番外編 「木漏れ日の中で」
「栢山ー?どこにいるですかー?」
まながいつものような喧嘩腰ではなく、普通に悠夜を探している。
明里紗はそれを目にとめ、声をかけた。
「どうしたんだい?」
「姐御!悠夜見なかったですか?」
「悠夜君?見てないねえ。」
明里紗が首をふると、まなは呆れたように溜め息をついた。
「全く、約束を破るなんて最低な奴ですね。」
どうやら、まなと悠夜は何か約束をしていたのだが悠夜が部屋に来ず、屋敷中を探し回ってもいないことから約束を忘れて外に出かけと考えたらしい。
確かに千空の屋敷は広いが、悠夜が故意に隠れでもしない限り探しても見つからないということはないだろう。
明里紗も腕を組んだ。
「魔法で探そうにも華恋ちゃんとローレンスは外出中だしねぇ。千空がいるはずなんだけど…見たかい?」
「見てないですー。」
答えてまなは気づいた。
まなは2階から地下までくまなく探したのだ。千空を見ないはずがない。
「見なかった、ね…。あたしも一緒に探していいかい?まなちゃん。」
「ありがとうです姐御!じゃあ、早速探すですー!」
明里紗の言葉にまなははりきって歩きだした。
明里紗も小さく微笑んで後を追う。
明里紗がまなを手伝うのは、千空を探すためだった。
二人が同時に消えた。それなら一緒にいる可能性が高いのでは?
(二人で何か面白いことでもしてるといいんだけどねえ。)
明里紗は欠伸をして心の中で呟く。
今日は、たまには休みを、と皆を気遣った千空が作った休日だ。
しかし、戦闘がもはや趣味となっている明里紗は体を休めるなど、退屈な日でしかなかった。
「栢山ー!どこですかー!」
そろそろ苛々しはじめたまなが怒声まじりに叫ぶ。
それを見て、明里紗がくすっと笑った。
「どうしたですか?」
まなが明里紗のほうの振り返って首を傾げる。
「いや、この屋敷で千空とかくれんぼしたときのこと思い出してね。」
「聞きたいですー!」
まなは目を輝かせて言う。
悠夜を探すのにも飽きてきたし、疲れた。
座って話したかった。
それに、明里紗の話の中の幼い千空はかわいらしく、今の千空を知る者としては非常に面白い。
丁度一階にいた明里紗達はローレンスが作って冷蔵庫にしまっておいた紅茶を出し、コップに注ぐ。
そして、明里紗は一口紅茶を含むと話しはじめた。
「そう、あれはこっちに来たばかりの頃だよ―――」
「明里姉ー!かくれんぼしよう!」
日本に来て数日、家は明里紗の魔獣達に守らせWMSの力を借りて転入手続きもすませ、身の回りが落ち着いた頃。
千空がそう言ったのだ。
あまりに色々なことがありすぎて千空は疲れていたし、それは明里紗も同じだった。
だから、たまにはなにもかも忘れて遊ぶのもいいかと思った。
それに、この広い屋敷でかくれんぼというのは魅力的な誘いだったのだ。
「いーち、にーい、さーん」
明里紗が数えはじめる。
千空が隠れたいと言ったからだ。
確かにこれだけ隠れる範囲が広ければ圧倒的に隠れるほうが有利だ。
範囲は千空の屋敷全部。庭も入って異様に広くなっていた。
やがて明里紗は100まで数え終え、顔を上げた。
「ちー?」
返事が返ってくるとは思っていないが、何気なく呼ぶ。
案の定返事はなく、静まり返った部屋の中に一人立つ明里紗は、ふいに寒気を感じた。
ぐるっと辺りを見回す。
しかし、周りにあるのは本ばかり。
運んできたわけではない。元からこの家にあったのだ。
そして、物に怯える自分に気づき、鼻で笑う。
「馬鹿馬鹿しい。誰かがいるわけじゃあるまいし。」
明里紗は再び笑い、最後に部屋の中を見回すと部屋を出て扉を閉めた。
それから30分がたった。
「明里姉ー?どこー?」
千空は明里紗を探して歩きまわっていた。
あまりにも明里紗が遅いので、諦めてしまったのかと思ったのだ。
大人にとっても広すぎるこの屋敷は、千空にとってはジャングルも同然。
疲れ果てた千空は、床にぺたりと座り込んだ。
「明里姉ー…。」
確かに近くにいるはずなのに明里紗の気配は感じられず。
興味の対象だった屋敷はいつの間にか恐怖の対象となっていた。
「ちー?どこだい?」
勿論遊びが終わったわけではないので返事があるはずはない、とわかっているのだが、つい呼んでしまう。
それに、もう30分もたってしまった。
そろそろ千空が飽きて出てくるかもしれない。
そう考えて動いていた明里紗は、気付いた。
それは、2階を探し終えて一階に再び戻ってきたときだ。
―――さっき閉めたはずのドアが、開いている。
それはきっと、千空だ。
千空も自分を探して移動しているのだ。
まずいことになった。
じっとしているわけにはかないが、下手に動けば千空と擦れ違ってしまう。
家の中でお互いを探し続けるなんて滑稽なことだが、それが現状。
明里紗は焦って爪を噛む。
と、ふと目に留まったのは玄関。
家の作りはまるでヨーロッパ貴族の城のようにしているくせに、玄関だけは日本風。
靴を脱ぐ場所があるのだ。
明里紗が常々おかしい、いつか改装しようと考えていたそこに、千空の靴は、無かった。
まさか千空は―――外に出てしまった?
