


「あいつは絶対に魔法関係者だ。」

千空は、自分の調べたことを報告した後に、そう断言した。

「でも、どうして千空君はわざわざ魔法を使って調べないと花の香りがわからなかったの?わたしはすぐにわかったのに。」
「よくわからないが、華恋は常に魔法を使っている状態にあるんだろう。」
「そういうことってあるの?」
「まあ、たまにそういう体質の者もいる。」

千空は華恋に言った後、改めて戦いの宣言をした。

「今日の放課後、あの先生を呼び出す。」
「どこに?」
「この場所に。」
「ではでは、魔方陣を描いておくですー!」

まなが元気よく言った。自分の出番が来たことが嬉しかったのだろう。

「私と錬太君はどうすればいい?」

華恋が聞いたのは足手まといになるか、だった。

強力な相手と戦う場合、自分の身を守ることができない2人は隠れていたほうがいい。

「扉の裏にでも隠れておいてくれ。今回は相手の力が分からない。」
「ローレンスさんは呼ばなくていいの?」
「今回の相手は一人だからな。必要ないだろう。」

千空の予想が正しいのか違っているのか、分かるのは放課後。


 放課後、聖茄は千空に呼び出された時間、ピッタリに屋上に来た。

「黒羽君。私に用事って何?」

千空の姿が見えないことに戸惑った様子で聖茄が屋上に入る。

1歩、2歩、3歩。

地面がパァッと光った。

聖茄の足元にあらわれる魔方陣。

まなが事前に描いておいた魔法陣が発動し、聖茄は身動きがとれなくなっていた。
魔力を持つ者を縛る魔法陣だ。

「どうやら、私の正体はばれていたみたいね?」

扉の裏から姿を現した千空に、聖茄は薄く笑って声をかけた。

「あんな香りをさせていればね。あれは俺達に気づかせるためですか?」

聖茄は抵抗する気が無いようなので、千空は少し会話をすることにしたらしい。

数歩、聖茄のほうに近寄った。

「まぁね、それもあるけど。もう一つの理由は秘密よ。」
「良いですよ。誰にでも秘密はありますから。それより、貴方は敵ですか?」

千空の目が鋭くなった。

聖茄は小さく笑う。

そして、千空の問いには答えず、言った。

「扉の裏に隠れている3人も出てきたら?」

扉の裏から戸惑いの表情を浮かべたまな、錬太、華恋の3人が出てくる。

「この体制は少し疲れるから座らせてもらうわよ?」

聖茄がそういって腕をふると、まなの魔方陣が消えた。

4人の顔に緊張した表情が浮かぶ。

魔方陣を消す、それは有り得ない行動。

とてつもない魔力の持ち主にしか出来ないことだ。

「何もしないから座ったら?」

聖茄の言葉に、4人は警戒しながらも従った。

「お前は敵か?」

千空の再びの問いに、聖茄は答える。

「私は中立よ。見方にも敵にもならない、傍観者。」

誰も予想していなかった答えだった。

次は反対に聖茄が問う。

「貴方はトレゾールが無くなれば、貴方達の敵に奪われればどうなるか、知ってる?」
「知っている。」

千空は短く答えた。
まなが続ける。

「トレゾールは、魔物の住む異界とこの世を繋ぐ扉を封印しているです。もしトレゾールが無くなれば、魔物がこの世に出てきてしまうです。」
「そうだ。そして、そうなれば魔物と戦える程強い魔力を持った者しか助からない。」

千空も言った。

錬太や華恋、まなのような者達は魔物と戦えない。

つまり、トレゾールが無くなれば生きていくことが出来ないのだ。

毎日、休む暇もなく魔物と戦い続ける。
そんな地獄のような世界では千空も生き抜けるかどうか怪しいだろう。

華恋と錬太は唖然とした。2人は知らなかったのだ。

「つまり貴方達は、そんな世界になったら自分達が困るから戦うわけでしょう?」
「まぁ、簡単に言えばそういうことだな。」
「でも私はどちらが勝ってもいいの。別にどちらの世界でも困らないから。」

これは、かなり予想外なことだった。

黎明の天秤も、魔物のいる世界になって困らないわけではない。
黎明の天秤が何故トレゾールを壊そうとするのかは知らないが、魔物の住む世界になんらかの利益を見出しているのだろう。

聖茄が魔物の住む世界で全く困らないというのであれば、それだけの魔力があるということだ。


沈黙した空間にチャイムの音が響いた。

聖茄は先生の顔に戻って言う。

「もう下校時間よ。はやく帰りなさい。」


4人が帰った後の屋上、聖茄の姿に異変が生じていた。

銀色の髪に銀色の瞳。日本人には有り得ない色。

日本人だけではない。

これだけ完璧な銀色というのは、人間には有り得ないだろう。

そう。

それは、まるで魔者のような。

姿を変えた聖茄が呟く。

「私は、どちらの世界になっても困らないのよ。」


 だって私は、人間と魔者の混血だから。





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© 睦月雨兎