晴心
「ねぇ、ニヤニヤしないでよ。気持ち悪い。」
隣の家に住む幼馴染が、いつものセリフを、いつも通り。
下から見上げるようにして言ってきた。
「別にニヤニヤ何かしてねぇよー。」
と、一応否定したけれど、俺に自覚症状は有りだ。
お前と一緒に登校できて嬉しいんだから、仕方ないだろ?
なんて。
そんなことを言ったら「何言ってんの。いつものことでしょ。気持ち悪い。」
って冷たく言われてしまうんだろうけど。
そういう冷たさが俺は大好きだ。
俺が今日、いつもに増してご機嫌なのは、今日の天気予報のせいでもある。
今日は1日中晴れ。
そう、俺が贔屓にしているお天気のお姉さんが言っていたから。
別に、雨が嫌いなわけじゃない。
むしろ、俺は雨が好きだ。
いや、好きだった。
地面に落ちる雨粒の音を聞いたり、雨の匂いが混じった風の香りを感じたりするのが。
俺の幼馴染には、似合わない、と笑われたこともあるけれど。
それも、俺の幼馴染が彼女に会うまでの話。
傘を持つのが嫌いだという、変わった彼女。
元は俺の先輩の恋人で、俺はあいつが彼女と出会う前から存在を知っていた。
まさか、彼女のせいで雨が嫌いになってしまうとは思わず。
厳密に言えば、彼女のせいではない。
そんな風に考えてしまう自分が悪いのだ。
ただ、自分の前でしか感情を明確に表さなかったはずの幼馴染が彼女に笑いかけると腹が立って。
天気予報が外れて、雨が降らなかったと落胆する幼馴染を見て切なくなって。
あいつの感情を正確に読み取れるのは自分だけで。
あいつが感情をあらわにするのも自分の前だけで。
それに優越感を感じていたというのに。
「何考えてんの?」
声をかけられて見ると、俺の幼馴染は不機嫌そうな顔で俺を睨んでいた。
「僕が呼んでるのに無視するなんて、いい度胸だね。」
「ごめんごめん。まじで気付かなかったんだって。」
俺がお前を無視なんて、するはずがない。
俺が心の中で付け足した言葉は届くはずがなく、幼馴染は不機嫌そうな顔のまま俺を置いていくようなスピードで歩き出した。
俺は置いていかれないよう、慌ててついていく。
簡単に俺に追いつかれて幼馴染は不満そうだったが、これはいつものことだ。
俺がこいつを怒らせて、謝りながら学校まで行く。
俺はこの時間が大好きだ。
今日は雨が降らないから、ずっと俺の機嫌は持続する、はずだった。
しとしとと、雨の音がする。
俺の席は窓際。
愛しい幼馴染の、後ろの席だ。
「よかったな。雨じゃん。」
後ろから囁くと、綺麗な漆黒の髪がビクリと揺れた。
「…いきなり話しかけないでくれる。驚くでしょ。」
そう言って俺を睨んだ後、幼馴染は嬉しそうに窓の外を眺める。
…お天気のお姉さんの、嘘吐き。
明日から天気予報は別の局で見てやろうかと思ったが、どこで見ても同じだと気付く。
どれだけ落胆していても、俺は喜ぶふりをしなければならない。
俺は、こいつの親友、というポジションにいるのだから。
「ネクタイ曲がってる。先輩に会うんだろ。直していかなくていいのか?」
俺がからかうように言うと、俺の幼馴染は拗ねるように視線を外に向けて言う。
「うるさいな。直してよ。」
こいつは、ネクタイを結ぶのが苦手なのだ。
俺は、後ろから手を回して綺麗に結んでやる。
若干顔がにやけてしまったような気もしたが、いつものことなので別段突っ込まれることは無かった。
「はい、出来た。」
俺は満足げに小さく呟く。
幼馴染は俺に礼を言うことも無く、かかった号令に慌てて立つ。
彼女が先に帰ってしまわないように、今日も走って下まで行くのだろう。
心の中は苛立ちや切なさという、よく分からない感情で一杯だったが、俺はニヤニヤした顔を保たなければならなかった。
幼馴染は、怒りをあらわにした顔で俺を睨むと走って教室を出て行く。
周りが慌ただしく帰りの雰囲気に包まれる中、俺はじっと外を見ていた。
俺のこの感情が何だか、実はよくわからない。
世間的にいう嫉妬だろうか。
愛情だとか、友情だとか、そういう言葉では区別できない気がする。
ただ、あいつを見ていると腹が立って、悔しくなって、切なくなる。
あいつが嬉しそうに彼女の元へ走っていくと、じっとしていられなくなる。
胸が痛くなって、イライラして、泣きたくなる。
そして、最後に自分の醜い感情に絶望する。
自分のこの汚い感情を、全て捨ててしまいたい。
そして、心の底からあいつを応援したい。
天気も心も、世界中の全てが、明るくて綺麗なものだけになってしまえばいい。
そう願っている俺と、自分の感情を貫きたいとわめく俺が、心の中でせめぎあう。
俺は知っている。
あいつが、毎朝天気予報を見ては一喜一憂していること。
降水確率が0%の日でも、折り畳み傘を持っていること。
帰る時間が近くなると、雨が降らないか、そわそわと窓の外を見ること。
あいつは知らないだろう。
俺が、毎晩照る照る坊主をつるしてから寝ること。
雨が降らないように、学校にいる間はずっと祈っていること。
彼女と先輩の関係が元に戻るように、積極的に応援していること。
あいつの彼女への想いが少しでも俺に向けられたら。
俺はきっと泣いてしまうんだろう。
とてつもない、嬉しさに。
しかし、俺はその甘い夢を諦める。
臆病な俺は、安全で変わることのないポジション。
親友という立場から動くことができないから。
「雨なんか、降らなければいいのに。」
そう。
あいつが、俺だけのものだったときのように。
晴れ空の下を思いっきり駆け回って
幼い子供のように
ただ無心に笑い合えるといい。
俺は悲しい夢を見て、一人、寂しく唇を歪めた。
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© 睦月雨兎