番外編 「十五夜に語る過去」






コンコン

暗い室内にノックの音が響く。

月明かりさえもカーテンで遮った室内に悠然と座っているのはアウトラリス。
黎明の天秤の、正体不明なリーダーだ。

「どうぞ。」

アウトラリスが促すと、扉がゆっくり開いた。

「失礼します。」

開いた扉から入ってくるのはレグルス。
若い見た目に反して、黎明の天秤の13人の幹部のうちNo.5という位置についている青年。
誰の趣味なのかいつも執事服を着ているレグルスは、今日も当然執事服だった。

「フルヴリアの新しい情報が入りましたので報告に参りました。」

そう、用件を告げながら入室するレグルス。レグルスはアウトラリスに気に入られ、秘書のような役割も果たしている。
そのため、真っ先にそういう報告を持ってくるのはレグルスだった。

部屋に入ったレグルスは部屋の電気が消えていることに驚いた様子をみせ、スイッチに手を伸ばす。

しかし。

「あぁ、そのままにしておいてくれるかな。」
「はい。」

アウトラリスの言葉に、レグルスは素直に従った。

闇に目が馴れていないため視覚はあてにならなかったが、レグルスは気配を頼りに、アウトラリスが座るソファの前に立つ。

「フルヴリアの仲間の仲間となった魔者のローレンスのことですが、やはり魔者が相手というのは少し分が悪くなります。
そこで対策を考えたのですが…」

と、そこでレグルスの言葉は遮られた。

いつの間にかレグルスの背後に立ったアウトラリスが、レグルスを軽く抱きしめたのだ。

アウトラリスはずっとこの場所にいるため、目が闇に馴れている。
しかし、レグルスはまだだ。

いつもの、自分の姿を隠すためのフードをアウトラリスが身につけていないため、アウトラリスの髪がレグルスの首をくすぐった。

黎明の天秤内でアウトラリスのフードをとった姿を知っているのはレグルスだけ。
それは光栄なことだったが、今はそんなことを考えている状況では無かった。

「ご主人様?」

レグルスは困惑した声を出す。
脈絡の無い主人の行動と、気づけなかった自分に対して。

レグルスはアウトラリスの秘書のような仕事をこなす一方、戦闘部隊の一員でもある。
当然人の気配にも敏感で、例え目が見えなくても後をとられて全く気付かない、ということはありえない。

その相手が、たとえ主人であっても。

「報告を続けてくれ。」

アウトラリスが何も無かったかのように言う。

それが主人の望みだと判断したレグルスは、首筋に吐息がかかるのも気付かぬふりで、ごく普通に返答した。

「フルヴリアの魔者、ローレンスの対策なのですが、過去にこの世に来たときに何かあったようです。
そこを探っていきたいと思います。
また、他の仲間に関しても…っご主人様っ?」

普通にふるまっていたレグルスだが、耳を甘噛みされて、さすがに声を上げた。

「報告を続けてくれ、と言ったはずだよ?」

アウトラリスは、意地悪そうに笑ってレグルスの肩に歯をたてる。

「っですから、他、の仲間の過去、も、…。」

とぎれとぎれに、それでも言葉を紡ぐレグルスを、くすっと笑うとアウトラリスは開放した。

途端に、アウトラリスのほうに向き直るレグルス。
また同じ状態にならないように、という警戒だろう。

しかし、アウトラリスはレグルスの予想に反して、次は前からレグルスを抱きしめた。

当然、レグルスが主人を突き飛ばすことなど出来るはずがなく、レグルスはただ諦めるしかない。

そんなレグルスの内心に反して、アウトラリスは何もしてこなかった。

「ご主人様?」

レグルスが不審に思って声を上げると、アウトラリスは不意に呟く。

「私は、自分が何をしたいのか分からなくなってしまったんだよ。」
「…?」

レグルスが困惑の表情を浮かべると、アウトラリスは自嘲の笑みをうかべた。

「別に君に答えを求めているわけじゃないんだ。
ただ、自分が何故戦っているのか忘れてしまっただけ。独り言だよ。」
「戦うのが…嫌になったのですか?」
「違うよ。…不安になったかな?」

