蝶にもらった時間




雲一つない青空を、少年は見上げていた。
眩しい陽光を遮ろうとするかのように、手を翳す。
そのとき、蝶が少年の視界に入った。

「あ、蝶。」

少年は手を伸ばして蝶を捕まえようとする。

ひらひら ひらひら

手の動きを巧みにかわし優美に舞う蝶を、ついに手の中に捕えたときだった。

「どうしたんだ?その耳。」

後ろから声をかけられ、少年は蝶を逃がしてしまう。

「文化祭の予行って言ってつけられたんです。クラスメートに。」
「そのまま出てきたのか?」
「逃げてきたんです。さすがに執事服は遠慮したかったんで。」

蝶の逃げた方向を残念そうに見つめる、猫耳をつけた少年。
少年に声をかけた上級生は、寄り添うように隣に立った。
そして、さりげなく猫耳に触れる。

「ちょっと。何するんですか。」
「いや、本物みたいだなー、と思って。」
言うとまた触ろうとする上級生の手を、少年は頬を赤く染めて払った。
「止めてくださいってば。」

嫌がる少年の様子に、上級生は意地になって執拗に触ろうとする。
少年は、ついに走って逃げはじめた。

すると、上級生がそれを全速力で追い掛ける。

猫耳をつけた少年と、それを追い掛ける上級生。
2人が校内を疾走する様子は、とてつもなく奇妙だった。

その2人の子供じみた戦いが終わるのは数分後のこと。

「あぁ、疲れた。」
校内を2周程走った少年は、力尽きて近くにあった噴水の淵に座る。

「こんなに本気で走ったのって久しぶりだな。」
上級生もしみじみと言って少年の隣に腰を下ろした。

「体育とか本気でやってないんですか。」
「まぁ、そこそこ本気でやってるけど。…って怒ってる?」
「別に。」
「嘘だ。怒ってるだろ?」
「…暑いだけです。」

少年はそう言って誤魔化すと、自分の言葉が本当だと示すかのようにボタンを2つはずす。
その行動によって少年の綺麗な鎖骨のラインがあらわになったが、本人は気にする様子もなく涼しげに息を吐いた。

そんな少年に、上級生は噴水の水をかける。

「ちょっと。何するんですか。」

猫耳を触ろうとしたときと全く同じ反応をする少年。
それを見て上級生は愉快そうに笑った。

「いや、暑いって言ったから。」
「水をかけてくれ、とは頼んでないです。」
「いや、でもさー。」

少年の反論も気にせず上級生が再び水をかけようとすると、少年は慌ててボタンを閉めた。

「もう暑くないですから。」
上級生はその様子を名残惜し気に見つめる。
「あーあ、残念。」
「何が残念なんですか。」
呆れ顔で言う少年に上級生はヒラヒラと手を振った。
「別にー。やっぱり勿体無かったかなって思って。」

風が吹き、ザアッと木々が揺れる。

「何か言いましたー?」
風の音で聞こえなかったのか、風に吹かれる髪を押さえて少年は聞き返した。

「いや、何も。」
上級生は、またヒラヒラと手を振って誤魔化す。
そして、少年に時計を示した。

「もう1時間たってるけど戻らなくていいのか?」
「あ!戻ります。」
少年は素直に立ち、上級生に背をむけて歩き始めた。

「あ、そうだ。」

上級生は少年の背中に声をかける。

「衣装係に言っといてほしいことがあるんだけど。」
「なんですか?」
「猫耳はいいけど執事服は駄目だって言っといて。」

上級生の言葉に少年は不可解な顔をした。

「何で僕の衣装の話なんですか。っていうか、その基準は何なんですか?」
「まぁ、いいじゃん。ってことで、よろしく。」
「はいはい。」

再び背を向けて歩き出す少年に、上級生は聞こえないように呟いた。


「だって執事服だと鎖骨見えないじゃん?」




ランキング参加中。
よければクリックしてください⇒ ☆Novel Site Ranking☆


© 睦月雨兎