少女と僕と雪と鈴




「寒ッ!」

冷たい風が容赦なく僕に襲い掛かり、僕は思わず声を漏らした。

とりあえず寒い。
しかし、寒いのは当たり前。
明日はクリスマス。
即ち、今は冬真っ盛りだ。

そんな中で僕が足を進めるのは家ではなく店。

「なんでも屋」という変わった名前の店だ。
その店の店主も変わった人で、裾を膝まで切った鮮やかな朱色の着物と、首に鈴。
二つに結った金髪と緑の目という日本人離れした容姿。
そんな「少女」だ。

店主というか、あの店には「少女」一人しかいない。

僕は初めて店に行ったあの日以来、毎日店に行っていた。
あの店は不思議と落ち着ける空間。
僕が店の扉を開けると僕が来るのがわかっていたかのように扉の前に立っていた「少女」。

「どうぞ。」

いつも通り店に入った僕の前に、その声と共に差し出されたのは湯気の立っている紅茶。
僕達は紅茶を飲みながら話し始めた。

「そういえば明日はクリスマスですね。」

僕は前から聞こう、聞こうと思って先延ばしにしていた事を切り出した。

「明日はお暇ですか?」
「はい。暇ですが?」
「では昼からどこかに行きませんか?僕も明日は暇なんです。」

「少女」は少し驚いた顔をした後、微笑して言った。

「いいですね。外に出るのは久しぶりです。」

僕は、ほっとして胸をなでおろす。
僕が「少女」を誘ったのは、「少女」といると、落ち着けるからだ。
一般的に言う、好きだとかいう感情なのかどうかはよくわからない。
ただ一緒にいたいと思ったから誘っただけなのだが、クリスマスという特別な日の誘いだ。
神経が図太いと自覚する僕でも、さすがに緊張する。

「せっかくのクリスマスですから、雪が降るといいですね。」

僕の何気ない言葉に「少女」は問いかけた。

「雪は、好きですか?」

僕の言葉に関係した、しかし突然な問い。

これは、今日の代金だ。
この店の変わっているところは、店の名、店主である「少女」、そして売り物と対価。
今回の売り物は、紅茶を飲んで少しの間話をするという、落ち着ける時間。
そして対価が、この「少女」の問いに対する答え。

「好きですよ。」

どう答えようと考えたわけでは無い。
答えが、勝手に口から出てきたという感じだった。

雪は汚いものを全て隠してくれるから。
そんな風に考えたのはいつのことだっただろうか。

「少女」の後ろにある大きな扉が、僅かに光る。

言葉にしなかった想いも聞き取ったかのように「少女」はうなずいた。

ちりん。

「少女」の動きにあわせて揺れる鈴。

「では、また明日。」
「はい。」

僕は、挨拶をして店を出てからも考えていた。

僕がこんな考え方をするようになったのはいつから?

嫌な思いを吹き飛ばすように僕は首を横に振った。
外は相変わらず曇り。
雨が降りそうだな、と僕はぼんやり考えていた。



翌日、僕は約束どおり昼ごろ店に行った。

「少女」はいつもどおり扉の前で迎えてくれた。
しかし、少女の格好はいつもと違った。

金髪のツインテールと少し古くなった鈴はいつもどおり。
しかし、服は綺麗な空色のふんわりとしたドレスになっていた。

「似合いますよ。」

お世辞ではなく、本当にそう思った。
普段着ている着物は「少女」の不思議な雰囲気の元となっていて、美しいと思う。
しかし、今日着ているドレスは金髪の「少女」によく似合っていて、不思議な雰囲気は薄れていないものの可愛らしいという感じになっていた。

「ありがとう。」

少女はにっこり笑う。
鈴がちりん、と鳴った。



そして、さっそく僕達は歩き出した。

特別な場所に行くつもりはなかった。
ただ、いつもと同じ道を歩いて同じ店に行く。
しかし、そういう普通の場所で少女は目立っていた。

当たり前だ。
どう見ても外国人の「少女」が貴族のようなドレスを着て歩いていたら目立つに違いない。

しかし、「少女」は気にしていないようだった。
僕も気にならなかった。

僕達はただいつもと同じようにのんびりと過ごした。


時はゆっくりと穏やかに流れていった。
クリスマスの綺麗な飾りつけやイルミネーションに感動する彼女は、どう見ても普通の女の子。

微笑ましい気持ちで見ていると、時間は飛ぶように過ぎ去り、すぐに夜はやってきた。

「今日は楽しかったです。ありがとう。」

僕は、店の前まで「少女」と共に歩くと、そう言って手を振る。

予想以上に遅い時間までつれまわしてしまった。
「少女」が何歳かは知らないが、僕は未成年だと予想している。
あまり遅くまで付き合わせるのは望ましくない。
しかし、去ろうとした僕を引き止めたのは「少女」だった。

「少し寄っていきませんか?」

もう遅い時間だというのに、まだ僕に何の用があるのだろうか?