屋敷の敷地内から出てしまえば、明里紗の魔獣による防御の魔法は解ける。
様々な魔物にその膨大な魔力故狙われる千空は、危険な状態に陥ってしまう。
明里紗は青ざめた顔で外に出た。
「主、どこに行くつもりだ?」
門を出ようとした明里紗にルナが声をかけた。
「千空が!外に出たみたいで…。」
明里紗がまだ青ざめたままの顔で言うと、ルナは人間が眉をしかめるような表情をした。
「それは無い。我等はその気配を感じてはいない。何かの…間違いでは?」
明里紗の頭は真っ白になった。
確かに千空の靴は無かったのだ。
家の中にはいない。外にもいない。
千空はどこへ―――?
と、テッラが呟いた。
「庭…。」
「え?」
聞き逃した明里紗が問い返す。
「庭。庭はまだ家の敷地内だ。」
だから、千空が庭に出たとしても明里紗の魔獣達が気配を感じることはない。
「ありがとう!」
明里紗はそう言い残すと、全力で庭まで走って行った。
「千空ー!?」
明里紗が息をきらして叫ぶ。
千空からの返事は、ない。
千空が明里紗を探して外に出たのなら、返事をするはずだろう。
やはり、敷地外に出てしまったのか?
明里紗は、また焦って門のほうへ走ろうとする…と、気付いた。
裏のほうに、この庭に入ったばかりの場所からでも見える大きな木がある。
門のほうへ行くのは、あそこを見てから―――。
そう明里紗は決めて、走り出す。
そんなに遠くはない距離だが、少しでも早く行きたい。
「千空!?」
明里紗は木の元にたどり着く、と同時に叫んだ。
すると―――
「ん…。」
地面から、声がした。
明里紗は慌てて地面に目をやる。
そこには、千空がいた。
「千空!」
明里紗は安堵を滲ませた声で千空を呼び、抱きしめる。
「明里…姉…?」
明里紗に抱きしめられた衝撃で起きたらしい千空は、未だ現状が把握できていない。
「明里姉…いたい…。」
つい手加減を忘れて抱きしめていた明里紗は、慌てて千空を開放した。
そして問う。
「ちー、どうしてこんなところにいるんだい?」
千空はまだ眠そうに目を擦っていたが、しっかりと返事をした。
「明里姉が中々見つけてくれないから怖くなって…明里姉を探して中を歩きまわってたんだ。
それで、あんまり見つからないから明里姉は外に出たんじゃないかって思って…。」
千空の言葉に明里紗は首を傾げた。
「ちーは、どうしてあたしが外に出たと思ったんだい?」
明里紗は千空の靴が玄関にあるかどうか、というところで判断した。
しかし、明里紗の靴は玄関にあったはずだ。
「だって明里姉、靴が無いほうが動きやすい。とか庭はまだ家の中だから。とか言っていっつも庭で靴はかないでしょ。」
言われて明里紗は足元を見る。
明里紗の足はいつも通り、靴を履いてはいなかった。
これからは絶対に履こう。と、明里紗は心の中で決意する。
千空は少し照れたような表情で、外に出た理由を続けた。
「それに、外を見たときに見えたんだ。この木が。…近くに行きたくなって。」
千空が木を見上げる。
よくよく見て、明里紗は気付いた。
この木は、イギリスの家の庭にあったものと似ているのだ。
木の種類や、大きさ、高さの問題ではない。
木の持つ、雰囲気が。
木の下で遊んだり、昼寝したりする子供達が想像できるその雰囲気が似ているのだ。
この屋敷は千空の母が育った屋敷。
きっと、千空の母の六花もこの木の下で遊んだのだろう、と思うと明里紗は微笑ましい気持ちになった。
「千空、一緒に昼寝しようか。」
明里紗の突然の誘いに一瞬千空は首を傾げたが、すぐに頷いた。
「うん!」
大きな木は、まるで2人を包み込むように暖かく、優しく。
2人は、久々の休息をとったのだった。
「羨ましいですー!」
話を聞き終えたまなは目をキラキラさせて叫んだ。
ご丁寧に、口の横に手まで添えて。
「そうかい?」
明里紗は笑ってまなの行動を見る。
まなは勢い良く首を縦にふった。
「羨ましいですよ!千空可愛いですー。」
まなも笑って言う。
確かに千空が可愛いというのも理由なのだろうが、それだけではない。
