第8話



24年前の8月20日、珠州耶麻 聖茄はこの世に生まれた。

見た目は普通の女の子。
しかし、聖茄の父、エスターテは魔物。母、珠州耶麻 奈津は人間であった。
つまり、聖茄は魔物と人間の混血。

聖茄はそのことを知ったのはまだ6歳のとき。



18年前の9月9日。

引っ越しの準備のためダンボールに必要な荷物を詰めていた奈津の背中に聖茄は問うた。

「ママ…。またお引越しするの?」
「そうよ。今度はイギリスだからね。」

振り返らずに答える奈津。

「いぎりす?」

まだ幼い聖茄にとってイギリスは未知の世界だった。

「そう。イギリス。」
「ママ、わたし、お引越し嫌い。」

それまで、荷物をまとめていた、奈津の手が止まり、奈津は背後から話しかけていた自分の娘の顔を見てから口を開いた。

「どうして?」

今まで何度も引っ越したのに、その引っ越しに対する気持ちを打ち明けたのは今回が初めてだったため、奈津は驚いたのだ。

「だって…、もう疲れたの。いろんなところに行って、わたし疲れた。それに、友達だって作るの大変なんだよ…それに…それにね?」
「ごめんね。ごめんね、聖茄。」

引っ越しには深いわけがあるのだ。

奈津は自分の愛する娘をぎゅっと抱きしめた。



エスターテと奈津は日本で出会った。

奈津は魔物と戦い、傷を負っていた。

エスターテは相手を倒すチャンスだと奈津に近寄った。

しかし、奈津があまりにもかわいそうだと思ったエスターテは奈津を助けてしまった。


エスターテは救急セットを買い奈津の怪我の応急処置をした。

「痛いか?」

人間の姿をしていてもエスターテは魔物。
奈津は自分の状況が不思議でしかたなかった。

「どうして助けるの?」

その声は震えていた。

「何故だろうな。俺にもわからない。」
「貴方、魔物でしょう?」
「ああ。」
「だったらどうして!?」
「この戦が嫌になったんだよ。」


二人はそれから恋に落ちた。

奈津は助けてくれた魔物 エスターテを愛し、エスターテは人間 奈津を愛した。

二人ともお互いの世界のルールを破った。

それが見つかったのは、聖茄が3歳のとき。

人間の方がエスターテの邪気を感じとったのだ。

それから二人は世界中を逃げ回った。

お互い、愛する人の仲間と戦いたくないのだ。



「ママ。」

奈津は我に返った。昔のことを思い出していたのだ。

「わたし、我慢するね。きっと、何かあるんだよね。だから、あたしママのために我慢する。」

幼いながら、自分たちのことを聖茄は理解してくれた。

「ありがとう、聖茄。」
「でもね、だからね、ママに教えて欲しいことがあるの。」
「なあに?」

どうせ、些細なことだろうと思っていた。

「どうしていつも、飛行機とか車とか船とか使わないの?」

引越しの交通手段のことを言っているのだ。
いつも交通機関など使わない。

瞬間移動しているのだ。

公共の機関を使うと目立ってしまうから。

「聖茄はいつも眠っているから分からないのよ。」

奈津は誤魔化した。

「ううん。聖茄知ってるの。」

予想外の言葉に奈津はびくりとした。
このことがばれたら聖茄には何と説明すればいいのか困る。

まだ幼い聖茄に人間と魔物の混血の話をしたくなかった。

「あたしね、パパとママが不思議なことできるの知ってるの。」
「聖っ…!」
「わたし、本当のこと知りたいの。隠し事なんて嫌っ!」
「聖茄…。」

聖茄の言葉で奈津は全てを話すことを決心した。

聖茄はきっと分かってくれる。そう信じて。



全てを話した。これ以上伝えることはない。

聖茄は下を向いてじっと立っていた。

奈津は聖茄を大人しい子だと思っていた。
しかし、違った。

聖茄は小刻みに震えていた。

奈津が声をかけようと息を吸ったとき、聖茄は家の外へと飛び出した。

追いかけようとしたとき、奈津は死んだ。
そして、ほぼ同時に別の場所でエスターテも死んだ。

エスターテの知り合いに殺されたのだ。

何故ならルールを破ったから。



聖茄は一人、大きな橋の上で泣いた。涙が枯れるまで泣いた。

まさか自分がそんな微妙な立場にいるとは思わなかったのだ。

だが、聖茄は強かった。

時間はかかったが、自分が魔物と人間との混血だということを認めた。

お父さんが魔物でも、お父さんであるのには変わりない。お母さんが不思議な力を持っていても、お母さんであるのには変わりない。

お父さんが魔物でもお母さんが不思議な力を持っていても、自分が両親を好きなのは変わらない。

聖茄は家に向かった。



家に帰ってみると、二人はいなかった。机の上に一枚の紙が置いてあった。


 聖茄へ

   まず始めに謝ります。ごめんなさい。

   聖茄がまだ小さいのに、お母さんは大変なことを言ってしまいました。

   本当にごめんなさい。

   そして今日お父さんと、お母さんは聖茄の前からいなくなります。

   だから聖茄に伝えなければいけないことがあります。

   強くなりなさい。

   聖茄は強くなれるはずです。

   呪文のメモを残しておきます。

   それを頼りに頑張りなさい。


  追伸

   エスターテ。イタリア語で夏という意味。

   奈津。読み方は夏。

   あなたにはもう一つ名前があります。

   ”エーテ”

   フランス語で夏という意味。

   太陽に向かって成長するひまわりのように大きくなりなさい。


                           お母さんより



聖茄はまだ屋上にいた。そして泣きながら言った。

「お母さん。わたしはひまわりのようになれないわ。」



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© 浅海檸檬