アウトラリスは、くすっと笑う。

レグルスが首を横に振った。

「いえ。自分はご主人様が自分を必要として下さる限り、従うだけですから。
ご主人様が戦いを止めたいと思えばそれに従うまでです。」
「そうか…。」

アウトラリスは、そう言って沈黙する。
不意に、しばらく続いた沈黙をレグルスが破った。

「ご主人様は…、ご自分のことをお話になりません。」
「ん?」

アウトラリスが疑問の声を上げる。

レグルスはアウトラリスの背中に、そっと手を回した。

「貴方がどうして戦っているのか、自分にはわかりません。自分は、ご主人様のことを何も知りませんから。」
「それは、話して欲しい、という催促かな?」
「いいえ。ご主人様がお話になりたいときに話してくだされば結構です。
でも…忘れないでください。自分でよければ、いつでも聞かせていただきますから。」
「…ありがとう。」

アウトラリスは一瞬目を見開き、その後、嬉しそうに微笑む。

抱きしめられているレグルスには見えなかったが、それは雰囲気で分かった。

「では、少し話させてもらおうかな。本当に少しだけ。きっと、聞いても意味がわからないだろうけど。」

それでもいい?と、問うようにアウトラリスは言う。

「お話になって、ご主人様が満足なさるなら。」

レグルスの迷いの無い返事を聞いて、アウトラリスは話し始めた。

「きっと、私はあのことが原因で戦っているんだろうね。彼と、彼女が死んだこと。
あのとき、私は怒っていたんだろうね。
でも、今は思い出せない。悲しいことだね。自分の感情を失うというのは。」

悲しい、と言いながらも明るい調子で言うアウトラリスに、レグルスはポツリと問う。

「親しい方を、亡くされたのですか。」
「ずっと昔。そう、500年ほど昔に。とても大切な人を、2人ね。」

アウトラリスの大切な者など聞いたことがない。

アウトラリスは、他人をあまり近づけず生きているから。

レグルスでさえ、アウトラリスにはいつも境界線を引かれているような気がしていた。

動揺しながらもレグルスは、それをアウトラリスに気づかれぬよう、冷静にふるまった。
今はアウトラリスの話を聞くとき。自分の感情など問題ではない。

「今はただ朧な記憶のために復讐するだけ。そうするしかないからね。」
「復讐、ですか。」
「そう。個人的な復讐につき合わせてしまう君達には迷惑かもしれないけれど。」

アウトラリスの言葉に、レグルスはきっぱりと首を振った。

「誰も、迷惑などとは思っておりません。
自分の望むことが貴方と一致し、貴方のためになら働いても良いと思ったから仲間になったのです。」

アウトラリスは嬉しそうに笑うと、やっとレグルスを開放し、ソファに座る。

「ありがとう、レグルス。何だか頭の中が整理されたような気がする。」
「お役に立てたなら光栄です。」

レグルスはソファに座ったアウトラリスに恭しく頭を下げた。

「結局、私にもう道は残されていないのだろう。」

アウトラリスは独白する。

「私がどう思おうと、今まで奪った命、私についてきてくれる仲間、そして亡くした大切な者達への責任があるからね。」
「自分はいつまでもついていきます、ご主人様。」

レグルスが闇に慣れた目でアウトラリスの顔をじっと見つめると、アウトラリスは微笑した。

そして、段々アウトラリスの顔が近付いてくる。

レグルスがアウトラリスの行動に困惑しているうちに、その行為は終了していた。

本当に一瞬の、口付け、という行為は。

「あの…?」

何か意図があるのか、と困惑するレグルス。

「お礼、かな。君が想像する以上に、私は嬉しかったから。」
「…ありがとうございます。」

どう返答したものか迷ったあげく、とりあえず礼を言ってレグルスは部屋を出た。


電気がついて明るい廊下。
闇に慣れた目に、その廊下は明るすぎた。

暗闇を求めて目をやった窓の外に、輝くのは、満月。



室内に1人となったアウトラリスは、ふとカーテンを開けた。
そして、窓に映る自分の姿を見つめる。

「やっぱり、明かりに姿を晒すというのは慣れないね。普段はフードで隠しているものだから。」

誰に言うでもなく言ったアウトラリスは、フードをかぶる。
そして、フード越しに満月を見上げて呟いた。

「あぁ、綺麗な満月だ。そろそろ十五夜か。そうだ。皆で月見もいいかもしれないね…。」





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© 睦月雨兎