第9話





「また泣いているのか、エーテ。」

先程までは聖茄しかいなかった屋上。

そこにいつの間にか現れた男は、泣いている聖茄に声をかけた。

整った顔立ちの、黒髪に黒い瞳の男。この学園の大学に所属している男、月夜だ。

月夜の、姿が変わっていく。
背が少し伸び、見た目が聖茄と同じぐらいの年齢になる。
髪と瞳の色も、聖茄と同じ完璧な銀色に。

自分の姿を自由に変えられるのは、魔者と相当な魔力の持ち主だけ。

月夜にも、魔者の血が入っているのだ。

「いいでしょう、別に。」

聖茄は手の甲で涙をぬぐい、付け加える。

「昔のことを、思い出していたの。」
「そうか。」

小さい声で呟いて、月夜は空を見上げる。

そして少しの沈黙の後、唐突に千空達の話を始めた。

「あの少年達も、まさかこの学校に傍観者が2人いるなんて気づかないだろうな。」
「そうね。私が魔法を使って、自分の魔力を探られないようにしていた理由。
 黒羽君達は、私の存在を彼等に教えるためだと思ったみたいだけど。」
「全然わからなかったみたいだな?」
「想像もできなかったんでしょう。本当の2つの理由。
 私が混血だってバレないようにすることと、私に注意を引き付けて貴方のことに気づかせないため。」
「俺達が傍観者だからといって、全く手を出さないわけじゃないからな。
 黎明の天秤にも接触するし、常にあの少年達に見張られていては動けない。エーテ、お前をおとりにして、その間に俺は動ける。」

ぬけぬけと聖茄を利用する、と言い放った月夜に、聖茄は怒ったような顔を見せた。

「エストレアは出会ったときから少しも変わらないわね。出会ったときから、何でも自分が中心だった。」 「エーテも、出会ったときから少しも変わらない。出会ったときから泣き虫だった。」

いつの間にか、2人の上に広がる満天の星空。

それを見て、2人は同時に出会ったときのことを思い出した。

「そう。たしか、あの日も星が綺麗だったわね―――。」



その日、聖茄は1人で夜道を歩いていた。

聖茄は11。小学6年生になっていた。

父親が魔者だったため戸籍は無く、本当は学校に行くことが出来ない。
しかし学校に行かなければ近所の者に怪しまれるので、役所の人間を魔法で操り、小学3年生のときに自分の戸籍を作ったのだ。

このとき、聖茄は小学校から帰るところだった。靴を探していたら、遅くなってしまったのだ。

さすがに良心が咎め、燃やすことはできなかったのだろう。
散々探し回った靴は、焼却炉の前に置いてあった。

そう。

聖茄は「いじめ」にあっていたのだ。

原因は、聖茄の変わった髪と瞳の色だった。
銀色という珍しい色のせいで、クラスのリーダー的存在の女子に目を付けられてしまったのだ。

聖茄はこのとき、呪文無しで魔法を使えるようになっていた。

魔者は、魔法を自分の手足のように操る。呪文など、必要としない。

しかし、聖茄には人間の血が混ざっているため、魔力の覚醒が遅かった。
つまり、戸籍を作った小学3年生になるまで自由に魔法を使うことができなかったのだ。

しかし、今は使える。

人を操ることも、自分の見た目を変えることもできる。
自分の銀色の髪と瞳を、日本人のような黒にすることもできる。

しかし、聖茄はしたくなかった。

死んだ父親から受け継いだ色、死んだ母親が綺麗だと褒めてくれた色。
その色を変えることなんて、出来なかった。

聖茄の目から涙が零れる。

世界が不思議で、悲しかった。

父と母は人間と魔者というだけで愛し合うことを許されず、殺された。
そして自分は、ただ髪と瞳の色が違うというだけのことでいじめられる。

「こんな世界、壊れてしまえばいいのに。」

口から零れ落ちた、自分の気持ち。
その言葉に、返事が返ってきた。

「お前も、そう思うか?」

驚いた聖茄が声のほうを振り向くと、そこには自分と同じ色を身に宿す少年。

「貴方は誰?」
「俺は七瀬月夜。魔者としての名前はエストレア。お前と同じ、人間と魔者の混血だよ。」

さらに驚く聖茄を見て月夜は、にやり、と笑って続ける。

「そしてお前は、珠州耶麻聖茄。魔者としての名前はエーテ。この世に2人しかいない混血の、もう1人だろ?面白い話があるんだ。話してやるから家に案内しろよ。」

呆気にとられた聖茄には、頷くことしか出来なかった。


家に着いて聖茄が2人分の紅茶を入れると、月夜は話し始めた。

「この世界には、トレゾールという不思議な宝玉がある。トレゾールは魔力によってこの世界と異界を繋ぐ扉を封印している。知ってたか?」

聖茄が首を横に振ると、月夜は続けて話し出した。

「魔術師は魔物を召喚するとき、魔法でトレゾールの封印を少しずらして魔物を引き出す。
 強い魔物を召喚しようと思えば、それだけトレゾールを大幅に動かすことになるから、大量の魔力が必要になる。」