本当に羨ましいのは千空と明里紗の関係だろう。
まなには兄弟もいないし、幼馴染もいないのだ。
「それで…悠夜君と千空はどこにいったんだろうね?」
明里紗が紅茶を飲み干して、本題を思い出す。
「そうですねー。」
まなは呟いて、目を輝かせた。
同時に、明里紗も何かに気付いた表情になる。
2人は、声をあわせて叫んだ。
「「庭!」」
「やっぱりここでしたかー。期待を裏切らない奴ですー。」
まなが満足そうに呟く。
明里紗も笑って地面に横たわる2人を見る。
地面に横たわる2人。
それは、悠夜と千空だ。
「明里紗…?」
千空が明里紗の気配を感じたのか起きる。
「こんなところで一緒に昼寝なんて仲良くなったねぇ、千空。」
明里紗のからかいに、千空は眉を顰め、隣を見る。
そして、首を傾げた。
「どうして悠夜がここにいるんだ?」
その言葉に、明里紗とまなも首を傾げる。
「栢山が後から来たですか?」
「そういうことだろうねぇ。」
そう3人で首を傾げあっていると、煩かったのか悠夜が呻いた。
「うー…。うるさい…。」
「煩いじゃないです!馬鹿栢山!早く起きるです!」
まながすかさず怒鳴りつける。
当然だ。
まなは悠夜との約束のために悠夜を探していたのだから。
「あー…まな…?」
悠夜は、まだ目が覚めないようでぼんやりと呟く。
「おい、どうしてここにいるんだ?」
千空が悠夜の肩をゆする。
理由が聞きたいため、悠夜の意識をはっきりさせようとしているのだろう。
「んー…?えっとー…なんだっけー。」
千空の意に反して、悠夜は起きる気配が無い。
明里紗が肩をすくめ、悠夜の頬を思いっきり抓った。
「ほら、もう十分寝ただろう。早く起きな。」
「いってぇ…!」
悠夜が慌てて飛び起きる。
そして、舌打ちすると話し出した。
「何か外が気持ち良さそうだから外に出たんだよ。んで、大きな木が見えたから来てみた。
そしたら、千空が寝てて凄い気持ち良さそうだなって思ってたらいつの間にか寝てた。」
まなは、それを聞いて呆れる表情も浮かべずに、冷たく言う。
「つまり、ボクとの約束はすっかり忘れてたってことですね。」
「え…?いや…その…。」
視線を彷徨わせる悠夜。
そして、それを冷たい目で見るまな。
2人を見ていた明里紗が、ふいに笑い出した。
「何ですか?姐御。」
「いや、ほんとに仲良しだなぁって思ってね。」
まなの問いに明里紗が目尻の涙を拭いながら返答する。
まなは、一瞬激昂しそうになったが、何故か怒りをおさめる。
「…もういいですよ。」
「え、マジで?」
そう簡単に許してもらえるはずは無いと思っていた悠夜は、目を輝かせた。
「ただし!今からボクの昼寝に付き合ってもらうですよ!」
まなは、指先を悠夜に突きつけて宣言する。
「えー。俺さっきまで寝てたんだぜ。もう一回なんて寝れないだろ!」
「約束忘れたのは誰ですか!栢山が悪いんですよ!」
まなが悠夜を怒鳴りつけ、悠夜は渋々、といった様子で起こしていた体をまた横にする。
満足そうに頷いて隣に寝転んだまなは、千空と明里紗にも声をかけた。
「千空と姐御も一緒に昼寝するですー!」
来ると思った、というように千空は顔をしかめる。
それでも、千空は抵抗せずに起こしていた体を横たえた。
明里紗も、千空の横に寝転がる。
「今日は風が気持ち良いねぇ。」
「…ここで初めて昼寝したのも、今日みたいな日だったな。」
独り言のつもりで呟いた言葉への返答に、明里紗は驚いて千空を見る。
千空は、目を瞑っていた。
まるで、全身で自然を感じようとするかのように。
「…そうだねぇ。」
明里紗も目を瞑って呟く。
隣のほうからは、もう眠ってしまったらしい悠夜とまなの寝息が聞こえる。
やがて、千空も眠ってしまったのだろう。
あの日と少しも変わらない、千空の穏やかな寝息が聞こえた。
木漏れ日がチラチラと瞼の裏に映る。
あぁ、綺麗だなぁ
そう考えたところで、明里紗の意識は眠りへと落ちていった。
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© 睦月雨兎