「おい、いたか!?」
「いない…。くそっ、あいつらどこ行きやがった!?」
「もう4度目だ。そろそろ本気で…。」
「ああ。殺しても構わん。捕まえるぞ!」

遠ざかっていく、屋敷の護衛達の慌しい足跡。
それと共に、殺気立った会話も去っていく。

「…行ったか?」
「…うん。」

完全に周囲が静まったのを確認して、戸棚の下の扉から少年が数人這い出してくる。

「やっぱり、4回目はまずかったんだよ。」
「そうだよ!お前が行くって言ったんだぞ、ライキ!」

大人しそうな、クリーム色の髪の少年が肩を竦めて言うと、それに便乗したように、赤髪の少年が叫ぶ。

「うっせぇなぁ、ノリス。」

対象となっていた金髪の少年、ライキは、欝陶しそうに髪を書き上げて吐き捨てた。

「なっ…!だってお前のせいだろうが!」

ノリスと呼ばれた赤髪の少年は、顔を赤くしてライキに掴みかかる。

「待ってよ。確かに今回のことはライキの計画だよ。
でも、この仕事をしなきゃだめだったのは誰の責任でもない。」

割って入ったのは、大人しそうなクリーム色の髪の少年、ルイリア。


この少年達は、盗賊集団だった。

ライキをリーダーとする複数の少年、少女達は、主に貴族の屋敷に盗みに入る。
それぞれの事情で保護者を持たない子供達は仕事など貰えず、この国で生きていく術などない。

生きていくために、少年達は貴族からの盗みを繰り返すのだ。
貧しい者から盗まない、人を殺さない、生きて帰る。
という3つの規則だけを持った彼等は、今までも数々の屋敷に押し入り、成功してきた。

少年達の犯行は全く完全犯罪、と呼べるような代物ではなく、町に駐在している軍も彼等のことは既に知っている。
しかし、盗まれる物も彼等の生活に必要となる最低限の物であるため被害額は少なく、あえて通報する貴族もいない。
自分の館が子供に簡単に入られるような館だ、ということを世間に知られるぐらいならば、少しの被害は黙認してしまうのだ。


ただ、今回の館は違った。

この屋敷は他の屋敷と比べても一際ガードが甘かったため、少年達が押し入ること過去3回。
さすがに4回目ともなると貴族も本気で怒ってしまったようで、甘いガードだと思った家は驚異的な警備力を誇っていた。

小さな貴族の家を守るにしては異様な数の衛兵。
少年達の過去の逃走経路を踏まえて張り巡らされた警備の網。

忍び込んだはいいが、少年達は逃げられなくなってしまったのだ。


「さっすがルイ。分かってんなぁ。」

ライキが口笛を吹いて言うと、ルイリアはライキを睨み付ける。

「ただ、僕が4回目はさすがにまずいって言ったのに無視したのはライキだからね。
責任はライキにあると言っても過言では無いと思うよ。」
「うっ…。」

ルイリアの鋭い眼光に思わず怯んだライキに、次はノリスが調子にのって声をかけようとするが、ルイリアは再び鋭い眼差しを向けた。

「でもノリス、今回の情報収集は君の役目だったはずなんだけどね。
君がちゃんと護衛の数を調べてくれれば、問題無かったわけなんだけど。」
「…。」

肩を落とし、完全に反論もできないノリス。
3人の様子を黙って観察していた2人の少年が、区切りがついたと考えたのか、口を挟んだ。

「とりあえずさ」
「今は争ってる場合じゃないんじゃねぇ?」

2人は、まるで相手の喋ることがわかっているかのように、交互に口を開く。
その理由は、2人を一目見ればわかる。

片方は、活発そうな表情を常に浮かべている少年。
もう片方は、柔らかく、穏やかな表情を常に浮かべている少年。
表情にこそ違いはあるが、白い肌や、黒く長い髪、生き生きとした黒い瞳、そして整った顔の造作はそっくりだ。

そう、2人は双子なのだ。

大人しそうなのが、兄のミーティア。
活発そうなのが弟のノーヴァだ。

「そうだな。逃げるのが遅くなるにつれて、屋敷の人間は増える。早く逃げないと。」

ライキが真剣に言うと、場の雰囲気が、すっと引き締まる。
皆、ライキがリーダーだというのは認めているのだ。

「この部屋を出て、廊下を右にまがって突き当たりの窓。その窓はたぶん大丈夫だ。」
「作戦は?」

ルイリアが問う。
ライキはゆっくりと首を横に振った。

「ここまで来るのに、もう煙幕は使い切った。…死ぬ気で走るしかない。」
「「「…了解。」」」

深刻な表情で全員が頷く。

煙幕無しでの逃走。
それは、無謀とも言えるほど危険な賭けだった。

「ルイ、これ持っててくれ。」

ライキがポケットの中にある宝石をルイリアに渡す。

「…わかった。」

何故自分で持たないのか。
ルイリアは一瞬怪訝な顔をしたが、すぐに頷いて受け取る。
言い争いをしている時間は無いのだ。

「よっしゃぁ!行くぞ!」

ライキが気合いを入れると、大胆に扉を開け放つ。
そして走り出したライキの後を、4人は追った。

「いたぞ!こっちだ!」

すぐに衛兵達の声がする。
廊下の、自分達とは反対の方向から、現れる衛兵。
向かい合って走るライキ達と衛兵達。

そのまま走りつづければ、衝突することは明らか。
しかし、どちらもそれは無いとわかっていた。
ライキ達は廊下の中央にある角を右に曲がるつもりだからだ。
しかし

「…間に合わない!」

ルイリアが声をあげる。
僅かな差で、衛兵達よりは先に角を曲がることはできるだろう。
しかし、そんな僅かな差では窓から脱出する前に捕まってしまう。

他の3人も、気付いて苦い顔をする。
捕まれば、どうなるかわからない。

親のいないライキ達が捕まっても、誰も届け出る者はいない。
つまり、屋敷の主人次第。
しかし、今回の衛兵の会話から察するに、最悪の場合は死も覚悟しなくてはいけない状況のようだった。

そんな中、ライキだけが不敵に笑う。
そして、曲がり角まで来た瞬間。

「先に行け!」

そう言うと、自分だけは曲がらずに直進する。

「ライキ!?」

ルイリアは叫ぶも後戻りすることはできず、そのまま走りつづける。

「うわッ!?」

正面衝突したのだろう。
悲鳴をあげる衛兵と、勢い余ってこける衛兵達の怒声がする。

「そんな簡単に捕まってたまるかよ!」

遠ざかっていく、威勢のいいライキの声。
4人は呆然としたまま、ライキに言われた通り、突き当たりの窓を破って脱出した。

「ライキ…。囮作戦なんて…。」
「大丈夫さ。ライキは先に行ってろって言っただろ?…きっと、後で戻ってくる。」

ミーティアを慰めるノーヴァの声がする。

「そ…そうだよな…。」

引き攣った笑顔で同意するノリス。
そんな会話をする3人も、黙って聞いているルイリアにも、本当はわかっていた。
あれだけの数の衛兵から、1人で逃げ切るのは不可能だ。

「馬鹿…。ライキがいないと、安く買い叩かれちゃうかもしれないでしょ…。」

ルイリアは、ライキから託された宝石を、ポケットの中で、ぎゅっとにぎりしめる。


4人の心は突然のリーダーの不在に未だ呆然としていたが、その足は速さを緩めることなどなかった。
犠牲を無駄にしないためにも、4人は、ただ逃げつづけた。







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© 睦月雨兎