月夜は、ちらりと聖茄のほうを見て、聖茄が話しについてきているか確認する。

「でも、魔物がこの世に来る方法は、その1つだけじゃない。
 たまに、異界から封印の弱い場所を探してこの世に来る魔物もいる。それが、俺たちの親だ。」

聖茄は突然の話に戸惑っていたが、想像力を総動員して考えた。

「つまり、そのトレゾールが魔物から人間を守っているの?」
「まあ、そういうことだな。」

月夜は満足そうに頷いて、問う。

「それで、トレゾールを壊そうとしている組織がある。トレゾールが壊れるとどうなる?」
「魔物がこの世にたくさん来て、たくさんの人間が殺される?」
「そうだ。その組織、黎明の天秤の奴等の意図は知らないが、とにかくトレゾールを壊そうとしているらしい。
 そして、トレゾールを守ろうとしている者もいる。フルヴリア家と、リーズロット家だ。奴等は魔術師の家系として有名で、トレゾールは奴等が作ったらしい。」

聖茄は、自分の頭の中を整理するように言った。

「つまり、トレゾールを壊そうとする黎明の天秤と、守ろうとする者達が戦ってるのね?」
「そうだ。」

月夜は、紅茶を一口飲んで続ける。

「そして、俺達は黎明の天秤とフルヴリア、どっちが勝っても生きていける。」

そこで初めて、聖茄は全く意味がわからない、というように首を傾げた。

「どうして?私は、魔者と魔術師の両方に追われていたわ。お父さんとお母さんが規則を破ったから。」
「それは、父親と母親が追われていたんだ。」

違いがわからない、というように、さらに首を傾げる聖茄を見て月夜は溜め息をついた。

「魔物には同属を殺さない、という規則がある。魔術師に召喚され、戦うことを命じられた場合は別だが。その規則によって、お前と父親は死なずにすんだだろう。
 つまり、フルヴリア達が負けて魔物の世界になったとしても俺達は生きていける。」
「黎明の天秤が負けて、このまま人間の世が続いたら?」 「そのときは異界に住んでもいいし、この世で今まで通り生活してもいい。
 魔者と人間、両方の魔力を受け継いだ俺達は強いし、戦えば簡単に殺されることはない。」

聖茄は、ふいに溜め息をつく。

「詳しいのね。私は、これからも逃げて暮らさなければいけないと思っていたわ。
 でも、どうしてそんなに詳しいの?どうして私に教えてくれるの?」
「両親に教えてもらった。そしてお前に教えたのは、共犯者になりたかったからだ。」

月夜の悪戯気な笑みを、聖茄は見つめた。

「共犯者?」

「あぁ。俺達は、戦いに参加する必要はない。傍観者になればいいんだ。
 そして時々、俺達の都合が良くなるように、俺達が気に入るように手を出す。面白そうだろ?」
聖茄は目を丸くした。
「さぁな。いけないことかもしれない。だから共犯者なんだ。
 でも、俺達は今まで散々苦労してきた。だから、少しぐらい俺達の思い通りに世界を動かしてもいいはずだ。」

考えたことも無かった。
世界に虐げられず生きる、人生など。

「少しでも暮らしやすく、世界を変える…?」
「そうだ。やるだろ?」
「…うん。」


この日からは聖茄と月夜は傍観者になった。2人で共犯者になったのだ。

聖茄は1人では無くなり、やりきれない孤独感を感じることも無くなった。

その後聞いたことだが、月夜の母は魔者の中でもトップを争う程の魔力の持ち主だったそうだ。
そして名の知れた科学者であり魔術師だった父は、月夜が事実を受け入れることが出来る年齢だと判断すると、全てを知らせて母と出て行った。

追っ手の目を自分達に引き付け、月夜と聖茄に目が向かないように。


 「ねぇ、どうして私がもう1人の混血だって分かったの?」

学校の屋上、星空の下で聖茄は月夜に聞いた。

「髪と瞳の色でわかるだろう、俺と同じだから。大体、魔力を隠してもいなかったしな。」

そこで月夜は、ふと気づいたように聖茄に問いかけた。

「そういえば、色を変えるのは嫌だとか言ってなかったか?」

髪と瞳を黒にしたことについて言っているのだろう。

聖茄は大きく溜め息をついた。

「今さらな質問ね。エストレア。
 怪しまれないように普通の日本人になれって言ったのは貴方でしょう?しかも10年以上前に。」

聖茄は夜空を見上げて言った。

「いいのよ。今は1人じゃないから。私がどんな色に変えていても貴方が覚えていてくれるでしょう?」
「もちろん。」

月夜は頷く。

2人が、「聖茄」「月夜」と呼び合わずに魔者としての名前で呼び合うのには理由がある。

それは、お互い以外にその名前を知る者がいないから。
人間としての名前と同じくらい大切な、親から授かった名前。

しかし、誰にも呼んでもらうことはできないから。だから、せめて2人のときだけは。

2人は笑い合うと、立ち上がって瞬間移動の魔法陣を描き始めた。

「明日は学校だから、早く寝ないと。教師が遅刻なんて示しがつかないわ。」
「俺も明日は学校だな。単位数がまだ足りてない教科があるから。」

聖茄は少し顔をしかめて言う。

「貴方が大学生って違和感があって嫌だわ。本当は私より2歳も年上のくせに。」
「俺には教師はむいてない。珠州耶麻先生の授業を楽しみにしてるよ。」

2人はまたクスクスと笑いあうと、家に転移した。

2人の関係は、友人でも恋人でもない。

ただ、誰よりも大切な共犯者であり、仲間。

その微妙な関係がどう変化していくのかは、これからの2人が決めること。



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© 睦月雨兎