僕は不思議に思いながらも中に入った。

中に入ると、少女は部屋の奥にある大きな扉を叩く。
どこに繋がっているのはわから無い、不思議な扉。

こんこん

その音に応じるように扉はゆっくりと開いた。

扉の中は、初めて見た時と同じように霧に包まれていた。
その霧がはれると、目の前に広がっているのは見たことがあるような夜景。

上から、はらはらと降ってくる雪。
周りを見ると僕達が立っているのは、やはり見たことのあるような家のべランダだった。

良く考えると、ここがどこだかわかった。
ここは、僕が10年前に住んでいた家。
まだ両親が生きていたころの家だ。

中をのぞくと予想通り、幼い「僕」と母親がいた。
「僕」は猫を抱いていた。

ちりん、とその猫の鈴が鳴る。

「雪が降ってるのに遊びに行かないの?」

母親が「僕」に問う。

「行かない。雪は嫌いだもん。」

「僕」は口を尖らせて答える。

…「僕」は雪が嫌いだった?

「どうして?」

僕の思いをそのまま母親が聞いた。

「雪が降ると花が枯れるでしょ?お母さん、花、好きでしょ?」
「だから嫌いなの?」

幼い「僕」はまとまらない考えをそのまま言葉にした。

「それに、雪が降ると寒いよ。皆、寒いのは嫌いだもん。」

そうだ。
これは10年前のクリスマス。
「僕」と母親が過ごした最後の日。

ちりん、と、また猫の鈴が鳴った。
その鈴は「少女」の物と類似、というより同じ物に見える。
笑いながら会話を続ける幸せそうな「僕」と母親に背を向け、僕達はベランダの手すりに腰掛けた。

「ありがとうございます。」

僕は「少女」に礼を言った。

「また、大切な記憶を少し思い出せたような気がします。」

何故か、すっかり抜け落ちている僕と両親が一緒にいた頃の記憶。
それは「少女」の店に通うようになってから少しずつ蘇ってきている。

僕は、ポケットの中の小さな箱を「少女」に差し出した。

「今日のお礼ということで。」

それは、買っておいたクリスマスプレゼント。
少し古くなった「少女」の鈴の代わりになるように、と。
「少女」のドレスと同じ色のリボンにつけられた鈴。
それを見て「少女」は、少し驚いてから笑った。

「ありがとう。」

鈴が、僕のあげたものと付け替えられる。

首につける鈴をプレゼントするのもどうかと思ったが、「少女」は案外喜んでいるようだ。
「少女」は自分がつけていた鈴を大事そうにポケットにしまうと、今付け替えた鈴を、楽しげにはじく。
ちりん。と、以前の鈴と変わらない、澄んだ音がした。

「綺麗な音ですね。」

「少女」が呟く。

「一番音が綺麗な物を選ぼうと思って、だいぶ色々見たんですよ。」
「音、ですか。」

僕の答えに、「少女」が不思議そうに首を傾げる。
一番音を重視する、という理由がわからなかったのだろう。
僕は何も言わず小さく頷くと、夜景に目をやった。

理由が無いわけではない。
ただ、「少女」が動くたびに響く鈴の音が好きだから、という単純な理由だけど。

「ありがとうございます。」

「少女」は僕に礼を言うと、僕と同じように、じっと夜景を見つめる。
やがて、「少女」が口を開いた。

「雪は、好きですか?」

僕はただ一言で答える。

「好きですよ。」

   雪が、そして雪のよく似合う貴女が。

言葉にしなかった想いまで伝わったかどうかはわからなかったけれど、「少女」は嬉しそうに笑った。


夜景を見つめる「少女」の横顔に雪が舞い落ちる。

美しかった。

この美しさはどんな言葉でも伝わらないだろうと思った。


僕は視線をゆっくりと「少女」から10年前の夜景へと移す。

そうして僕達は10年前の夜を静かに見つめ続けた。

後ろから、はしゃぐ「僕」の声が聞こえた。





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© 睦月雨兎